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16.よく頑張った女嫌い

 案の定、琴音は今宵もべろんべろんに酔い潰れた。

 拾蔵は彼女を背負ってマンションへ戻り、琴音の自室でコートだけを脱がせて、そのままベッドの中に放り込んだ。


「ほんなら、お休みなさい」

「ふぁ~い……おやすみぃ~」


 重厚な金属製の扉が閉まる。このマンションの個室扉は常時オートロックの為、扉さえ閉めてしまえば、後は勝手に施錠される。琴音の様なひとり暮らしの女性には丁度良いセキュリティだろう。

 さて、ひとり自室に戻った拾蔵は作業用PCを起動し、最後の仕上げとして、玖瑠美を攻撃している犯人の顔写真の抜き出しにかかった。

 これまでの小一時間程度の作業で既にアカウント、IPと経由サーバー、書き込み履歴、書き込み内容などは全て押さえてある。後は犯人と玖瑠美の関係性を調べ上げるだけだ。

 そして犯人の顔写真を収めた画像データもあっさり、入手した。


(あれ……こいつ見たことあるな)


 確か、一カ月程前まで2年A組の教室に頻繁に顔を出していた三年生だった筈だ。

 本来ならもう受験勉強で忙しい頃合いだが、私立K大学附属高校はエスカレーター式で大学への進学が可能となる。その為、秋が深まってきたこの時期に於いても、同校の三年生は余裕の学生生活を送ることが出来るのである。


(名前は……栗山孝雄(くりやまたかお)、三年C組か)


 拾蔵はすぐさま、生徒用SNSの個別DMで玖瑠美宛てに孝雄の顔写真画像データを送りつけた。

 それから、数分後――DMで返事だけが飛んでくるだろうとのんびり待ち構えていた拾蔵だったが、予想外に着信音が鳴り始めた。

 玖瑠美が生徒用SNSの通話機能を用いて、直接会話を希望してきたのである。


(何やねんなん、面倒臭い……普通にイエスかノーだけ答えたらエエやろに)


 だが、この煩わしい作業もこれで最後だ。彼女に面通しさせて言質を取り、その後にこの三年生を脅して動きを封じれば完結だ。

 拾蔵は盛大に溜息を漏らしながら応答した。

 すると更に予想外なことに、玖瑠美はビデオ通話で回線を開いてきたのである。

 やや薄手の部屋着と、ほぼすっぴんに近い可愛らしい顔立ちが、画面一杯に広がった。対して拾蔵は、カメラをオフにしたままである。何も態々、相手に付き合ってやる必要は無かった。


「笠貫君……本当に……本当に、見つけてくれたんだ」

「前置きはエエから答えだけ教えてくれ。そいつは誰や。あんたの元カレか」


 玖瑠美は画面越しに小さく頷いた。

 拾蔵は更に、付き合い始めた時期、付き合っていた頃の様子、そして別れの原因などを事細かに聞き出した。これに対し、玖瑠美は若干辛そうな表情ではあるものの、包み隠さず全て答えた。

 この孝雄という男はモラハラ気質があり、更に浮気性で、しかも粘着質な性格であるらしい。

 玖瑠美自身はその様に明言はしなかったが、彼女から聞き出した諸々の情報を総合すると、もうそれ以外の結論には辿り着けなかった。

 孝雄はやたらとプライドが高く、玖瑠美の元カレの中でも自分こそが最高の彼氏だったと思い込んでいる節がある。その為、玖瑠美が新しい彼氏と幸せそうにしている光景を見ると、もうそれだけで許せなくなる様だ。

 そして現在、孝雄は少し前に他の彼女と別れて、現在はフリーということになっている。つまり絶賛彼女物色中という訳だろう。

 尚、玖瑠美が孝雄と別れた原因は男の側にある。即ち、浮気だ。

 その為、孝雄が玖瑠美との復縁を目論むにしても、普通に元サヤを狙ったのでは断られる可能性があった。


「そこであの中傷やな。白坂さんが追い詰められて苦しんでいるところに、その元カレが颯爽と現れて慰めてやることで自分に惚れ直させて……てな魂胆か」

「そんな、酷い……そんなことの為に、あたし以外のひとにまで迷惑をかけるなんて……」


 玖瑠美の瞳に怒りの念が滲んだ。

 どうやら彼女は、孝雄と復縁するつもりは無いらしい。一応拾蔵が念の為にその点を問うと、玖瑠美は大きくかぶりを振った。


「栗山さんとはもう絶対、付き合わない。あたしが、付き合いたくない……」

「ほんなら、やらないかんことはもう決まりやな」


 拾蔵は別ウィンドウを開いて孝雄宛てに匿名DMを送る準備に入った。

 そこには孝雄のこれまでの悪行や、決して外部には出したくないであろう恥ずかしい情報などを画像データ付きで貼り付けてやった。


「笠貫君……今、何やってるの?」

「最後の仕上げ……はい、終わった」


 拾蔵は、外部に漏れてしまえば孝雄が社会的に死んでしまうであろう諸々の事実を突きつけて、二度と玖瑠美に余計な手出しはするなという意味合いのメッセージを送りつけた。

 これでもう、全て完了である。後は、果報は寝て待ての心境だ。


「あの、ひとつだけ教えて欲しいんだけど……笠貫君があたしを助けようって思ってくれたのは、あたしのお姉ちゃんのお友達に頼まれたから?」

「別に答える義理あらへんやろ。ほな三日後、またSNSよう見といて」


 そこで拾蔵は通話回線を切った。

 玖瑠美は尚も何かいいたげだったが、やるべきことは全てやり切った以上、もう彼女と無駄に言葉を交わす必要は無い。

 そもそも住んでいる世界が違うし、それに玖瑠美は拾蔵が徹底して忌み嫌う典型的なオンナだ。

 そんな相手とは出来るだけ、距離を取りたい。


(これでもう、明日から関わらんでエエやろ)


 清々した気分だった。

 玖瑠美と関わることになったこの24時間、拾蔵としては中々ヘビーな経験だった。

 明日からはまたいつもの様に、静かな学校生活に戻れる。誰からも注目されず、のんびりとひとりの時間を過ごす目立たない隅っこ学生――今の拾蔵には、このスタイルが最も相応しい。


(もう学校ん中で、女絡みのごたごたは御免やで)


 折角、幼馴染みのクソビッチ女とは綺麗さっぱり決別出来たのだ。もう不必要に異性と関わりたくない。

 そもそも、勃起不全者としての人生を歩んでゆくには、女という存在はただ障害にしかなり得ない。連中はきっと拾蔵をひたすら攻撃し、傷つけ、容赦無く叩きのめそうとしてくるに違いない。

 例外はただひとり、琴音だけだ。

 だから本当に、今の学生生活内では同校の女子生徒らと関わり合いを持ちたくは無かった。

 拾蔵のそんな切なる願いは、しかし、三日後にはものの見事に裏切られることとなる。

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