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22.忖度される男

 メディアトピアからの帰宅中、拾蔵は琴音から、美奈貴と三人ですき焼きを食べないかと誘われた。

 聞けば、美奈貴の実家から大量の葱と白菜が届いたのだが、ひとりでは消費出来ない為、三人で鍋にしようと提案されたらしい。丁度その時、琴音がインターネットで美味いすき焼き店を検索しており、その場ですき焼きに即決したのだという。

 拾蔵としても断る理由は無かった為、ふたつ返事でOKした。


(すき焼きか……久し振りやな)


 基本ひとり暮らしの拾蔵は、自宅ですき焼きを用意することなど、まず無かった。

 最近でこそ琴音が隣に越してきて以降、彼女から色々お呼ばれする様になったのだが、それ以前は本当に鍋物をつつく機会などさっぱり失われていた。


(俺、だいぶん琴音さんに救われてんなぁ)


 そんなことを思いながら、手土産の和菓子を提げて隣室へと向かう。

 尚、美奈貴とは過日のマッチングアプリ問題で顔を合わせて以来だが、彼女に対しても今は別段、嫌悪感を抱くことは無くなっていた。

 美奈貴の中に、女性を感じない訳ではない。

 ただ拾蔵の中では女性に対する忌避感が相当に薄らいでおり、敢えて同席を断る程でもないというだけの話であった。

 そして今回の場合、琴音に対する気遣いという部分も大きく影響している。


(琴音さんのお友達やもんな……変な態度取って琴音さんに迷惑かける訳にもいかんわ)


 この考え方は、実は玖瑠美に対しても同じだった。

 玖瑠美は琴音の友人の妹であり、彼女を必要以上に毛嫌いすることは即ち、琴音への失礼に当たるという理屈だった。

 それ故、SNS問題解決以降、諸々の場所で玖瑠美と接する際は、兎に角琴音の顔に泥を塗ってはならないという思いだけが強かった。

 ところが最近では琴音云々を抜きにしても、玖瑠美と普通に接することが出来る様になっている。

 単純に慣れてきたのか、それとも別の感情が芽生えてきたのか、自分でも分からない。

 が、この傾向自体は決して悪くはないと思っている。

 苛々し続けるのは精神衛生上、余り宜しくないことは自分でも理解していたから、このまま穏やかな精神状態が維持出来るのであれば、それに越したことはなかろうという論理だ。


(まぁ、切っ掛けは何でもエエってこっちゃな。要は慣れってことなんやろう)


 そんなことを思いながら、拾蔵は琴音の部屋の呼び鈴を押した。

 琴音はほとんど秒の勢いで出迎えてくれた。


「いらっしゃぁい! 今日はお肉たっくさん用意したわよぉ!」


 若干、赤ら顔で酒臭い。早くも酔っ払っているのだろうか。

 室内には、甘辛い醤油に出汁を加えた絶妙な香りが漂っている。一瞬で空きっ腹が刺激された。


「こんばんは、笠貫さん。お久しぶりです」


 美奈貴は相変わらずお嬢様的な雰囲気だったが、彼女も今宵は幾らか酒が入っているのか、以前と比べて上機嫌に見えた。

 そうしてこたつの一角に陣取るなり、拾蔵は遠慮も無しにがつがつと食い始めた。

 琴音と美奈貴はどちらかといえば酒のアテにすき焼きを楽しんでいる様子で、量を食うのは育ち盛りな高校生に全部任せるつもりだったらしい。


「そういえば拾蔵君、今日は何してたの?」

「あぁ、知人に頼まれてメディアトピア行ってました」


 と答えたものの、琴音も美奈貴もピンときていない表情で小首を傾げている。

 そこで拾蔵は手っ取り早く、オタクが集まるそっち系の店だとひと言で超ざっくり、悪くいえば大雑把に説明した。

 ついでに、そこで同級生にばったり遭遇し、彼女に色々助けて貰ったことも付け加えた。


「最近は女の子でも、そういうお店に行くひとが増えたわよねぇ」

「うちのゼミにも、アニメとか特撮大好きな子が居たんじゃなかったっけ」


 拾蔵は適当な話題を振っただけのつもりだったが、美人の女子大生ふたりは意外な程に食いついてきた。

 今どきのオタク女子は見た目も煌びやかで、普通のアイドルみたいに綺麗な子が多い、などと会話に華が咲いているが、和香はどのポジションに位置しているのだろうか。


「いやでも、今日会った同級生はいつも小動物みたいなひとなんですけどねぇ」


 そんな彼女がメディアトピアではちゃんと着飾っていたので、一瞬誰だか分からなかったことも白状した。


「何かね、学校おる時はカピバラみたいな感じやのに、今日は普通に人間やったんですよ」

「いやちょっと待って拾蔵君……カピバラって小動物だったかしら?」


 ここで思わぬツッコミが飛んできた。

 拾蔵の中では見た目が愛らしい動物は大概、小動物というくくりだったのだが、違うのだろうか。


「いやいやいや……拾蔵君、それちょっと、だいぶん認識おかしいと思うわよ」


 琴音曰く、小動物というのは一般的にハムスターやウサギ、フェレット辺りを指すのであって、カピバラの様な中型犬に匹敵する体格は小動物とはいわない、などとばっさり斬り捨ててきた。

 これには拾蔵も、絶句してしまった。


「え、ほんなら俺がカピバラを散々小動物扱いして、周りが何もいわんと変な顔しとったのは……」

「あぁ……それ多分、拾蔵君に気を遣ってたっていうか、忖度されてたね」


 拾蔵は肘をついてがっくりと項垂れた。

 まさか、こんなところで己の恥ずかしい過去を思い起こすことになろうとは。

 ちょっと立ち直れそうにない。


「まぁまぁ笠貫さん……カピバラについて新たな知見を得たってことで、ここはひとつ、すき焼きをいっぱい食べて前向きになりましょう」


 美奈貴の慰めは、全然慰めになっていない。理論が破綻している。

 琴音も美奈貴が清楚な顔で何をいっているのかさっぱり理解出来ていない様子だった。しかし拾蔵は、その慰撫を受け入れることにした。

 そして明日からは和香に対する認識を、小動物から中型犬にバージョンアップしなければならないだろう。


(せやけど、カピバラで忖度されるて……)


 自分には明菜との失恋以外に黒歴史は無いと思っていたが、案外そうでもなかった。

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