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麗夜の奔走

存外酔いは少なかった。

三半規管が慣れたのだろうか、それとも前までが酷すぎたのだろうか、いまいち定かではない。

私とイチマルは今、先ほどの道路を挟む住宅の屋根にいる。

まだあの化け物は見当たらない。


「イチマル、このまま屋根を伝っていって」


今更だが、イチマルはどうしてか高度なコミュニケーションが出来るらしい。

私の声にも指示にも反応する。

犬であるのに足取りは猫のように淡々として静かだ。


「…あれは」


道路を見ると破壊痕がある、ということはもうすぐそこに公園がある。

ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。

化け物はどこかに移動したのだろうか、そんな希望的観測を込め、隣接した家屋の屋根から公園を覗き込んだ。


「…………あ」


軽率、いや、それを想定するにはいささか経験が足りない。

故に仕方のない出来事だ。

彼奴が出現したのはどこだったか、公園だ。

ならば、そこに戻っていてもおかしくはない。

その上で最悪な出来事が起きる。


「uuuuuuu…aaaaa!!!」

「最悪っ!!」


目が合った。

頭にある3つ窪みが歪む。

数分ぶりに見たその紫の巨体がずおっと動き出し、走り出す。

腕は使わずに左肩から家屋へとぶつかって、まるで地震のように私たちを揺らす。

まずいと思ったのかイチマルが道路へと降りた。


「uuuuuuu…」


ゆっくりと公園から右手を引きずるように出てきた。

イチマルは私を背中に乗せたまま公園から離れて、肉塊を道路へと誘き出している。

十数m離れた位置でイチマルは止まり、頭をふいと振って降りるように促す。

イチマルは唸ることもせず、今にも飛びかかるような胸を引く体制を取っている。

あの肉塊は赤子をヘドロに混ぜたような声でびたびたと走って向かってくる。


「ヴァウッ!!!!」


イチマルは鳴き声と共に前に跳躍し、迫ってくる肉塊の右肩にかぶりついた。

そのタイミングで麗夜も走り出し、なるべく道路の端を抜ける。


「───!!!!!」


古びた鐘のような叫び声が辺りに響き、ちょうど横にいた麗夜の方向に体を投げる。


「うあぁあぁあぁあ!!!!」


間一髪で避け、全速力で公園まで駆けていく。


「………着いた…!」


荒く肩で息をしながら、抉れた地面と辺りを見渡した。


「は?」


無い。

上から見た時、あの時は一瞬だったから見えなかったのだと思った。

だが無い。

抉れた地面はあれど、ローズの死体も血も何もかも。

…喰われた?

それにしては血すらないのはおかしい。

あの勢いだ、もしかしたら撥ねられたようにして屋根の上に、私達はその屋根で来たんだぞ。


「何で?」


疑問と仮説が浮かんでは消える中、化け物の叫び声と何かの崩れる音が聞こえた。


「ugiiiiiaaaaaaa!!!!!」


化け物が雄叫びのように叫ぶ。

違う、さっきの声は。

最悪が情景として浮かんだ。


「…………………」

「aaaaaa!!!uu!!!」


化け物はその袋のような腕から黒い液体を撒き散らして、地に伏せたイチマルに叩きつけていた。


「イチマル!!!!」


頭が真っ白になった。

イチマルは鳴くこともせず、あの巨大な肉塊に叩き潰され、静かなこの世界にぐちゃりという音を響かせる。

どうすればいい?


「あ……うっ……」


肺が押しつぶされるように空気が吐き出される。

毛穴が開いて、瞳孔も開いて、全身が激しくそれを拒絶したがっている。

イチマルが死ぬ、また酷く痛ましく、車に撥ねられるより痛ましく、私の近くで死ぬ。

そりゃ生きてたら死ぬよ。

でもこれはない。

子供の頃から一緒にいてたんだ。

ある日、車に轢かれて、死んだ。

それは、もう、仕方がない。

煮え切らないけど仕方がない。

それで死んでから、霊になってもあたしを助けて。

その仕打ちがこれだって?


「イチマル…」


そんなもの


「を……!」


仕方がないで済ましていいか?


「奪うなぁぁぁ!!!!!!!」


麗夜の体は、たったの一足だけで大きく高く跳躍する。

屋根より高く、さっきよりも長い距離を。

そして肉塊を見据えながら想像する。


(手に穴を、私の掌に火山があるように。)


麗夜の右手から赤く薄い光が漏れ出す。


(それは、溢れ出る。)


何かの栓が抜けたようにその薄い光は煌めく光の奔流となって、麗夜の右腕を包み込む。

その源泉を握りしめて、肉塊へ落下する。


「a?buuaaaa!?」


膨大な霊力に気づいた怪物は、顔の窪みから体液を散らして逃げ出す。


「逃げんな!!!!!」


麗夜が腹の底から叫ぶと、大気に衝撃が走って逃げる怪物の体を制する。


「るぁああああああ!!!!!!」


その拳は肉塊の芯を捉えて、その巨体を地に潰した。

ドォッ…と重くコンクリートが割れ、粉塵が舞う。


「はぁ……はぁ……はぁ……んっ…!」


肉塊から手を抜いた、震えている。

手だけではない、足も顎も視界もだ。

そんなことはどうでもいいと言うように肉塊から飛び降りてイチマルに駆け寄る


「…イチマル、イチマル……!!まだ、生きてる…!?」

「…ゥゥ」


死んだイチマルに言うのもおかしな話だが、それ以外に形容できない。

地に伏せるイチマルは、ほんの小さく唸る。


「…良かった、良かった……!」


心底安心してイチマルに抱きつく。

しかし、


「ヴァウ!!!」


潰れたような声でイチマルが吠える。

ふと後ろを見ると、紫の肉塊が再び立ち上がっていた。

麗夜の拳のあとがしっかりと残り、ヘドロのような液体が体から漏れ出ている。


(なんで…倒せてない?それはそうだ、イチマルが倒せなかったんだ、ローズが殺されたんだ、アイツは)


(化け物なんだ。)


「gigugaaaaaaaaa!!!!!!!」


言葉が通じなくとも感情が伝わる。

私に殺意を向けている。

座り込んだ麗夜にその巨腕を振り上げる。


(イチマルが動けない、抱えて逃げるのも無理、反撃も絶対間に合わない。そもそもまた跳べるのか?)

「ふわふわ。」


その巨腕が振り下ろされる。


(もう、間に合わない)

「ふかふか。」


……………………


「は?」


いつまで経っても衝撃が来ない。

気づかない内に死んだ、というわけでもない。

土下座のような姿勢から、恐る恐る上を向く。

そこには、振り下ろしている途中で、唸りながらピタリと静止する肉塊があった。

よく見れば、腕や体の所々に白い毛玉のようなものがついている。


「まぁ、総評81点と言った所ね。コイツから逃げ延びて、また私の死体を探したとこで+90点。その犬に危機一髪助けられたとこで-30点、殴りかかったので+20点。あとの一点はレクチャーのおまけよ。」


小石が落ちるような軽い音で着地し、凛とした声で話す。

その人はフリルがあしらわれたゴスロリを着て、淡い紫の髪をたなびかせながら、ロングブーツのカツカツという音で歩く。


「な………………」


都会のオシャレタウンでもないこの場所でそんな衣装をする人なんてそうそういない。


「じゃあ、貴方はお役御免だから」


目の前で死んだはずのレイサーファ・ローズナイトがそこにいた。


「伏せろ。」


ローズが呟くと、肉塊はプレス機に押されるかのようにぐにんと潰れる。


「ほら」

「あ、ありがとう、ございます」


麗夜の手を取るのとついでに、片腕でイチマルを引き上げて、背負った。


「ふわふわともいえない不思議な感触、いいわね。」

「は、あ…?」

「じゃあ後輩に良いとこ見せたいから、ちょっと後ろにいなさい。」


何もわからないまま言葉通りに動く。


「じゃあ、見てて。」


ローズがバッと手を上げると、空中に青く細い光と、さっきの白い毛玉が大量に出現する。


「ふかふか。」


そう言って腕を振ると、青い光は一斉に肉塊へ指針を向け、流星となって集約する。

その瞬間肉塊は地面ごと爆散し、辺りは轟音と強風に包まれた。


「……………………」

「………ふっ。」


ローズは上半身だけ振り向いて、こちらの反応を待つような顔をする。

もちろん麗夜は口を開いて放心していた。


「…いい反応ね、拍手があったらもっと良いわ。」


そう柔らかく笑うローズの姿は、どこまでも儚げで、しかしながら頼もしい姉のようであった。

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