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17.久々の窮地

 玖瑠美の問題を解決した翌日と翌々日、拾蔵は家庭都合という名目で学校を休んだ。

 その実際の目的は、マインドシェイドの一員としてハッキングに専念する為である。

 マインドシェイドは今回、国内の或る大手銀行のサイバーセキュリティ防衛任務として、丸二日をかけて遊撃防御に打って出た。

 事前に、海外からこの銀行を狙うサイバー攻撃の予兆を発見したからだ。

 この遊撃防御は辛うじて成功し、同銀行の全てのサーバーを守り抜くことが出来た。

 本店の防衛には政府からのサイバーセキュリティ顧問も派遣され、非常に大掛かりな防衛戦が展開された。マインドシェイドはその高いハッキング技術を買われ、特別に遊撃部隊として招聘されたという訳である。

 そうして二日目の夜、最後のセキュリティキー暗号化を終えたところで、厳輔がチャットアプリの向こう側から労いの言葉を投げかけてきた。


「いやぁ、今回もよう頑張ったな。お疲れさん」

「中々厳しい相手でしたね」


 アイスコーヒーをがぶがぶと飲みながら、拾蔵もほっとひと息を入れた。

 それにしても、この二日間は本当に激務だった。

 敵はファイアウォールを容易く突破し、セキュリティキーの復号化も恐ろしく早かった。こちらの再暗号化が少しでも遅れれば、間違い無く侵入を許していただろう。


「官房副長官も褒めてはったぞ。若いのにエエ腕しとるなぁって。何や、将来うちの党から出馬せぇへんかみたいなこともいうとったで」

「いやぁ、やめときますよ。政治家なんて碌なもんやない」


 心底うんざりして鼻の頭に皺を寄せた拾蔵の応えに、厳輔が回線越しに笑っていた。

 そんな厳輔に、逆に拾蔵の方からも訊いてみた。


「せやけど、官邸直属の話、蹴って良かったんですか?」

「構へん、構へん。あんなとこに飼われてしもたら、がんじがらめになってもうて何も出来んようになる」


 厳輔は今の自由なスタイルを謳歌したいから、絶対に政府の子飼いにはならないと笑った。

 しかしその直後、少しばかり声のトーンが落ちた。


「それはそうと、今回はホンマにヤバかったかも知れん。俺の知る限り、総務省だけやなくて防衛省と警察庁も動員されとったからな。俺の見立てやと、多分こないだの合同演習絡みやろうな」

「……てことは、北朝鮮ですかね」


 拾蔵の問いかけに、厳輔は恐らくなと低く応じた。


「拾蔵も気ぃつけとけよ。こないだ新設された北の情報戦術革命隊はまぁまぁ怖いとこらしいからな」

「肝に銘じときます」


 そこで会話は終了し、拾蔵はアプリを落とした。

 それにしても、この二日間は自分が一介の高校生だということを忘れてしまう程の激しい局面の連続だった。少しでも気を抜けば、こちらの防衛線があっという間に抜かれてしまう危うさがあった。

 厳輔の推測通り、今回の敵が北朝鮮だったならば、必ずや第二、第三の波状攻撃がある筈だ。その時に、如何に素早く対処出来るか――マインドシェイドのメンバーがどれ程に優秀であっても、絶対に大丈夫だといい切れない不安が胸の奥で黒い渦を巻いていた。


(まぁエエわ。そん時はそん時や)


 拾蔵はひとつ大きな伸びをしてから、夕食の準備に取り掛かった。


◆ ◇ ◆


 翌朝。

 三日ぶりに登校を果たした拾蔵は、教室に入るなり、奇妙な違和感を覚えた。


(何やこれ?)


 明らかに、いつもと違う。拾蔵の寝ぼけ眼が一気に覚醒する程のうすら寒い感覚が全身に迸った。

 教室に一歩足を踏み入れた瞬間、どういう訳か室内に居た全員の視線が、一斉に飛んできたのである。

 今までなら、こんなことは無かった。

 拾蔵は常に存在感の欠片も無く、誰の気にとまることも無く、ひっそりのんびり穏やかに自席へ向かうことが出来た。

 ところがこの日は何故か皆、ひとり残らず注目してくる。その全員の表情が不気味な程に柔らかいのが、兎に角気持ち悪かった。

 ここで気圧されてはならない――拾蔵はクラスメイト達の視線には敢えて気付かぬ体を装って、明後日の方向を見ながら窓際の自席へと向かった。

 が、穏便に何事も無く辿り着くことは出来なかった。

 玖瑠美の友人である陽菜と多佳子が机の合間を縫って駆けてきて、拾蔵の前に並び立ったのである。


「……危ないから、教室内で走るのはやめましょう」


 辛うじて、そんな馬鹿げた台詞を口にした拾蔵。何故か脂汗が止まらない。このふたりの女子の笑顔に、嫌な予感が次から次へと湧いてくる。

 そして――。


「か、笠貫君……お、おはよう……」


 そんなふたりの後を追う様にして、真打登場とばかりに玖瑠美がゆっくり近づいてきて、その美貌にはにかんだ笑みを浮かべていた。

 拾蔵は一瞬考え込んだ。この女子ら三人は、何をしているのか。

 今までほとんど何の接点も無かったし、朝の挨拶など交わしたことも無かったではないか。それが今日になって何故いきなり、拾蔵の行く手に立ちはだかろうというのだろうか。


「あぁー、オハヨウゴザイマス」


 ここはまともに相手をしてはならぬと、拾蔵の本能が警鐘を鳴らしている。極力他人行儀で、極力無関係者を貫いて突破を図るしかない。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。


「ねぇ見た? SNS、もう完璧に大人しくなってたよ」


 陽菜が心底嬉しそうに笑顔を寄せてきた。拾蔵は徹底して無関心な表情で、ああそうですかと棒読みの口調で静かに応じた。


「そら良かったですね。ほな一時間目の準備があるんで」


 拾蔵は女子三人を迂回し、自席に辿り着いた。しかし彼女らは相変わらず、拾蔵の視界内でがっつりその姿をアピールしている。拾蔵が着席しても尚、この女子共は彼の席を包囲殲滅しようという構えを見せていた。


「まだ何か用デスカ」


 何とか追い払おうと無感動に問いかけた拾蔵。

 すると玖瑠美が最高の笑顔を浮かべながら、拾蔵のごつごつした武骨な手を、白くて柔らかな両手でそっと包み込む様にして掴んだ。


「本当にありがとう、笠貫君。貴方のお陰で、全部解決したんだよ。笠貫君が、あたしのこと、約束通り守ってくれたんだよ」

「白坂さん、もうホームルーム始まるんでさっさとご自分の席にお戻りクダサイ」


 渋い表情の拾蔵に対し、周囲からはホームルーム始まるまでまだあと15分はあるぞ、などと囃し立てる声が飛んできた。


(要らんこといわんでエエねん)


 拾蔵はどうやってこの窮地を脱したものか、寝不足の頭で必死に考えた。

 が、結局これといったアイデアは出て来なかった。

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