23.断固拒否の男
私立K大学附属高校にも、学園祭の時期がやってきた。
拾蔵が所属する2年A組は、他クラスとの激しいくじ引き合戦に見事勝利し、模擬店の出展権を得た。夏休みが明けて、すぐの頃の話だった。
当時拾蔵は、まだ玖瑠美のSNS事件には一切関与していなかった。
その為、拾蔵と積極的に言葉を交わそうとする者などひとりもおらず、その時点に於いてはクラスの中でひとり浮きまくるぼっち生活を満喫していた。そして担当決めの際にも、地味な裏方役のひとつを適当に割り振られただけだった。
ところが学園祭が間近に迫った頃、一部のクラスメイトらが拾蔵の胡桃を割る握力を模擬店でのパフォーマンスに使いたいなどといい出してきた。
「笠貫、うちの模擬店成功の為に、当然やってくれるよな!」
「お願い笠貫君! 順位投票の為にも協力して!」
しかし拾蔵は、全力で拒否した。
「今更何いうとんねん。係なんてもう前々から決まっとるやろうが」
その後も文化祭実行委員のクラス担当や、他のクラスメイト達がそこを何とかと必死に頼み込んできたが、拾蔵は取り付く島も無い勢いで片っ端から拒絶した。
拾蔵は二年に進級してからは、クラスの中では誰とも友達付き合いをせず、ひたすら孤立し続けた。
女子生徒は当然、全員が敵だという目でしか見ていなかったし、男子についても、下手に打ち解ければクラスの女子と思わぬ接点が生じてしまう可能性があった為、極力交流の芽を排除した。
春先の遠足や秋口の体育祭などは最初から参加するつもりは無かった為、いずれも仮病を使って欠席。
出来れば学園祭も雲隠れしたかったが、流石にイベント毎に休んでいては怪しまれる為、今回ばかりは諦めて最低限の役割だけを受け持つことで妥協した。
それが今になって、変に色々と声をかけられる様になってきたのである。
面倒臭くて仕方が無かった。
「あの、笠貫君……ちょっと良い?」
放課後、教室で他のクラスメイトらに紛れる格好で模擬店の装飾部品に色を塗っていた拾蔵の傍らに、玖瑠美が作業の邪魔にならない位置へそっと歩を寄せてきた。
拾蔵は、以前に比べればかなりマシになったとはいえ、相変わらず玖瑠美との接触は苦手としていた。
彼女は学内でも三本の指に数えられる美少女であり、典型的な陽キャであり、スクールカースト上では最上位に君臨する。
対する拾蔵は、ほぼ最底辺だ。
最近になってクラスメイト達が変に寄りつこうとする気配を見せているが、拾蔵は依然として大半の接触をシャットアウトしていた。
勿論、玖瑠美も例外ではない。琴音の友人の妹だから失礼な言動を取らぬ様に神経を使ってはいたものの、親しくするかどうかは、また別問題だ。
玖瑠美に対して邪険な態度を取るのはやめたが、不愛想で通すのは変わらない。今回も、玖瑠美が声をかけてきた際には手を止めること無く、用件を聞くだけにとどめるつもりだった。
「今忙しいから、手短かにな」
「あ、うん、そうだね……じゃあ、そのまま聞いてくれる?」
拾蔵は視線も向けずに頷き返した。
「えっとね……笠貫君、ミスターコンにエントリーしない?」
「しません」
即答で返した。
私立K大学附属高校の学園祭では、二日間の日程を終えた後に後夜祭が催される。そこでミス学園祭とミスター学園祭をそれぞれ三人ずつ選ぶコンテストが実施されるのが、通例となっていた。
このコンテストには自薦他薦を問わず、自由にエントリーすることが可能だ。基本的には見目麗しい連中や、学園祭を派手に盛り上げた者がエントリーされてコンテストを大いに盛り上げることになっている。
当然ながら学園最高レベルの美少女でスクールカースト最上位の玖瑠美がエントリーされるのは既定路線といっても良いのだが、彼女はそこに、拾蔵も参加させようというのである。
しかし拾蔵にはその気はさらさら無い。
ミス&ミスターコンなど、目立ちたい或いは馬鹿騒ぎしたい陽キャ共が勝手に遊んでいれば良い空間だ。そんなところに自分を誘うなどお門違いも甚だしい。
「えー? 笠貫君、出ないのー?」
すると今度は陽菜も寄ってきて、玖瑠美に助け舟を出し始めた。
拾蔵は依然として手を止めず、声だけで応じた。
「何で出なあかんねんなん。場違いにも程があるやろ」
「そうかなあ? 笠貫君ってちょっと、自分を悪く見過ぎなんじゃない?」
更には多佳子までが参戦していた。否、彼女だけではない。周辺に居た女子数名がいつの間にか、拾蔵を取り囲む形で輪を作っていた。
「笠貫ってさー、自分がイケメンだって自覚無いの?」
「それにマッチョだし背も高いし、普通の女子なら割りと簡単に落とせそうなカンジだよ」
次々と無責任な台詞が飛んでくる。
玖瑠美も、拾蔵は見た目も心も男前だと物凄い勢いで持ち上げてきた。そんな彼女を、クラスの男子達がどこか悲しそうに眺めている。
しかし拾蔵は応じるつもりは無かった。
「自分ら、手ぇ止めててエエんかいな。まだまだやることあるやろに」
「そ、それはまぁそうなんだけど」
玖瑠美は狼狽えた。今は学園祭の準備も大詰めの時期だ。無駄に手を止めて喋っている場合ではない筈だ。
他の女子らも、クラスの男子達から手を止めるな何だとブーイングを浴びた為、渋々それぞれの作業へと戻ってゆく。
やっと解放された――拾蔵は内心で、やれやれとかぶりを振った。
SNS問題で助けてやったのは事実だが、あれも結局は琴音に頼まれたからだ。玖瑠美が可哀そうだからだとか、そんな動機で解決した訳ではない。恩義を感じるのは自由だが、だからといっていきなりフレンドリーに振る舞うというのは如何なものか。
(そんなこと、こっちは頼んでへんやろうが……)
最底辺には最底辺の生き方というものがある。幼馴染みに地獄を見せられ、挙句には勃起不全などを患う有様だ。そんな自分に、陽の当たる場所など相応しい訳が無いだろう。
それを陽キャ共に、どうやって分からせてやるべきか。
絵具を塗る筆を動かしながら、拾蔵は頭の中で何度もシミュレートを重ねていた。