二十の提案
黒い狼が迫ってくる。
顔をにやりとさせ、影の涎を垂らす。
「はんにゃーはーらーみったーしゅー」
牙をガチリガチリと鳴らして唸り声を上げる。
『grrrrrr...』
「即説呪日羯諦羯諦」
ついに駆け出し、顎を開いて更に迫る。
「はーらーぎゃーてい、はらそーぎゃーてい…なーお姉、これなんて読むっけ?」
狼が目の前まできたかと思うと、横合いから金槌を持った女が飛び込んで狼の顎を穿った。
『我が名は二十!我が槌うんやらかんやらー!』
「菩提薩婆訶般若心経!」
「うわあああああああ!!!!!!」
………………
麗夜は恐ろしいほどの情報に飛び起きた。
全身が変な汗でびっしょりとしている。
「夢か…」
最近見る夢は悪夢であったが、今日の悪夢はベクトルが違う、熱の時見るタイプのやつだ。
体が怠いが布団が汗で気持ち悪いので、
「なんで布団?」
驚いて辺りを見渡すと、まず広い畳、和室のようだ。
それに加えてなぜか布団の近くに随分アンティークな燭台がある。
一番気になるのは、私の右側で硬直している謎の少女二人だ。
「あの、誰?君たち」
「きゃあああああ!!」
片方が座ったまま後ずさってドタドタと部屋の外へ逃げ出した。
もう片方は何を考えているかわからない目でこちらを見ている。
「あの、お嬢ちゃん?」
「なんだぁがきんちょ!急に叫んでぇ!」
まだ夢を見ているのだろうか、自分より遥かに小さいむにゅむにゅした声の子供にがきんちょと言われた。
唖然とさせられたが立て直す。
「あぁうんごめんね、ここどこ?」
「お嬢ちゃんじゃねぇ!おぼっちゃんだ!」
ワンテンポ遅いなこの子。
幼い子供特有の会話ペースかつ寝起きで考えるのが面倒になってきた。
「………うん。」
「ここは二十てんちょーの死後屋だ。」
再び眠気がかっていた頭がパッと起きる。
「はたてんちょー、はた、しごや…」
どこかで聞いたような言葉の羅列を聞き、ハッキリと三叉路での出来事を思い出す。
「そうだ…!私化け物に襲われて、妙な人に助けられてそれで…」
微妙なところで記憶が途切れる。
目頭をぎゅうっと押して自発的に頭を起こそうとするが、どうしても記憶が朧げである。
気にかけたのか少年が話す。
「ドタマ痛ぇの?撃たれた?」
「いや…大丈夫だけど…」
奇妙な空気感に困っていた所、開いたふすまのからドタドタという足音がやってくる。
「ごめんなさいお客さん!」
先ほどの少女が部屋の前で急ブレーキをかけてそのままの勢いで頭を下げる。
「ちょ、落ち着いて!何が何だか分かってないの。」
「そうじゃぞ柘榴、こちらが混乱してもわけわからんじゃろ?」
軽妙な口調で語りかける、夢にも出てきた声に気づく。
「のう、蕗市麗夜よ。」
「…えぇ、まぁ。」
麗夜は蘇る記憶に苦笑いして返した。
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その後酷い汗だったのでタオルと着替え(なぜか自分の服と全く同じ)を渡され、服を替えた後に会議室のような部屋に通された。
社長席のような場所に、例の「ハタ」が座っていた。
「座っていいぞ?」
「え?あ、はい。」
まるで面接のような場所に置かれた椅子に座る。
座って一拍置いたのち、ハタが話し始める。
「では改めて、死後屋支店長、二十だ。二十歳の二十だ。二十歳じゃないがの。」
「…蕗市麗夜です。えっと…なんで私ここに?」
一番の疑問を投げかけた、他に気になるワードがあるが、とりあえず自分がどうしてここにいるのかが気になった。
「拉致った。」
「拉致った…?」
驚きのあまり言葉を反復した。
間違いない拉致ったと言った、やはり危険な人間だ。
じゃあどうなったらこの状況になるのか。
疲れ切った麗夜の頭は着替えの時点で情報を処理する方に切り替わっていた。
「いや、何でですか?」
「お主には死後屋の素質があるからな。」
「…しごやの素質?」
話がてんでわからない。
まずしごやとはなんだ。
至極屋、極道の上位互換か何かか。
「死後屋、というのはいわゆる霊能力者の集団でな。古今東西津々浦々の化け物を退治する、除霊師だとかエクソシストとか言った方がわかりやすいんかの。」
「宗教じゃあ、ないですよね。」
「遠くもないが、お主の言うものではない。」
1日前の自分であれば信じなかっただろうが、生憎その化け物にあって目の前の人間に助けられたところだ。
ふと、二十の言葉に疑問が起こる。
「待ってください、私にその、超能力が」
「霊能力」
「…霊能力があるんですか?」
「あぁ。」
初めて聞いたぞ、生まれてこの方一般人として生活していた上、霊感などサラサラ感じたことがない。
「霊能力がある人間の周りでは、それぞれの時期で妙なことが多発する。周りの人間が変になったり、ペットや植物が死んだり、挙げ句本人が神隠しにあったり。心当たりがあるじゃろう。」
麗夜は沈黙し、うつむく。
「わしがお主の名を知っていたのは、ここ近辺で増えた異界の反応、神隠しの元凶を探して、確保するために色々調べとったからだ。」
元凶、という言葉を聞き胸がガツンと打たれる。
父は元々それなりに奇特であったが、イチ丸という彼女の愛犬がつい一週間前に死んだ。
二十は暗い顔を見て、ゴホンと咳払いをした。
「言っておくが、これはお主のせいではない。悪いがワシらのせいでもな、天災の類いだ。」
「そう、ですか。」
納得はできないが、言葉を飲み込んだ。
「…そろそろ本題に入ろう。」
二十はゆっくりと立ち上がり、麗夜を見据える。
「蕗市麗夜よ。お主に一つ提案がある。」
「…なんでしょう。」
顔を上げて二十と目が合う。
軽妙な口調と合わない真っ直ぐとした目であった。
「お主にはしばらく災難が続く、また異界に巻き込まれるやもしれん、そこでだ。」
「死後屋ヘ来い。私が、己を守る術を教える。」