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12.聴取の時間

 この日の拾蔵は放課後になってもまだ帰宅せず、校内に居座っていた。

 六時間目終了後、玖瑠美をそれとなく目で追っていた拾蔵は、彼女が同じクラスのイケメン男子に呼ばれて教室を出て行く様子を眺めていた。


「玖瑠美、今週で六人目だね」


 それまで彼女とつるんでいた陽キャ女子が、どこか心配げな表情で教室を出て行くふたりの背中を見送っていた。

 その顔色に拾蔵は、ピンとくるものがあった。

 玖瑠美の友人達は例のSNS上に出回っているデマに、心を痛めているのではないだろうか。


(軽くジャブ打ってみるか)


 拾蔵は帰り支度を整えて通学鞄を抱えると、何気ない風を装いながら玖瑠美の友人達――秋山陽菜(あきやまひな)緑沢多佳子(みどりさわたかこ)の前でふと足を止めて声をかけた。


「なぁ、ちょっとエエか?」

「……え?」


 その瞬間、陽菜も多佳子も信じられないといった様子で目を見開いて、拾蔵の顔をじっと見つめた。

 否、彼女らだけではない。

 偶々教室内に残っていた何人かのクラスメイト達も、陽菜と多佳子に声をかけた拾蔵に対し、驚きの視線を投げかけている。

 しかし拾蔵はそれらの反応を全く無視して、玖瑠美が出ていった教室扉の方向をじっと見据えたまま、更に低い声を搾り出した。


「最近、変な噂が出回っとるやろ。自分ら、あれどない思う?」

「えっ……えっ、えっ……笠貫君、もしかして……玖瑠美のこと、気にかけてくれてるの?」


 驚きと困惑の中に、微妙な喜色を織り交ぜて多佳子が訊いた。

 拾蔵は相変わらずふたりとは視線を交えず、ただ声だけで応じた。


「本人の反応はどうなん?」

「あ、玖瑠美のこと? 玖瑠美があの変な噂を、どう思ってるかってことだよね?」


 そこまで細かくいわなければ分からないのかと、拾蔵は内心で盛大な舌打ちを漏らしながら、その通りだと首肯した。

 すると陽菜と多佳子は少しばかり迷った様子で互いに顔を見合わせていたが、それからしばらくして、思い切った様に声を励まして答えた。


「玖瑠美、全然気にしてない風を装ってるけど……でも実際はちょっと、凹んでるみたい」

「そうだよね……学校ではいっつも笑ってて、あんなの何とも思ってないよ~なんていいながら、時々あのアプリ開いてチェックしてたりするもんね……だからやっぱり、気にはしてるんだと思う」


 成程――拾蔵は僅かに頷いた。

 玖瑠美自身は少なからず、精神的に打撃を受けていると見て良い。

 ならば、助けてやるべきか。

 琴音の頼みでなければクラスの女子がどうなろうと知ったことではなかったが、ここまで来たなら乗り掛かった舟でもある。

 そしてこの瞬間、拾蔵は当初考えていた、玖瑠美との接触を極力避けようという方針を覆すことにした。

 周辺からの情報だけでは、どうにも決定打に欠ける。矢張り本人の口から直接聞き出さなければ、最後の1ピースを埋めることは出来ないだろう。

 相手が女子だというのが難点だが、もう四の五のいっていられない。

 腹を括った拾蔵は早速、頭の中で玖瑠美を救う為の方策を幾つか並べて脳内シミュレートを開始した。


「ね……良かったら教えてくんない? 一体どうやったら、玖瑠美、助けられるかな?」

「そんな難しいことやあらへん」


 脳内シミュレートに意識を集中させていた拾蔵は、ついうっかり、そんな応えを口にした。彼のハッキング技術を駆使すれば、あの穴だらけのSNSを攻略するなど朝飯前だ。

 しかし普通の高校生では、どうすることも出来ないものの筈だ。それなのに拾蔵は、解決は簡単だと口走ってしまったのである。


「笠貫君、出来るの? 本当に玖瑠美、助けてあげられる?」

「マ? それちょー期待なんですけど」


 ふたりの陽キャに喚き立てられ、拾蔵は鼻の頭に皺を寄せた。迂闊なことを口にしてしまったと胸の内で大いに反省している。

 が、覆水盆に返らずだ。ここは諦めて、適当に誤魔化すしか無い。


「ちょっと知り合いに、この手のことに詳しいひとがおってな……駄目元で話通してくるわ」


 その拾蔵の台詞に、陽菜と多佳子は本当に嬉しそうにきゃあきゃあと歓声をばら撒き始めた。


(五月蠅いっちゅうねん……自分らの為やないんやからな)


 なるべく悟られない様に、奥歯を噛み鳴らした拾蔵。

 だがそれにしても、何故この程度の探りを入れただけで、このふたりはこんなにも興奮しているのだろうか。それ程までに玖瑠美の窮地を心配していたのだろうか。

 正直よく分からなかったが、拾蔵は軽く礼だけ述べて教室を出て行こうとした。

 すると背後で、それまで遠巻きに事態を眺めていた他の女子らが陽菜と多佳子のもとへ駆け寄ってゆく足音が聞こえてきた。


「うわっ! やったじゃん! あの笠貫の方から声かけてくるなんて、これもしかしてワンチャンあり?」

「折角イケメンなのに、勿体無いなあって思ってたんだけど、ちゃんと喋ってくれるじゃん! 明日から、普通に声かけても良さげ?」


 そんな声が次々に連鎖している。

 何をそんな馬鹿馬鹿しいことで騒いでいるのか、拾蔵には全く理解出来なかった。


(お? もう帰ってきた?)


 廊下に出たところで、前方から玖瑠美と、そして彼女を呼び出したイケメン男子が帰ってくる。玖瑠美は幾分辛そうな表情だが、男子の方は微妙に苛々している雰囲気だった。

 拾蔵は別段、この微妙な空気から玖瑠美を助けてやろうと思った訳でも無かったのだが、SNS問題を玖瑠美自身がどの程度深刻に捉えているのかは、矢張り聞いておきたかった。


「あぁ丁度エエとこに。ちょっと顔貸してくれるか」


 その呼びかけに応じたのは、何故か男子の方だった。


「うわ……笠貫、おめぇ口利けたのかよ」

「いや、自分やないねん……俺が用あんのは、そっち」


 拾蔵は親指で玖瑠美を指す仕草を見せた。

 すると、それまで重い表情だった玖瑠美の美貌に、驚きと同時に喜色が灯った。しかしその可愛らしい顔立ちはすぐに、不安の色へと変わる。

 何か嫌な予感でも覚えたのだろうか。

 が、拾蔵はお構いなしに玖瑠美を連れて、誰も居ない理科室へと足を運んだ。

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