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二十の教鞭

「ほい、今日の修行終了、今日は帰ってええぞい。」


二十は満面の笑みにピースを加えてそう言った。


「……えっと……」

「なんじゃ、質問があるなら受け付けるぞ?」


二十に運搬された先は剣道や薙刀の稽古場のような広い部屋であった。

そんな古風な場所で少々場違いに置かれた時計は現在14:26分辺りを指している。


「ほんとに終わりですか?」


麗夜は怪訝な顔をして問う。

なんということか、眠たく将来使う気のしない高校の授業の方は50分だが。

命に関わる実習は20分強であった。


「うむ、筋がええからな、40分は見ていたがかなり早いぞ?」


それでも高校の授業より早いじゃないか。


「身構えてた私がバカみたいじゃないですか!」

「じゃーからちょっとしたら返すといったじゃろ、そんな鬼にみえるか?」

「見えてましたよ帰っていいと言われる前までね!」


「心外じゃな…」と二十は口をとがらせながら袖をあさり、その顔のまま4枚の札を渡した。


「鬼じゃ無い仏のような私からのプレゼントだ、ありがたーくつつましーく受け取れ。」

「はぁ……ありがとうございます。」

「うむ、ちゃんと礼を言えるのはええことじゃな。」


今度は満足そうにして少し荒く私の頭を撫でる

こんな子供のように褒められたのはいつぶりだろうか。

頭が揺られるさなか、ほんの少し母を思い出せた。

父のように静かだったような気もすれば、二十(このひと)のように明るい人間だったような気もする。


「…どうかしたか?」

「い、いえ、なんでも、そうだ、この札なんですか?」


出自のわからない妙な思いから思考を変えた。

手元には赤、青、黄の異なった色と紋様で描かれている札と、一面が真っ黒の札がある。


「さっきの使うた術じゃ、赤が攻撃、青は足止め、黄色は異界の門、霊力を込めればすぐ使える。が、一回きりじゃからそれは覚えとれ。」


即席の対応手段と言ったところか。

しかし一つまだ説明をもらっていない。


「この黒いのは?」

「お主のワンコロに使う籠だ。会ってしもうたんじゃろう。自然消滅を待つつもりじゃったが…まぁええ。」


二十はさもなんともないように言う。


「待ってください、マズいんですか!?」

「んん〜……………いや、大した問題ではない。気にするな。それよか、ちょいとワンコロを貸せ。札もな。」


歯切れの悪さを訝しみつつも、二十が手を差し出すので、ポケットで丁寧に三つ折りされたラベルを取り出した。


「………………」


二十がとても渋い顔をしている。

やっぱりペットボトルのラベルに神秘的なそれを詰め込むのはおかしいのではないだろうか。


「…………大丈夫ですか?」

「うむ………うむ…………まぁ大丈夫……だが……」


とても大丈夫じゃない間だ。

老眼かのように目を薄めてラベルの紋様と黒札をチラチラと見比べている。

またしばらくだんまりとした後、ごちゃごちゃとしたラベルの紋様がスゥと消えた。


「良し、行けた、あー行ったぞ…。危うく変なもんが混ざるとこじゃった。」


とてもくたびれている。

見たことはないが、イライラ棒とかそういう類をクリアしたような反応だ。


「お疲れ様です…?」

「おう。…さて、今度こそ本当に帰ってええぞ。悪いが歩いて帰れるか?普段なら支道がおるんだが、今日は要件があってな。嫌ならローズに送ってもらえ。」

「大丈夫です。」


言葉に噛みついて遠慮した。

まだ2時半、歩いて帰ってもせいぜい4時より前だろう。

私の顔を見て察したのか、二十がくっくと笑う。


「そうか。ならまぁ気をつけて帰れ。わしは三度寝と洒落込むが、お主も体を休めるが懸命じゃ。それと」


「その犬も充分休ませることだ。」


そう言って二十は再び欠伸をかいた。





二十と別れた後少しだけ館内を探索したが、すぐに飽きて帰路に至った。

今は少し暑くなった日射しの中、記憶に薄い店が立ち並ぶ道を独り歩いている。

こうして誰とも話さず、ただ街を見ながら歩いていると、手を引かれるような感覚を覚える。

手は無意識に何かを握っており、わけもないがスマホは開かない。

体に憑いていた習慣が、イチマルのせいで濃くなったのだろうか。


(死んだんだよね……)


実感はない。

今は殊更にだ。

ふと気になったが、今のイチマルは死んでいるというのだろうか。

いつかの疑問だったのだ。

霊というのが実在するなら、それは死んでいるといえるのかという疑問だ。

実体はないのに考え、行動するならそれは生命なんじゃないか?

………………

考えたら一層わからなくなった。


グシッ…


止まった思考の隙間に、奇妙な音が飛び込んで来る。

何か薄く硬いものを潰したような音が……


「………ん゛っ」


足裏に何かがひっついている。

細長く黒い、そしてあからさまな暖色の触角のついた虫だ。

ギョッとして、地面に胴体らしい部分をねしりつけた。

剥がれて地面にぼとりと落ちる。


「……ムカデ……?」


私はそれから目が離せないでいた。

それはムカデだからでも、今まで見たものより大きいからでもない。


「……え?」


ムカデから溢れる赤黒い液体が、私の目を止めた。

尋常ではない量と色のそれはじゅくじゅくと泡立ち、みるみるうちに広がる。

わけもわからず、だが確実に逃げようと足を動かしたその時だった。

片足が動かない。

もっと言えば靴の裏。

そこから赤い歪な円がずずりと這い出る。

赤い円がつま先からかかとまで囲うと、麗夜の体の重心が傾いた。


(これっ……まさかっ………!!)


最悪なことに靴も脱げない。


「誰かっ!!!」


声を発そうとした時には遅かった。

私の体は硬かったはずの地面に飲み込まれ、助けを求める声は体内にのみ響いた。

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