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14.玖瑠美割り拾蔵、襲名

 その後も拾蔵は、玖瑠美がべったり張り付いたままの状況にひとり内心で苛々し続けていた。

 これは一体、何の罰ゲームなのだ――拾蔵は、玖瑠美に左の袖口を摘ままれたまま、凄まじく渋い表情で放課後の正門へと足を向けた。

 あちこちから、驚きと羨望の眼差しが飛んでくる。玖瑠美はクラスで一番どころか、恐らく学内でもトップ3に入る程の美貌で知られている。そんな女子に手を繋ぐところまではいかなくとも、袖口を掴まれているという場面を他者に見られれば、こういう状況も別段おかしくはないだろう。

 が、問題は玖瑠美に袖を掴まれているのが拾蔵だという点だった。


(男なんて、他に何ぼでもおるやろうが……何でよりによって俺やねん)


 必死に撃発しそうになる怒りを抑えていた拾蔵だが、更に彼の神経を逆なでしそうな輩が現れた。

 つい先程――拾蔵が玖瑠美を理科室に連れ込む直前、彼女を呼び出していったクラスの男子だった。

 藪中晃司(やぶなかこうじ)という、バスケットボール部でレギュラーを張るイケメンだ。彼はふたりのクラスメイト男子と連れ立って歩いていた。

 この時、晃司の視線は一瞬だけ拾蔵の面を捉えたが、すぐに玖瑠美の美貌へと転じられた。


「え……どういうことだよ、白坂。オマエ何で、笠貫なんかとつるんでんだよ」


 明らかに怒気を発している晃司。

 しかし拾蔵は、それはこっちの台詞や、などと内心で吐き捨てていた。拾蔵も好きこのんで玖瑠美と一緒に歩いている訳ではない。出来れば速攻で突き放したい。だが今は、それが出来ない。

 そんな事情も知らない癖に、まるでこの場は己の独壇場だとばかりに詰め寄ってくる晃司に対しても、腹の底から怒りが沸いてきた。


「オマエ、俺と付き合うつもりで保留にしたんじゃなかったのかよ……なのに何で、笠貫なんかと一緒に居るんだよ。説明しろよ」

「えと、その……あ、あたしは」


 口ごもる玖瑠美。

 その時だった。

 学生鞄を小脇に抱えている拾蔵の右掌の中で、ばきばきと何かが砕ける音が響いた。

 胡桃の殻だった。

 実は拾蔵、先程から今にも爆発しそうになる怒りを懸命に堪える為に、いつも握力の鍛錬の為に砕き潰している胡桃を今日はかなり早い段階から握り、掌の中でごろごろと転がしていた。

 しかしもうそろそろ、我慢の限界に近い。拾蔵はもう人目も憚らず、ふたつの胡桃の殻をその場で握り割ってしまった。

 その光景に、晃司がぎょっと青ざめてドン引きしている。


「おい、それ……もしかして胡桃の殻を、素手で割りやがったのか……?」

「マ? いや、玖瑠美だけに胡桃を割ったってか? ははは、悪い冗談だよな、おい……」


 晃司と連れ立って歩いていたクラスメイト男子ふたりも、同じく青ざめて乾いた笑いを漏らした。

 そして玖瑠美に怒りを向けていた筈の晃司に至っては、今にも血管がブチ切れそうになっている拾蔵の形相に尻込みしている様子だった。


「藪中、悪いな……俺な……急いどんねん。白坂さんに用あるんなら、さっさと済ませてくれるか……俺もな……そんな気ぃ長ないしな……」

「あ……あ、いや……良い……何でも、無い……わりぃな、笠貫、邪魔、しちまった……」


 この時、晃司の視線は粉々に砕けた胡桃の殻と、パンパンに膨れ上がった上着右腕の袖口に注がれていた。

 高校男子の制服は結構厚手な素材の筈なのだが、それが筋肉の膨張でここまで張り詰められるというのは尋常ではない。

 その異常な光景を受けて晃司のみならず、ふたりの男子も引きつった表情で、そそくさと去っていった。

 一方、玖瑠美はというと、拾蔵が素手で砕き割った胡桃の殻の残骸を、きょとんとした顔でじぃっと見つめていた。


「これ……笠貫君が、割ったの?」

「おっと、廊下にゴミばら撒いたらあかんな……」


 何とか平静を保ちつつ、拾蔵はしゃがみ込んで廊下に散らばった胡桃の殻を拾い集めようとした。するとどういう訳か玖瑠美も一緒になってその場にしゃがみ、手早く胡桃の殻を拾い集めた。


「あはっ、何だかおかしいね。玖瑠美(くるみ)胡桃(クルミ)を拾う、なんて……」


 先程までの沈んだ表情から比べれば、幾らか元気を取り戻した様子の玖瑠美。まさか陽キャなギャル美少女の口から、こんな親父ギャグが飛び出してくるとは、想像も出来なかった。


「白坂さん、あんた……ベタやなぁ」

「え? ちょっと、何よそれ! あたしのギャグセンスが酷いってこと?」


 酷いなんてものではない。笑いを取りたければ、もっと勉強しろといいたかった。


「っていうか、笠貫君、凄いね……胡桃の殻なんて普通、素手で割ったり出来ないよ?」

「ほんなら俺は、普通やないってことなんやろ」


 拾蔵は通学鞄からレジ袋を取り出し、その中に胡桃の殻を放り込んだ。玖瑠美が拾い集めた分も、同じくその中へと回収する。

 立ち上がった玖瑠美はどこかぎこちない様子で、はにかんだ笑みを浮かべた。


「笠貫君って、何だかちょっと、面白いね……」


 この瞬間、拾蔵は更にイラァっときた。

 その笑顔で今まで色んなオトコを落としてきたのだろうが、このビューティースマイルも拾蔵の前では、憤激の炎に油を注ぐ追加燃料に過ぎない。

 そして後で知ったことだが、先程の胡桃破壊の場面は他の生徒にも目撃されていたらしく、その噂があっという間に広がっていた様だ。

 翌日には胡桃割り人形ならぬ、玖瑠美割り拾蔵などという変な仇名が飛び交っていたのだが、どうやら玖瑠美の心を砕いて開かせ、モノにしたオトコ、という意味合いが含まれているらしい。

 怒りを抑える為に取った行動が、更に事態をややこしくした格好だった。

 これはもう完全に、拾蔵自身の落ち度だろう。

 それは兎も角、この日の拾蔵はK大学附属高校の最寄り駅まで玖瑠美に付き纏われた。彼女は自宅がふたつ隣の駅らしく、ここで漸く解放された。


「それじゃあ笠貫君、今夜、待ってるね」


 妙に顔を赤らめて手を振りながら、改札口の向こうへと消えてゆく玖瑠美。

 結局、ここまでの道程は何だったのか。

 この時点ではよく分からなかった拾蔵だが、要は一緒に帰りたかっただけなのかも知れない。

 しかし何が彼女にそうさせたのかは、拾蔵にも今ひとつ理解が及ばなかった。

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