Alice in concrete
深く、深く、地の底で、私は何を見たのでしょう。
私を堕とした驕奢なウサギ?
愚かもわからぬ醜悪な狂人?
鏡をあざける馬鹿なネコ?
生にへつらう空虚な兵士?
たくさん従い、たくさん壊されました。
たくさん従え、たくさん壊しました。
気に入らないから、真っ赤に染めました。
気に入らないものばっかりでした。
でも──────────────
鈍い泡の音が身体に響く。
全身は生温く、気色の悪い熱を持った液体に包まれ、身動きをとろうにも泳げるほどに動かない。
コンクリートに飲み込まれた体はジタバタともがくだけで何も起こらない。
(まずっ………なんでっ……!?)
どうにかしようとポケットに探りを入れたところで、麗夜の体に大きな引力がかかる。
「んぶっ!?」
腹を中心にエビ反りにされて、ぐいぐいと引っ張られていく。
やがてその引力は浮遊感に変わり、麗夜の体はコンクリートから吐き出されるように飛び上がる。
「ぶはっ!??っっっ痛ぁ〜〜………!!」
泥のような液体から解放されたのを感じて、安心したのも束の間、硬い地面がドンと背中にぶつかる。
数秒痛みに悶えた所で、ふっと冷静になって息を吐いた。
右手を払って目を覆い、霊力を流していく。
解放した視界の端から空が赤黒く染まっていった。
「あぁーーーーー……やっぱり?」
さっき息と共に焦りを吐き出したことと、異常への準備ができていたこと、そしてもう騒げるほど本日分の正常のキャパシティは残っていなかったせいで、頭はひどく冷静だった。
体は早いうちにむくりと起き上がる。
火事や猛獣が目の前にいるわけではないし、抜け出す方法もあるのだから、焦る必要はないと、冷静で楽天的な頭が告げていた。
辺りを見渡し、変なものが無いと確認したところ、視界に一つ、通りの角から生える物体が映った。
ギョッとしてそちらに目線を固定すると、その物体も、いや人間も体を跳ねさせる。
「あっ、」
「………?」
それは少しの間を空けて角に引っ込んでいった。
なんとも思わず、脱出のための行動を再始動しかけて、
「………………………あっ!!?」
何故自分が驚いたのか思い出した。
ぐいっと体をひねり返すが、そこに影はない。
見間違いだと自身に言い聞かしたいが、いかんせん頭に残ってしまった。
小さい子だった。
肩を出すのは最近のトレンドなのか、少々季節の早いファッションの女の子だった。
困惑と恐怖に溢れた顔だった。
「……あぁもう!!」
見間違いと一言頭に打ち込む間に少女の見た目が鮮明に浮かんでいた。
一瞬でも馬鹿な選択肢を用意したことに苛立ちを覚えて、道路から逸れた脇道へと走っていく。
角を曲がったところで、下手くそに走る少女を見つけた。
「待って!」
「びやあああああああああ!!!!!!」
甲高い声を上げながら更にスピードを増していく。
「大丈夫!怪しい人じゃない!止まって!大丈夫止まるだけでいいから!ねぇ!」
「はぁっ!はぁっ!あーっ!あーっ!あーっ!」
話が通じそうにない。
言ってから文言に無理があると気づいた麗夜は、二十に追いかけられた時の文言を思い出して苦笑する。
記憶のまま片足を地へ振り下ろし、えぐって削るように踏み込む。
「おぉ出来た。っとわぁっ!!」
「っ!???」
麗夜の体は鋭い角度で飛び上がり、愕然とする少女の頭上を1mほどで越えて、ついでに地面を2mほど転がって不恰好な着地を決める。
「っあ…………」
「あー、いたーー……くない。」
「っひ…………!!?」
肩や背中に衝撃はあるものの、擦ったような痛みはない。
起き上がって体を払い、硬直する少女に話しかける。
「よし、とりあえず話を聞いてくれる?大丈夫怪しい人じゃないから。」
「どこがぁ……?…っ……うぁぁあぁ………」
まともな疑問を投げかけたのち、少女は脱力し恐怖を漏らし出すように泣き出した。
「あ、大丈夫!?ごめんねちょっとふざけすぎた、大丈夫ほんとに怖い人じゃないから!」
調子に乗るとろくなことが起きない。
罪悪感を感じさせる泣き声が住宅街に広がっている、異界でなければ通報されてもおかしくないが、通報よりもまずいことがありえるのが異界である。
不審者的行動への弁解はあちらに戻ってからするとしよう。
「ねぇ」
なんの気もないような子供の声が届いた。
ほんとうに、ただ呼びかけるような声が届いたので、ふっと振り返った。
振り返る途中にようやっと違和感を認識したが、行動を停止すると同時に、その違和感は別の信号として出力されていた。
「そこの女の子を探しに来たんだけど、あなたは誰かなぁ……?」
麗夜は絶句する。
振り返った先にいたのは、筒のような衣服に身を包んだ少年であった。
原因はそれでは無い。
少年の背後、あるいは頭上に、大きく長い影が見える。
端々からはオレンジの突起が出ており、長い影の端には一際大きいものがある。
もう一つ妙なのは、影に光沢があることだ。
その光沢が生き物のものであることに気づいたとき、麗夜は絶句した。
大百足。
まるで自分を蛇とでも言わんかのようにとぐろをまく、5mはあるであろう大百足がそびえたっていた。
「その女の子こっちに……ん?……いや、そっか。見ちゃったしね。」
少年の呟きが、麗夜の体に鳴り響く信号を増幅させる。
「二人ともしんじゃしましょうか。」
呟きの続きが静寂に響いた。




