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31.冷や冷やした男

 KEITO問題の始末をつけてから最初の週末、拾蔵は琴音の部屋に呼ばれた。

 拾蔵が後夜祭で勝ち取った松坂牛で、焼肉パーティーをやろうという話だった。ところが、このワンルームマンションの各個室は然程に広くない。

 大勢を呼んで盛大にぱーっとやるには、いささか面積不足だった。


「ほんなら、俺んとこの実家のマンション使います?」


 拾蔵の実家マンションなら、多少の人数を呼んでも十分な広さがある。琴音も、是非そうさせて欲しいと大いに乗り気だった。


「折角だからさ、他にもう何人か呼んじゃおうよ。拾蔵君のと私の分、合わせて7kgもあるんだし、結構な人数で消費しないと、中々食べ切れないでしょ?」


 実際、拾蔵宅の冷凍庫はもうパンパンだ。仕方無く実家の冷凍庫にも分けて入れているが、これらの肉を消費するには、ひとりでは少し無理がある。

 余り長期間冷凍庫に保存し続けると、冷凍焼けを起こしてしまって味が落ちる。そうなる前に、大勢で一気に消費する方が建設的だろうという結論となった。

 問題は、誰を呼ぶか、だ。


「美奈貴は呼んであげたいなぁ。後は、佳那美かなぁ」


 拾蔵は一瞬、琴音に見えないところで渋い表情になった。彼女が呼ぼうとしている白坂佳那美(しらさかかなみ)は、玖瑠美の姉である。

 佳那美が来るとなれば、玖瑠美も一緒に顔を見せる可能性が高い。というよりも、少しでも人数を増やしたいならば姉妹揃って呼ぶ方が効率的ではある。

 事実、琴音は玖瑠美を呼んでも良いかと訊いてきた。


「あぁ、はい……まぁ、エエんちゃいます?」


 拾蔵としては、そう答えざるを得なかった。

 更に琴音は、和香も呼んだらどうかと提案してきた。しかし和香は和香で、同じく松坂牛を3kg、自身の取り分として自宅冷凍庫に保管している。

 態々、拾蔵のマンションに来てまで食いたがるだろうか。


「ま、こういうのは雰囲気だから」


 琴音が時折発揮する、よく分からない論理展開で胸を張った。が、拾蔵としては和香を呼ぶことに対して否定的な理由を持ち合わせていない為、結局彼女も呼ぶことになった。

 しかし、よくよく考えれば拾蔵以外は全員、女子ばかりだ。胃袋的に十分な戦力が揃っているとはいい難い。果たして、あれだけの量の肉を平らげることが出来るだろうか。


「拾蔵君のクラスの男子は?」

「別にこれといって、仲エエ奴なんておらんですよ」


 二年に進級してからは、拾蔵はクラスメイトとは距離を置き続けてきた。ミスター学園祭に選ばれたことで、多くの同級生らが親しみを抱いて接する様になってきたが、拾蔵自身は依然として間合いを離し続けている。

 今更自分から声をかけるのも、正直なところかなり億劫だった。

 と、ここで拾蔵は学外に最大戦力が控えていることをに思い至った。


「俺の従兄、呼んで良いですかね? 笠貫厳輔っていう三十路のおっさんですけど」

「あ、拾蔵君にギターを教えてくれたってひとね! それ良いかも! っていうか、一度会ってみたい!」


 という訳で、拾蔵はその日の夜に厳輔と連絡を取った。

 チャットアプリの向こうで、厳輔は物凄く微妙な表情を浮かべていた。


「いや、別にエエけど……俺みたいなおっさん行って大丈夫か?」

「まぁ厳さんは琴音さんとかと比べたらひと回り年上ですけど、見た目はまだ全然若いですから」


 実際、厳輔は二十代半ばといえば十分に通用する程に、その外見は若い。

 同性の拾蔵から見ても惚れ惚れする様な美丈夫であることに加え、190cmを超える長身と鍛え上げられた頑健な体躯は、その辺の若い女性なら簡単にオトせるんじゃないかとすら思える。

 拾蔵がそんな意味の台詞を口にすると、厳輔は怪訝な顔で小首を傾げた。


「いや、俺別にナンパしたい訳ちゃうしな」

「俺もそこは求めてませんって。厳さんには兎に角、肉の消費を手伝って貰えたらそれでエエですわ」


 という訳で、今晩早速厳輔も呼んでの焼肉パーティーが催される運びとなった。


◆ ◇ ◆


 拾蔵実家のマンションに、続々とひとが集まってきた。

 先にキッチンで準備を進めていた拾蔵は、訪問客を片っ端からダイニングへと招き入れてゆく。


「あ、どうも初めまして! 拾蔵君の従兄さんですね!」


 最初の来訪者である琴音が、拾蔵の隣でスライスした松坂牛を大皿に並べている巨漢に、華やかな笑顔を向けた。


「うちの拾蔵がいつもお世話になりまして」


 厳輔は流石に落ち着いた大人の男性だ。初対面の美女が相手でも全く動じることなく、丁寧な挨拶で応じた。これが2年A組の男子共なら、こうはいかなかっただろう。

 その後、佳那美と玖瑠美の白坂姉妹、美奈貴、和香といった面々が次々に顔を見せる。

 いずれも初めて会う厳輔の巨躯と端正な顔立ちに、揃って目を奪われていた。逆に厳輔は、玖瑠美と美奈貴、そして和香の言動をつぶさに観察している様だった。

 彼はこの三人の女子相手に、拾蔵がハッキング技術を駆使して大いに助けたことを知っている。

 その彼女らがマインドシェイドについて余計な知識を持っていないか、即ち拾蔵が迂闊に口を滑らせていないかを見極めようとしているのだろう。

 これは別段、厳輔が拾蔵を疑っているかどうかとは関係が無く、マインドシェイドのリーダーとして当然の措置を取っているといわなければならない。

 しかし厳輔は、三人の女子に対する無言の監査をものの数分で切り上げた。彼女らに危険が無いことを、その目と耳でしっかり確認し終えたものと思われる。

 正直拾蔵は内心で多少冷や冷やする部分もあったのだが、厳輔がこの場で認めた以上は、安心して良さそうだった。

 但し、だからといって気を緩めて良い訳ではない。

 今後もマインドシェイドの一員として、守るべき部分はきっちり守ってゆかなければならない。でなければ、次に始末されるのは拾蔵自身だった。


「ほんなら、皆で美味しく頂きましょか」


 厳輔が音頭を取った。

 拾蔵達のハッカーとしての側面を何も知らない女子達は、大喜びで松坂牛にありつこうとしていた。

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