序章
麗夜は腰を抜かしていた。
一般人には無理もない。
目の前に化け物が迫り、あわや殺されると思った所で、距離数mから跳躍して叩きのめした化け物がいるのだ。
「いやぁ災難じゃったなぁ、まぁ私にとっては手間が省けたと言えるがな。」
二十と名乗った女はケタケタと笑いこちらを見ている。
目線を返すが、苦笑いばかりで言葉もでない。
「まぁこんなところで話すのもなんじゃし、ちょいとついて来て貰おう。」
「……はい」
流されるように、差し出された手を握る。
「じゃあ、戻ろうか。」
暖かく、優しく、それでいて堅い手のひらだった。
私が立ち上がると、手を握るまま歩き出す。
「あぁ、離さんでくれよ?何が起こるかわからんからな。」
しばらく歩いている間、麗夜はこの世界を観察していた。
何度も見た道路、塀、家、何もかも『見覚えのある』ような景色だった。
決して確信の持てない、デジャヴのような気持ちの悪い感覚だ。
「…何が違うんだ…?」
「何も違わんよ。強いて言うならば化け物がおるくらいじゃ。」
ぼそりとした呟きに、適当に返された。
多すぎる疑問に麗夜は少々気が立っていた。
「どういうことです?そもそも説明もまだ全然聞いてないんですけど、どこ行くんですか。」
「まずは出口じゃな、話はそれから、な?」
飄々とかわされ、尚更眉間にシワが寄る。
「あーほらそこじゃ。着いたぞ」
赤い頭から先に目を向けると、私がこけた自転車があった。
「えーっと、どこやったかな…」
女は死装束の襟や袖、に手を突っ込み、妙な紙をばら撒き始める。
「…」
「おぉう更に怪訝な目で見られとる…と、あったあった。」
取り出したのはこれまた妙な紋様で長方形の…
「…お札ですか?」
「あぁ、よぉ見とれ。」
そう言われ札をじーっと見ていると、黄色の紋様が淡く光り、いやまばゆく光り始めた。
眼をつぶる間も無く、視界は真っ白になり、耳の奥からキーンと聞こえたところで
「………」
麗夜は気を失った。
二十はなんとも言わず麗夜を担ぎ上げると、札に手を翳す。
すると逆再生の動画のように札が手元に戻って行った。
回収し終えると、静かにいた普通の黒い犬に話しかける。
「ワンコロ、姿が戻っていたのだな。主人に近づいたからか。」
二十は集めた札からもう一枚取り出し、今度はそれを何もない空中に貼り付ける。
札は大きく広がるとふすまのように開いて、どこか違う住宅街を見せる。
「依頼完了じゃ。主人はもらっていく。あぁそれと、またお主に力を借りるやもしれん。ではな。」
黒い犬、蕗市家のペットである一丸は了承するように低く鳴いた。
二十は軽く手を振り、一足出してふすまを越えた。
辺りからは烏の鳴く声と排気音が聞こえる。
帯から携帯電話を出して、番号を打つと、ワンコールで幼い男女の声が聞こえる。
『てんちょー?お疲れかー?』『お仕事終わりですか?』
「あぁ、支道を呼んでくれんか。車を出して欲しい。」
『『了解』〜』
「ありがとうな。切るぞ。」
そのまま電源を落とし、ずっと彼女の肩で眠りこける者を器用に横抱きに変える。
「さてと、きっちり育ててやらんとな。」
二十は軽く頬を撫で、静かに呟く。
「…お主は未来の要なんだぜ?」
序章:三叉路編完。
次回から活動報告に登場人物のプロフィールや、作中の説明のまとめなどをかけたら良いのですが、少々考え中です。