3.始末をつける、ということ
翌朝、拾蔵は美味そうな匂いに釣られて和室から這い出した。
見ると琴音が、キッチンで何やら忙しそうにしている。
「おはようございます、笠貫さん! あ、あとそれから、御免なさい! キッチン、勝手にお借りしてます……!」
「え? あぁ、別に良いですよ。触られて困る様なモン置いてないですし」
答えながら拾蔵はクローゼットのある洋室へと向かい、そこで制服に着替えた。リビングに戻る途中で脱衣所の洗面台で顔を洗う。
そうしてひと通りの準備を終えると、リビングに放り出してあった通学鞄に手を伸ばした。
ところがそこで、思わぬひと言が飛んできた。
「あ、あの、もし良かったら、朝ご飯作ったので、その、召し上がって頂けませんか……?」
「え? 朝飯?」
まさかの呼びかけに、拾蔵は眉間に皺を寄せながらダイニングテーブルに視線を流した。見ると確かに、ハムエッグトーストのセットがふたり分、並んでいる。
登校時間までにはまだかなり余裕がある為、朝食を食べるのは全然問題無いのだが、しかしまさか琴音が自分の為に用意してくれているなんて、流石に想定出来ていなかった。
「……いや、まぁ作ってくれたんなら、折角なんで頂いていきますけど……」
尚も訝しげな顔つきで拾蔵はテーブルに就いた。
その瞬間、琴音もぱぁっと表情が明るくなり、テーブルの差し向かいの席に腰を下ろして、頂きますと両掌を合わせている。
(変なひとやな……)
そんなことを思いながら拾蔵は、物凄く久々な気分で、他人の手に依る朝食に手を付けた。
と、ここで拾蔵はひとつ重要なことを聞き出していなかったことに気付いた。
「昨日の連中なんですけど、どこの大学ですか?」
「え……あ、あのひと達のこと、ですか?」
途端に琴音の表情が硬くなったが、拾蔵には彼女の心理などどうでも良い。
「やっとくことあるんで、教えて下さい」
「あ、はい……えぇっと……」
尚も躊躇い、口ごもりながらも琴音は昨晩の連中について、ぽつりぽつりと語り始めた。
拾蔵としては、連中の通っている大学名さえ分かれば、それで良い。後はその大学のサーバーに侵入し、必要な情報を全て抜き出して事後処理に当たるだけだ。
「えっと……私、これぐらいしか知らないんですけど……」
「あぁ、十分です。そんだけ分かれば、後はこっちで始末します」
そこで拾蔵は言葉を切った。
◆ ◇ ◆
その日の夜、帰宅した拾蔵は自宅玄関を開けたところで怪訝な表情を浮かべた。
室内に、ひとの気配が残っているのである。
まさかと思ってリビングまで足を運ぶと、依然として琴音が居座っていた。
「あれ……帰らんかったんですか? 靴無いなら、適当なサンダルつっかけて貰て良かったのに」
「え、でも、私、まだちゃんと御礼、出来てないし……」
もじもじと両手の指を組んだり離したりしながら、上目遣いで見つめてくる琴音。
しかし拾蔵は、まぁ今回だけは都合が良いとばかりにかぶりを振って、ダイニングテーブル上に担いでいた袋の中身をぶちまけた。
その瞬間、琴音の美貌が驚きの色に染まった。声が出せない様子で、口をパクパクさせている。
「えぇ……こここ、これって……!」
「連中の部屋から適当に見繕って奪い返してきました。こん中に、雪祭さんの私物ありますか?」
実はこの日、拾蔵はハッキング技術を駆使して件のヤリサーの拠点を速攻で割り出していたのである。更に厳輔直伝のピッキングスキルとオートロック解錠技術を駆使して潜入し、連中がヤリ部屋として利用しているワンルームから女性ものと思しき衣服や物品、鞄などを片っ端から漁ってきた。
それが、今回の収穫だった。
琴音は信じられないとばかりに目を白黒させながら、それでも幾つかの物品――スマートフォンや衣服、ポーチやバッグなどを手に取り、一部のものは中身を確認するなどしていた。
「全部、ありました?」
「はい……でも、まさか、そんな、信じられない……」
どうやら琴音の私物は余すところなく、全て奪還出来ていたらしい。
ここまでやり切れば、もう流石に後顧の憂いは無いだろう。拾蔵は残る最後のひと仕事として、あのヤリサー連中を社会的に叩き潰す方策へと思考を切り替えた。
一方、琴音は最初こそ驚きはしたものの、今では感激の表情で本当に心の底から嬉しそうにしていた。
特にスマートフォンや諸々のカードが入ったポーチなどは、彼女の生活に於いては極めて重要な資産ばかりであろう。それらが全て手元に戻ってきたのだから、嬉しくない筈が無かった。
「ありがとうございます……笠貫さん……本当に、ありがとうございます……」
何度も何度も頭を下げて感謝を伝える琴音。
最後の方はもう涙声になっていて、ほとんど聞き取れなかった。
しかし拾蔵は、琴音の感激などに時間を費やすつもりは無い。時計を見ると、まだ夜の8時を回ったばかりだった。
「もうご自宅に戻るには何の支障も無いですよね? だったら、そろそろ帰って貰えませんか?」
「え? でも、そんな、まだ何の御礼も出来てないのに……」
さっきも似た様な台詞を放っていた琴音。
御礼が一体、何だというのだ。どうせ女なんて皆クソだ。その気も無い癖にいけしゃあしゃあと、それらしい台詞を放ってくる。
拾蔵はここで再び、腹が立ってきた。
「ちょっとこれから大事な用事があるんです。ぶっちゃけ迷惑なんで、もうさっさと帰って下さい」
流石にここまでいわれれば、琴音としてもそれ以上何もいえない様子だった。
彼女は本当に心の底から申し訳無さそうな表情だったが、兎に角今日のところは一旦帰りますとだけ応じて、拾蔵宅を辞していった。
それから数分後、リビングに残った拾蔵は作業用PCを立ち上げ、あのヤリサー連中の個人情報が入っている色々なサーバーへの侵入を開始した。
社会的に抹殺されるというのがどういうことなのか、連中には身を以て知って貰うことにしよう。




