25.目力の強い女
和香との談合が為った今、拾蔵は明日の後夜祭に向けて、頭の中で色々とシミュレートを開始する。
まずは今宵、実家のマンションに帰って例の物の封印を解き、久々に練習しなければならない。
加えて補助係の和香には幾つかの物を手渡し、明日の午前中には色々と説明と加えた上で、簡単な練習を重ねておくべきだろう。
拾蔵は多くのひとで賑わう校舎内を適当にぶらぶらしながら、脳内で次々とプランを組み立てる。この男は一度方針が決まったら、行動が早い。それが好むか好まざるかに関わらず、徹底的に推進するタイプだった。
そうして諸々の思考を巡らせながら校舎一階をうろうろしていた時、とある教室から出てきたふたつの人影に呼び止められた。
「あ、拾蔵君、居た居た」
「笠貫さん、こんにちは」
琴音と美奈貴だった。
私立K大学附属高校学園祭は、一般参加客が自由に来訪することが出来る。
生徒の家族や他校の友人、地元住民、或いは卒業生などが普通に出入りすることが可能だった。琴音と美奈貴はどうやら、拾蔵の姿を探し求めて校内をうろうろしていたらしく、彼の姿を見つけるや、一直線に歩を寄せてきた。
「あぁ、いらっしゃい。おふた方とも、いらっしゃってたんですね」
「拾蔵君は今、自由時間なんだ?」
琴音に問われた拾蔵は、今はもう自分の役割が終わって暇なんですよと笑みを返した。そして自身のクラスが模擬店を出展している旨を告げると、案の定、ふたりは是非案内して欲しいとせがんできた。
(いきなりこんな美女ふたり連れてったら、クラスの奴らびっくりするかな?)
などと思ったりもしたが、折角こうして足を運んでくれたのだから、案内しない訳にはいかない。
拾蔵は周りから羨望の視線を全身に浴びながら、美人女子大生ふたりを2年A組の教室まで連れて行った。
当然ながら、クラスメイト達は一斉にざわついた。
クラス一番の美少女たる玖瑠美を懐柔したのみならず、年上の美女ふたりを侍らせているなどとは一体どういうことだと、男子連中が大いに騒いでいた。
「お客さんやで。失礼の無い様にしてくれや」
群がる男子共を追い払いながら、拾蔵は生徒用学習机を組み合わせた二人掛けテーブルに琴音と美奈貴を案内した。
するとそこへ、玖瑠美が嬉しそうな笑みを湛えてお冷とメニューを持ってきた。
「琴音さん、お久しぶりです!」
「あらあら玖瑠美ちゃん、今日も一段と可愛らしいじゃないの」
ここで拾蔵は内心で、ああそうかと頷いた。
琴音と玖瑠美の姉は友人同士なのだ。であれば、このふたりが顔見知りなのも当然といえば当然の話だ。
美人女子大生ふたりに、現役女子高生の美少女が加わったことで、2年A組が催す模擬店のその一角だけが異様な程に煌びやかになった。
(ほんなら、後は任せとこか……)
女子三人で会話に華を咲かせて貰っているところでこっそり離脱しようとした拾蔵だったが、その肩口を玖瑠美がむんずと捕まえた。
「ちょっと待って笠貫君。訊きたいことがあるんだけど」
この時、玖瑠美は若干の不満を滲ませた顔つきで拾蔵を睨みつけていた。
琴音の手前、玖瑠美を無下に払いのけて逃走する訳にもいかない。拾蔵は仕方無く、その場で足を止めた。
「笠貫君……結局、ミスターコンにエントリーしたの?」
少しばかり頬を膨らませて問い詰めてくる玖瑠美。
そういえば彼女からエントリーを誘われた時は、にべも無く断ったことを思い出した。
玖瑠美が機嫌を損ねているのは、彼女の言葉には頷かなかった癖に、どうして他でエントリーすることになったのかと、その点が恐らく納得出来ていないのだろう。
(面倒臭い奴やなぁ)
琴音が居なければ、俺の勝手やろと突っ撥ねることも出来たが、ここは誠意を以て応じるしか無い。
「いや、夏樹さんに無断でエントリーされとったんや」
「……夏樹さんが?」
玖瑠美は小首を傾げた。露骨に訝しげな表情。
そういえば彼女は、拾蔵と和香が変なところで意気投合していることを知らなかった筈だ。
拾蔵にしてみれば、和香はほとんど女性を感じさせない稀有な存在だ。どちらかといえば動物チックな雰囲気を漂わせている和香は、家族の一員たるペットか何かと触れ合っている感覚の方が強い。
その為、和香を相手にしている時は琴音と接している時と同じく、嫌悪感を全く感じることが無かった。
しかしそんなことを玖瑠美に説明しても、きっと理解してくれないだろう。
そこで拾蔵は、
「俺も最近、オタクの道に目覚めたんや。せやから夏樹さんが同志認定した俺を、知らんところでエントリーしたってことらしいわ」
などと適当な理由をでっち上げた。
この時ばかりは玖瑠美のみならず、琴音と美奈貴もびっくりした表情を浮かべていた。
「あ……そういうことなんだ」
玖瑠美は物凄く複雑そうな顔つきで、一応は頷いた。
ところが何故か琴音が、拾蔵がミスターコンにエントリーしたことに食いついてきた。
「へぇ……拾蔵君、ミスターコンに挑戦するんだ。でも結構イイ線行くんじゃないかな」
「笠貫さん、見た目も心意気も男前ですし」
美奈貴もうんうんと頷きながら太鼓判を押したが、拾蔵は凄まじく微妙な気分だった。
オタクで男前って、どんな人種やねん、と。
恐らくこればかりは、誰も明確な答えを出すことが出来ないだろう。
「それで拾蔵君、勝つ自信はあるの?」
「一応ね。んで、ちょっと今晩練習せなあかんことがあるんですけど……」
すると途端に勢い込んで立ち上がってきた琴音が、拾蔵の手を取って目を輝かせた。
「勿論、私も混ぜてくれるよね?」
一体彼女は何を期待しているのかさっぱり分からなかったが、その目力に圧された拾蔵は、乾いた笑みを浮かべながら頷くしか無かった。