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38.お誘いされた男

 終業式も滞り無く終わり、いよいよ冬休みへと突入する。

 教室へ戻った拾蔵は帰宅の準備を進めたが、その際ちらりと黒板に視線を寄せた。

 この時には既に、


「笠貫はインポ」


 という下らない落書きは消し去られており、室内の雰囲気もすっかり落ち着いているのだが、拾蔵の勃起不全を揶揄した挙句に玖瑠美から絶縁をいい渡された晃司だけは、ひとり浮かない顔で誰とも視線を合わせようとはしていなかった。

 拾蔵としても、この件についてはこれ以上触れる気は無い。今更蒸し返したところで、誰の利益にもならないだろう。

 そうしてひと通り帰宅準備を終えた拾蔵が教室を出ようとしたところで、玖瑠美が急ぎ足で近づいてきた。


「ね、拾蔵君、ちょっと良い?」


 人前では下の名呼びを控えている玖瑠美だが、この時は小声で、少し慌てた様子で呼びかけてきた。

 何事かと足を止めた拾蔵は、玖瑠美の後ろに和香もくっついていることに気付いた。


「えっとね、実は何人かで集まって、クリパやろうって話が出てるんだけど、拾蔵君もどう?」

「ん? クリパ?」


 一瞬何のことをいっているのか理解が及ばなかった拾蔵だが、よくよく考えてみれば今日はクリスマスイブだった。

 そういえば隣室の琴音も、今夜はクリスマス合コンがあるから帰りが遅くなる様なことをいっていた。

 が、拾蔵自身は高校入学以降クリスマスイブなどとは全く無縁だったから、今ひとつピンとこなかっただけの話である。

 そんな拾蔵を、玖瑠美と和香が誘おうという構えを見せていた。


「ほら、拾蔵君の退院祝いも兼ねて、なんだけど……どうかな?」

「あ~……何か気ぃ遣わせてしもて申し訳無いな」


 拾蔵は頭を掻いた。

 病室で自身の強烈な失恋経験を語って以降、玖瑠美や和香とは生徒用SNSでの連絡以外はほとんど接触を断っていた。

 それだけに今回、クリスマスパーティーに誘われたのは意外ではあった。もう彼女らからは、自分にあれこれ構う気分は失われたものだと思い込んでいたからだ。

 更にいえば今日、拾蔵の勃起不全も完全に知れ渡ってしまった。

 男の魅力なんて皆無に等しい筈なのに、それでもこうしてふたりが揃って誘いに来るのは、一体どういう訳だろう。

 その点がどうにも分からない拾蔵だが、しかし退院祝いも兼ねてといわれてしまうと、断るのも申し訳無い気がしてきた。


「うん、まぁ、別に暇やから、呼んでくれるなら行くけど」

「良かった! じゃ、また後で連絡するね! あたしこれからバイトだから」


 そのまま教室を飛び出していった玖瑠美。近頃の彼女はどういう訳か、嵐の様な勢いを纏っている気がしないでもない。

 そんな玖瑠美を見送ってから、和香が苦笑を滲ませて拾蔵の背中をぽんと軽く叩いた。


「んじゃ、帰ろっか」

「ケツ山先生は、クリスマスのイベントイラストとか出さへんの?」


 和香と肩を並べて廊下に出たところで、拾蔵はマインドシェイド同僚の北岡から聞いていた話を思い出した。確かイラストレーターというのは、クリスマスなどのイベント毎に色々なテーマを設けて作品をアップする習慣があるとかどうとか。

 しかし和香は、そこは抜かりは無いとばかりに不敵に笑った。


「ふっふふふ~……実はもう、予約投稿で設定済みなんだよねぇ~」

「あぁ、成程……前もって仕上げてたって訳やね」


 見事なスケジュール管理だと感心して頷き返しながら、下駄箱を出て正門へと向かう。と、そこで意外な顔がふたりを待っていた。

 沙苗だった。


「あ、ど、ども~」

「おぉ~……沙苗っち、態々迎えに来てくれたんだね~」


 はにかんだ笑みを浮かべて手を振る沙苗に、和香が嬉しそうな笑みで応じた。

 拾蔵が入院騒ぎを起こして以来、これまで彼と関わってきた女子達が推しの会などという妙な集まりを結成していることは何度も耳にしているのだが、沙苗もそのひとりらしい。

 何ともおかしな連帯だと呆れながらも、彼女達の好きな様にさせているのは、拾蔵自身、然程に悪い気分ではなかったからなのかも知れない。


「拾蔵さん、もう元気みたいね……まぁ琴姉ちゃんから経過は聞いてたから、そんなに心配はしてなかったんだけど」

「色々迷惑かけてすんません」


 沙苗に対しても、拾蔵は自身の重い過去を話してドン引きさせた筈なのだが、彼女は普通に、そして当たり前の様に拾蔵の友人として振る舞っている。

 結局、ただ己の黒歴史を披露するだけに終わったのかと、内心で自嘲した拾蔵。彼女らが結成する推しの会とやらは、本当に拾蔵から離れるつもりはないらしい。

 こうなるともう、拾蔵も腹を括るしか無かった。


(まぁ……俺の女嫌いにどこまでついてこれるか、見といたろか……)


 などと思いつつも、今の拾蔵には和香に対しても沙苗に対しても、何の嫌悪感も抱いていない。勿論、玖瑠美に対しても、だ。

 少し前までならば考えられない程の変化だった。

 こうなってくると、ほんの少しだけ欲が出てきてしまう。

 自分も他の男共と同様、普通の恋愛が可能になってしまうのでないか、と。勿論それは、勃起不全が完全に癒えればの話ではあったが。


「拾蔵君、この後少し、付き合ってくれるかな? クリスマスケーキの受け取りとか、色々注文してある料理のテイクアウトとかで人手が欲しいんだよね」

「おぉ~、そういうことね。はいはい、俺の手で良かったら何ぼでも使うて下さいケツ山先生」

「拾蔵さん手が大きいから、かなり色々持ってくれそうね」


 沙苗が白魚の様な柔らかな指先で、拾蔵の大きな掌を持ち上げてみた。

 何となく、こそばゆい気分だった。

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