2.年上の女
拾蔵は、救出した女性をマンション自宅内に案内した。
「先に風呂入って下さい。そのまんまで部屋ん中うろうろされたら、汚れてまう」
「あ、はい……あ、ありがとう……ございます……」
その女性――雪祭琴音はパーカーの胸元を手で押さえながら、おずおずと頷き返してバスルーム前の脱衣室へと消えていった。
両親を事故で亡くしてからは、厳輔からの支援と己のハッキング業で学生生活を続けている拾蔵。その為、この3LDKの自宅は拾蔵のひとり暮らし用の部屋として使用されていた。
正直ひとりで住むには部屋が多過ぎる気がしないでもないのだが、かといって売り払う気にもなれない。
普段使用しているのはキッチンとリビングダイニング、そしてトイレとバスルームぐらいだ。ふたつの洋室は今や物置部屋と化しているし、リビングに接する和室は寝る時以外には立ち入ることも無い。
そんな余剰空間と化した自宅だが、客人を迎え入れたのは昨年の春先、最後に幼馴染みを手料理に招待した時だった。それ以来、この部屋を訪れる者は郵便配達か宅配業者などに限られていた。
(女のひとでも着られそうな服ってあったかな……?)
拾蔵はクローゼット内を適当に物色したが、出てきたのは部屋着に用いるスウェットぐらいだった。
あの女性は、拾蔵の見立てでは身長160cm程度、スリーサイズはよく分からないが、胸の膨らみが相当に大きかったのは覚えている。
対して拾蔵は181cmとそこそこの高身長で、我天月心流で鍛え上げた体躯は並みの高校生の比ではない。その為、彼が使う衣服はあの女性にとっては相当に大きい。はっきりいってオーバーサイズだ。
が、他にこれといって良さげな衣服が見当たらない以上、このスウェットで我慢して貰うしかない。
まさか幾ら何でも、あの裸に近い格好で放り出す訳にもいかないだろう。
そんなことを思いながら、拾蔵は紅茶と簡単なデザートの準備を進めた。何か適当に飲み食いでもして貰わないと、間が持たない気がしたのである。
「服ここ置いときますよ」
「あ……うん、その……どうも、ありがとう」
脱衣所で扉越しにバスルーム内へ呼びかけると、琴音は相変わらずぎこちない調子で声を返してきた。
拾蔵はランドリーバスケットにスウェットを放り込み、バスタオルをタオルハンガーにかけて脱衣所を退出しようとした。
が、その際琴音が脱ぎ捨てた下着が、洗面台脇の床に放り出されているのに気付いた。出来れば洗濯機で廻してやりたいところだったが、生憎この自宅内には女性向けの着替えの下着など用意していない。
そうして拾蔵はリビングに戻り、仕事用のPCを立ち上げた。
そこでチャットアプリを通し、厳輔に見知らぬ女性を救助し、家に連れ帰ってきたことを報告。
すると厳輔から、びっくりした旨のチャットマークが返ってきた。
(まぁ……そらそやろな)
余りあれこれ訊かれても困るので、拾蔵はチャットアプリを落として、適当にネットサーフィンを始めた。
それから暫くして、だぼだぼのスウェット姿で琴音がリビングに姿を現した。
拾蔵はドライヤーを使わない習慣だった為、彼女のミディアムボブはバスタオルだけで何とか水けを切って貰うしかない。
「すんませんね。俺あんまり、身なりとか気にしない方なんで、ドライヤーとか置いてないんです」
「あ、いえ、そんな! どうかお構いなく……危ないところを助けて貰ったのは私の方なのに、そんな贅沢、いえませんってば!」
琴音は慌ててかぶりを振った。
そんな彼女に対し、拾蔵はティーポットに紅茶を用意したから好きに飲んでくれと伝えて、自身もバスルームへと向かう。
(明日は朝一から小テストやったかなぁ……何もやってへんわ)
そんなことを思いながら、烏の行水レベルの速さで、シャワーを速攻で浴び終えた。
そして拾蔵が戻ると、琴音はダイニングテーブルの椅子にいささか緊張した様子で、背筋をぴんと伸ばしたまま腰を下ろしていた。
「今日はもう遅いんで、泊まってって下さい。財布とかスマホとかも、手元に無いんでしょ?」
「そ、そうですね、持ってないです……」
琴音は見て分かる程にしょぼくれて、元気無く頷き返した。
そしてちらちらと上目遣いに、拾蔵の顔に向けて不安げな視線を送ってくる。
拾蔵は、半ば物置と化している洋室に、今はほとんど使っていないベッドがあるから、今夜はそこで寝て下さいとぶっきらぼうな調子でいい放った。
「俺、そこの和室で寝るんで……あと、明日は普通に授業あるんで、出て行くなら鍵開けっ放しで良いですよ。あ、これ当面のお金。お渡ししときます。こんだけあったら、ご自宅までの交通費は賄えますよね?」
拾蔵は一気に喋り切ってから、一万円札を三枚、ダイニングテーブルに放り投げた。
琴音は心底驚いた様子で目を丸くし、大慌ててかぶりを振った。
「そ、そそそそそんな! た、助けて頂いたのに、ここまでして貰うなんて、あ、あああ、あ、あんまりにも、ず、図々し過ぎます!」
「何いってんスか。女性って基本、図々しい生き物でしょうに」
拾蔵は冷淡な表情で吐き捨てた。
女など、どいつもこいつも一緒だ。外面が良いのは相手を見下し、如何にして上手く利用してやろうかと悪辣な考えを抱いている時だと、硬く信じて疑わない。
琴音だってそうに決まっている。彼女は確かにヤリサー連中に襲われ、危うく被害に遭いそうではあったのだろうが、基本は男を陥れることしか考えていない筈だ。こんなに綺麗でグラマーな体形の美女に、ろくな奴は居ない。
拾蔵の中では幼馴染みも、そして目の前で困惑している年上美人も同じ穴の貉としか思えなかった。
「え、でも、だって……」
琴音の反応などまるで無視して、拾蔵は和室へと引き籠ろうとした。その広い背中に、琴音の声が追いかけてくる。
「あ、えっと……そういえばさっき、授業っておっしゃってましたけど、その、学生さんですか?」
「高校二年です。私立K大学附属高校っていうたら、分かりますか?」
その応えに、琴音は再度ひっくり返る様な勢いで驚きの声を上げた。
「え……えええええ! こ、高校生だったんですか!」
「え? そう見えません?」
何をそんなに驚く必要があるのかと内心で小首を傾げながら、今度こそ拾蔵は和室の襖を締め切った。
これ以上、彼女の相手の為に時間を費やすつもりは無かった。