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26.オタクデュオ

 学園祭一日目が終了したその日の夜、拾蔵は実家マンションに琴音と和香を案内した。

 当初和香とは二日目の朝に打ち合わせた上で諸々の練習を重ねるつもりだったのだが、どうせ今宵琴音をマンションに連れて行くのだから、ついでに和香も引っ張って行こうという運びとなった。

 和香と初顔合わせとなった琴音は、簡単な挨拶を交わした後、本人の聞こえなところでこっそりと拾蔵に耳打ちした。


「ホントに、小動物みたいに可愛らしい子ね」

「カピバラとは別のイメージに書き換えんとあきませんけど」


 などと下らない言葉を交わしつつ、拾蔵実家のマンションへと足を運んだ。


「拾蔵君と、初めて会った時以来だね」

「あぁ、そないいうたら、確かにそうですね」


 まだ然程に日は経っていない筈だが、妙に懐かしそうに室内を見渡す琴音。

 拾蔵も不思議と感慨深い。この部屋に琴音を案内することが無かったら、今の様に女性への敵意が和らぐことも無かっただろう。

 あの出会いはまさに、奇跡に邂逅といっても良かった。


「それで拾蔵君、どんな秘密兵器を用意しているのかな?」


 和香はもう笠貫君でも玖瑠美割り拾蔵君でもなく、普通に下の名前で当たり前の様に呼び掛けてくる。そして拾蔵も、態々彼女からの呼び名を訂正する気など全く起きなかった。


「ちょっと待っててや……」


 拾蔵は物置と化している洋室のクローゼット内から、ひとつの楽器を取り出した。

 アコースティックギターだった。


「俺が両親亡くした時、従兄が俺を元気づけよう思うて譲ってくれたんです。これで気ぃ紛らわせたらどうか、って」


 それは中学一年の頃の話だった。

 当時の拾蔵は然程音楽には興味を持っていなかったが、厳輔が見事な演奏技術を披露してくれたことで、純粋に格好良いと思った。

 既にハッカーとして頭角を現し始めていた拾蔵の指先は、同年代の子供に比べれば相当に器用だった。そして拾蔵自身も興味を抱いてギターと向き合ったことから、三年程の練習でセミプロレベルの演奏技術が身についていた。


「ちょっと久々なんで、失敗するかも知れんけど」


 そう前置きし、チューニングを施してから奏で始めた拾蔵。

 取り敢えず誰でも知っている童謡を流してみたところ、多少詰まるところはあったが、大体は思い通りに弦を弾くことが出来た。


「わぁ……凄いじゃない拾蔵君! そんだけの腕があったら、路上ライブとかでも十分イケるわよ!」

「こいつぁ吃驚だねぇ……流石は我が同志。君の隠れた才能に触れることが出来てボカァ光栄だよ」


 琴音と和香は手放しで称賛してくれたものの、拾蔵自身はまだ感覚を取り戻せたとは思っていない。

 が、今夜ひと晩通しで練習すれば、明日の後夜祭までには十分間に合うだろう。


「そんで、あたしに出来ることは何?」

「ケツ山先生にはタンバリンを頼むわ。適当に調子合せて打ってくれたらエエし」


 この時、琴音が物凄く変な顔で拾蔵と和香を交互に見比べた。


「拾蔵君……その、ケツ山先生って、何?」

「あ……しもた」


 余りに普通に馴染んだ空気だった為、ついうっかり口を滑らせたことに今更気づいた拾蔵。

 しかし、バツが悪そうに頭を掻いている拾蔵とは対照的に、和香は自分のハンドルネームだということを、あっけらかんと笑いながらさらりと明かした。


「へぇ……か、変わったセンスね」

「よくいわれるんですよ~」


 けらけらと笑う和香。

 流石にこの時ばかりは、拾蔵は和香に救われた気分だった。


「まぁそりゃそうと拾蔵君、明日はどんな曲を弾くつもりなんだい? フォークソング?」


 タンバリンを手にしながら小首を傾げる和香。

 しかし拾蔵は、かぶりを振った。


「アメリカはテキサスのカントリーソングで勝負させて貰います、ケツ山先生」


 拾蔵は厳輔から英会話の特訓を受けてきたから、ごく自然な発音でカントリーソングを歌うことが出来る。その実力をここで披露してみせた。

 琴音も和香も英語に堪能という訳ではなさそうだったが、拾蔵の流暢な英語歌詞には心底感嘆している様子だった。


「おぉ……良いね拾蔵君。こいつぁ確かに、アゲアゲな秘密兵器だ!」


 和香が立ち上がった。今度は拾蔵の演奏と歌声に合わせて、彼女もタンバリンを叩いてみようという構えだった。


「あんまりドンピシャなタイミング狙わんでも、適当に合わせて打ってくれたらエエで」


 という訳で、ギター拾蔵とタンバリン和香による急増のデュオが結成された。

 琴音は両手を叩いて囃し立てる役目。

 ふたつの音色は然程の時間を要すること無く、ひとつの曲として融合を果たした。この調子ならば、明日の後夜祭の舞台アピールで十分勝負になるだろう。


「ふふふ……イケるね拾蔵君。これで松坂牛はあたし達のモノだぜ」

「あら、そんなものが貰えるの?」


 琴音が目を丸くした。

 普通、高校の学園祭の後夜祭でそんな高価な賞品が出るなど、聞いたことも無かったのだろう。在校生の拾蔵ですら最初は驚いたのだから、当然といえば当然の反応だった。


「まぁ、私立大学の付属高校なんで、寄付とか色々あって予算は潤沢らしいんですわ」

「へぇ……持ってるとこは、本当に持ってるのねぇ」


 感心して腕を組む琴音。

 拾蔵は、松坂牛をゲットした暁には琴音にも幾らかお裾分けする腹積もりだった。

 勿論、和香に対しても。


「ほんなら通しで、一曲やってみよか」

「おぅ、任せてくれたまえ拾蔵君」


 こうして私立K大学附属高校初のオタクデュオが誕生した。

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