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天然な恋敵

***


 寮の部屋から追い出されたテオは別棟にある、本来行くはずだった理事長室へと向かっていた。蔦が巻きついた古いレンガ造りの建物に足を踏み入れる。建物内はしん、と静まり返っていて人の気配が無い。授業中なので当たり前といえば当たり前なのだが、そうするとリエナが自室にいたことが気になってくる。具合が悪そうな様子はなかった。となると、あの顔に理由があるのだろう。思わず茶化してしまったが、間違えたな、とテオはため息をついた。ここは心配して“点数”を稼いでおくべきだった、と後悔しても後の祭りだ。まぁ、これから頑張ればいいか、などと軽く考えて理事長室に向かって歩き出した。


 誰も居ない廊下はテオの足音が反響するのみで、昼間なのに薄暗く、いかにもな雰囲気が漂っていた。元々はこの地を治めていた地方貴族の城を改装したもので、窓に鉄格子が掛けられている場所があったり、幽霊が出るという噂があったりする。その手の話題は伝統ある学校には付き物で、むしろそれを誇らしげに話す生徒も多かった。建物の中も外観の印象と違わず古臭かったが、隅々まで綺麗に掃除されていて、規律正しいエールマー校の校風を感じさせた。


「久し振りの再会だってのに冷たいよなぁー」


 テオはリエナの素っ気ない態度を思い出し、唇を尖らせた。もう少しくらい喜んでくれるかもしれないとほんの少し期待していたが、さすがはリエナ、見事に淡い期待を裏切ってくれた。


 そんな一筋縄じゃいかないところも好きなんだけど。



 四年前、リエナはフィリーネと共に突然辺境のど田舎にある寄宿学校へ行ってしまった。フィリーネが然るべき教育を受けるために寄宿学校へ行くことは、幼い頃から決まっていたので、もうそんな時期なのか、と思う程度だった。当時のテオはまだ九歳で、遊び相手兼母親のような存在のフィリーネが居なくなることは寂しかったが、これも高貴なる血に生まれた運命、と心の中で割り切っていた。


 しかし、フィリーネについてリエナまで寄宿学校に行ってしまうとは思わなかった。まさに寝耳に水だ。これからはフィリーネ抜きでリエナと二人で過ごせると、期待していたテオは酷く落胆した。


 親から情報を聞き付け、連絡を取ろうとした時には既に遅く、リエナはフィリーネと共に手が届かないほど遠くに去って行ってしまっていた。さすがにへこんだテオは自暴自棄になりかけた。気もない女の子にちょっかいを出してみてはリエナの姿がちらついて距離をおくなど、やりたい放題だった。考えていれば、自分の性格が歪み始めたのもあのくらいからだったなぁ、と今更になってしみじみと思い返す。


 リエナの居ない生活を続けていればいつかは忘れていくだろうと思っていた。しかしリエナとの思い出はどんどん色鮮やかなものになっていき、近くに居るときよりも一層恋しさが募った。


 もう負けだと思った。負けで良いと思った。それほどに思い知った。リエナが欲しいと。


 テオは心を改めると、リエナが帰ってくるのを待とうと思った。しかしそこからが長かった。基本、寄宿学校に入った生徒は身内以外の面会は許されない。年に一回ある帰省も、フィリーネが帰ってくるとなればライヘンベルガー家あげてのお祭り騒ぎで、連日パーティーが催されていた。次期当主であるテオも社交に追われ、やっと終わったころには帰省も終わってリエナとフィリーネは寄宿学校へと戻っていた。


 帰省する度にフィリーネは各界の著名人を紹介され、寄宿学校にいいお相手は居ないのかと両親に詰め寄られ、困ったような顔で笑っていた。


 そんなフィリーネを見て、立場が違えどリエナも資産家の娘、そういう話があってもおかしくないのだと初めて気が付いた。自分の目の届かない所でどんどん美しくなっていくリエナを想像しては、引き裂かれそうな思いを募らせていった。すぐに会いたい、そう思うのに自分はまだ幼く、無力で、何も出来ないという想いだけがどんどん大きくなっていった。


 そんな生活を続けて早四年。テオにようやく転機が訪れた。寄宿学校へと入学出来る年齢になったのだ。


 しかしテオの両親は学校への入学に反対した。いくら名門のエールマー校といっても、所詮はど田舎辺境の地にある修道院のような規律が厳しい学校。伝統ある、と言えば聞こえはいいが、古臭いと言ってしまえばそれまでだ。


 テオの両親は侯爵家を背負って立つテオには王都の洗練された環境での教育と社交界での交流を求めていた。これからが大事な時期なのに、田舎に引きこもるなんてとんでもない、と母に泣かれた日には人生初の目眩がした。


 それでもテオは諦めず、王都の学校で優秀な成績を収め、フィリーネの卒業と共に帰ってくることを条件になんとか両親の承諾を得た。


 王都の学校で優秀な成績を収めることくらい造作もないと甘くみていたテオだったが、国一番の集団を目の前に苦戦し、結局この時期までかかってしまった。


 自分の力の無さを実感し、それでもようやく成し遂げ、リエナに会える喜びに胸躍らせて来たというのに。


「なんとも思ってません、って感じが伝わってきて傷つくなぁ」


 こんなにも会いたいと思っていたのは自分だけなのだと、はっきり自覚してしまい気分が下がる。


「まぁこれから落とすからいいけど」



 片想い歴も人生の半分を越す期間になってくると、並大抵のことでは折れなくなってくる。拗らせているのは重々承知だが、こんなことで諦めていたら欲しいものなんて手に入らない。初めて会ったあの日から、この先もずっとリエナと一緒に居たいと思った。その想いは今でも色褪せない。


 そのためならどんな努力も厭わない。例え全てを捨てることになったとしてもリエナだけは譲る気は、ない。


「えーと、理事長室は……」


 キョロキョロと辺りを見回すと広い廊下の突き当たりに一際目立つ大きな扉があった。元は領主の部屋なのだろう。他の部屋とは違い、ドアノブさえも洗練されたデザインをしていた。テオはノックをし、重たいドアを開ける。


「失礼します」


 中には物は良さそうだが随分年季の入ったソファに座った年配の女性と、向かい側に色白で今にも消えてしまいそうな儚さを纏った美しい青年が座っていた。窓にかかった薄いレースのカーテンから差し込む光に目を細めながら青年はテオを見た。


「今日からお世話になります、テオ・ライヘンベルガーです」


 帽子を手に取り、姿勢を低くしてかしこまった挨拶をする。貴族の長子である立場上、本来ならここまで礼儀を尽くす必要は無いが、リエナと少しでも関わりがある人物である以上、好印象を与えておくに越したことはない。今後使えるかもしれないものをみすみす逃すのは賢くない。王都で学んだ社交がこんなところで役に立つとは思わなかった。


 年配の女性は慌てて立ち上がると、腰を深く折り曲げ頭を下げた。


「テオ様、ようこそお越しくださいました。わたくしがエールマー校の理事長を務めておりますエヴァンナです」

「お会いできて光栄です」


 形式張った挨拶を済ませると、何も喋らずテオを見ていた青年が合点がいったような顔で口を開いた。


「ライヘンベルガーと言うと、フィリーネの……?」


 軽々しく身内を呼び捨てにされ、思わず眉間にシワが寄った。前髪で隠れて見えないだろうが、外面の良さは自覚しているテオにとって不覚だった。それに、挨拶もせずにやけに失礼な奴だと思い、テオは嫌味なくらいの笑顔を向けた。


「はい、フィリーネは僕の姉です。ええと……」


 わざとらしいくらいの間を空けて挨拶を促す。ここでようやく気付いたらし青年は、あ、という顔をした後、軽く腰を折った。ここまでしなければ挨拶もまともに出来ないなんてどこの田舎貴族の出身なのだろうか、とテオは呆れた。


「申し遅れました。カルヴィン・アルヴァレズです」


 差し出された右手に銀製の美しい細工の施された細い指輪を見つけ納得がいく。


 カルヴィン・アルヴァレズ。王弟の公爵家長子にして王位継承第五位の王族だ。生まれつき身体が弱く、社交界でも殆ど見たものはいないと言う噂だが、こんな田舎に居たのなら当然の話だ。


「すまない。王都を離れて長くてね、正式な挨拶を失念してしまっていた」


 素直に頭を下げられ困惑する。失礼があったとはいえ、王弟の息子。そんな相手に頭を下げさせてはテオの名が落ちる。


「カルヴィン様、どうか顔をお上げください」


 慌てて頭を上げさせると、安堵したような顔のカルヴィンと目が合った。穏やかそうな瞳はフィリーネとそっくりで、どこかズレている雰囲気も似ていた。そして、王族がこんな辺境の田舎に送られた理由も分かったような気がした。この青年は、王都では確実に食い物にされてしまうだろう。そんな光景をテオは何度も目撃してきた。気を抜けば足を掬われる歪んだ世界で生き残るために必死だった。しかし、あの過酷な日々も今後の人生に役に立つだろう。リエナとの未来のための時間だったと思えばどうということはないと思えた。

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