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33.実力差

 琴音の部屋から戻ってきた拾蔵は、少しばかり心配になってきた。

 従妹の沙苗は情報工学科の生徒としては確かに、それなりの技術も知識もあるのだろう。しかし、だからといってウィルスに対抗出来る程の技量が身についている確証は無い。

 もし万が一にでも下手なことをしでかせば、状況は更に悪化の一途を辿ることになる。

 琴音の隣人として、最悪の事態だけは何とか避ける方向に持っていってやりたいのだが、ここで迂闊に手を出してしまえば、沙苗からの印象が余計に悪くなる恐れがある。

 その結果、琴音の部屋を出禁になってしまう可能性もあった。拾蔵としては、それは避けたい。


(ここは大人しく、あちらさんの結果を待っとくしかないかなあ)


 拾蔵は己にいい聞かせて、敢えて意識しない様に努めた。

 明日は土曜日だから、恐らく沙苗が通うN高校も休みだろう。ということはきっと、琴音を泊りがけで看病してゆく構えに違いない。実際彼女は、結構な大きさの鞄を提げていた。


(まぁ、何かあったらいうてくるかな……)


 拾蔵は自身がまだ夕食を終えていないことを思い出し、キッチンに立った。

 ここであれこれ考えても仕方が無い。琴音若しくは沙苗の方から連絡が来ない限りは、拾蔵もこちらから接触を取るのは控えることにした。

 そうして諸々の家事を片付け、シャワーを浴びてリビングに戻ってくると、スマートフォンにSNSのメッセージ着信通知が表示されていた。

 琴音からだった。彼女は沙苗の一方的な態度を詫びていた。

 そんなことは別に気にしなくても良いのにと苦笑を滲ませた拾蔵だが、琴音のあの性格だから、矢張りひと言謝っておかなければ気が済まなかったのだろう。


「体調の方は、如何ですか?」

「うん、もう熱の方はかなり下がったよ」


 その応えに、拾蔵はほっと胸を撫で下ろす。

 PCの問題は多少気にはかかるものの、矢張り今一番大事なのは、琴音の風邪の具合だ。彼女が元気な笑顔を見せてくれるのが、拾蔵にとって何よりの癒しだった。

 まずはひと安心――拾蔵はスマートフォンを放り出し、そのまま就寝の準備に入ろうとした。

 が、出来なかった。

 直後に続いた琴音からのメッセージに、容易ならざるひと言が記されていたからだ。


「それでね、沙苗ちゃん色々頑張ってるみたいなんだけど……さっきから変な通知が届きまくってるんだよね……私の預金口座がどうとかって……」


 この瞬間、拾蔵の面が緊張に引き締まった。


(これは……かなり拙いかも知れん)


 拾蔵は嫌な予感を覚え、作業用のノートPCを起動した。場合によっては、無理矢理にでも琴音の部屋を訪れる必要があるかも知れない。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 応対に出てみると、玄関扉の向こう側に沙苗の姿があった。彼女は如何にも不本意だといわんばかりの表情で僅かに俯き、視線を横に流していた。


「どうかされましたか?」

「……あんたなんかに頼るのは絶対嫌だって、いったんだけど……琴姉ちゃんが呼んできて、っていうから」


 沙苗はぎゅっと唇を噛んだ。心なしか涙ぐんでいる様にも見える。

 拾蔵は敢えて気付かぬ振りで通し、何の用で自分を呼びに来たのかと問いかけた。


「琴姉ちゃんの、パソコンが、全然復旧しないし……それに、何故か琴姉ちゃんの銀行口座が、空っぽになったっていう変な通知が届いてきてるから……」


 だからもう、これ以上は自分の手に負えないという訳か。矢張り彼女は、まだ一介の学生に過ぎなかったということだろう。

 拾蔵はしかし、沙苗のことはもうほとんど眼中には無かった。


「行きましょう。急いだ方が宜しいです」


 拾蔵は既に起動済みの作業用ノートPCを小脇に抱えて、琴音の部屋を再び訪れた。

 琴音は拾蔵の姿を見るなり、本当に御免ねと何度も頭を下げていた。


「WiFi借りますよ」


 床に座り込みながら、拾蔵は作業用ノートPCの画面に幾つものウィンドウを立ち上げた。

 沙苗の説明によれば、彼女が復旧作業を始めてから十数分後にはキーボード入力もマウス操作も一切受け付けなくなったということらしい。IOデバイスの制御が奪われたのだろう。

 であれば、琴音のPCで直接対応するのは不可能だ。

 拾蔵はワイヤレス経由で琴音のPC内に入ることにした。


「あ……それ、私のパソコンのデスクトップ?」


 ベッドに腰かけて拾蔵のPC画面を覗き込んでいた琴音が、声を裏返して驚いている。その隣で沙苗も、信じられないといわんばかりの表情で目を丸くしていた。


「え……どうやって、入ったの? WiFi経由で?」

「いや……敵は多分、WiFiのMacアドレスを監視しとる。せやから、ブルートゥースから入った。WiFiは極端にいうたら土管を繋ぐだけやけど、ブルートゥースはプロトコル毎に仕様も動きも全然違うから、ウィルスを仕込んだ側は俺がそこで何やってるかなんてまず見抜けんし、検知も出来ん」


 接続したという事実は分かるだろうが、それが分かった時点でもう遅い。拾蔵が侵入した後では、ウィルスの側には最早為す術は無かった。

 そしてWiFiとブルートゥースは、同じワイヤレスチップを使用しているメーカーが少なくない。琴音のPCも同様だった。


「何で、WiFiから入んなかったの?」

「囮に使った。敵がWiFiを警戒している間に、裏からこそっと、ブルートゥース側から入ったんよ」


 沙苗に答えながら、拾蔵はプロセスを偽装して敵の裏を衝き、次々とKILLコマンドを実行してゆく。ウィルスが陣取っているプロセスは一気にその姿を消していった。


「キーロガーまで仕込んどるな。多分このIOデバイス制御は時限的なもので、放っておいたら自然復旧する仕組みやな。で、琴音さんが復旧したわぁって喜んでパスワードやら何やら入力したら、それが全部抜かれるって罠や」

「あんた……く、詳しいんだね……」


 絶句する沙苗の隣で、琴音が嬉しそうに微笑んでいる。その間も拾蔵は一気に勝負をかけた。

 ウィルスの侵入経路と経由サーバーを特定し、全てを潰しにかかる。これでもう二度と、このウィルスは琴音のPCで好き勝手に暴れることは出来ないだろう。


「銀行口座の方も、無事でした。あのメールで不安を煽って、キーロガー仕込んだこのPCで口座に入るパスワードや何やらを抜こうってな魂胆やったんでしょう」


 拾蔵は作業用ノートPCを閉じた。後のことはもう、沙苗に任せておけば良い。

 そうしてのっそり立ち上がり、琴音の部屋を辞そうしたところで足を止めた。沙苗が拾蔵の前で、顔を真っ赤にして俯きながら、そっと頭を下げてきたのである。


「その……御免なさい……それから……えっと……ありがとう」

「そんなんエエから、琴音さんの面倒、しっかり見てあげて下さい。ほんなら、これで失礼します」


 沙苗は尚も何かいいたげではあったが、拾蔵はさっさと琴音の部屋を辞した。

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