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8) 『三つの願い』


「ルーチャの用心棒が、グリッチ技を使ってる……?」

「ああそうだ。俺たちだって日々鍛錬してるから、そうはやられないはずなんだが、あの技は絶対におかしい!」


 ムキになってそう主張する安生、もっと詳しくと要求するヒロトに対して話した内容とはこうだ。

 ルーチャの用心棒はソゴロフと言うプレイヤーで、職業は【剣士】を選択しているとの事。片手剣と盾を装備してやがて騎士職までクラスチェンジして行く基本の戦士職ではなく、両手剣を装備してほとんど防具を付けない剣士は、剣のスペシャリストとして剣聖にクラスチェンジする職業である。ただ、剣の達人と言っても初期はやはりスキルに乏しく、かなりの戦闘経験を経てスキルポイントを稼がなければならず、やすやすと成功する職業ではない。

 初期の剣士に与えられる戦闘時のスキルはたった二つ。相手にクリティカルダメージを与えられるが、命中率が極端に低い「袈裟(けさ)斬り」と、ダメージ自体は低いのだが、通常攻撃の0.75倍のダメージを二度入れられる「連撃」と言うスキル技だ。どちらも戦闘時にスキルチャージを行う必要があり、クールダウンの時間もある事から、そうそう簡単に連続で繰り出せるものではない。


「……だがな、そのソゴロフって奴は、袈裟斬り級のダメージを連撃で出して来るんだよ。それもスキルのクールダウンを無視したかのような連射でな」

「お、親分さん……あの、それってチートって言われるやつじゃ?」

「お嬢さん、そりゃあ違うぜ。俺たちも頭に来て、運営にチートツール使ってる奴がいるって通報したんだよ。だが運営からの回答は調査の結果、不正プログラムは無かったってよ」

「まさか安生さんが運営にチクるとは」

「笑うんじゃねえよヒロト、こっちだってルールに則った上で任侠者を気取ってんだ。外道に堕ちた覚えは無え」


 グリッチとは、ゲームプログラムのバグを利用してゲーム進行を有利に導く行為の事を言う。不正な外部プログラムを入力するハッキング行為、つまりBAN対象の【チート】行為とは違って、あくまでもゲームプログラムのバグを利用する事から、不正が発覚して民事罰や刑事罰に問われるケースは少ない。ゲーム開発側・運営側がバグの存在を確認して改善すれば、グリッチ技もやがて使えなくなる程度のものなのだ。ちなみに、ウォールハックなどの不正プログラム挿入によるチート行為ではなく、膨大なゲームプログラムの中に潜むバグ……これをプログラム製作業界ではグレムリンと呼んだ事から、バグを悪用する者は『グリッチ使い』と呼ばれるようになったのだ。


「安生さん、それでどうするね?オレがそのグリッチ使いを再起不能にすれば、安生さんのところでルーチャを潰してくれるかい?」


 グリッチ使いに臆する事も無く、何一つ気負う事無く、当たり前のようにヒロトが冷徹なその言葉を淡々と吐き出した。隣のヒナは頼もしいと思う反面、目の前の少年に多大な違和感を覚え始めている。――人とちょっと距離を取りながら、生意気な言葉使いで大人ぶる思春期の少年。それまではそう思っていたのだが、何かしらの底の深さ、闇の濃さを感じていたのである。(この子本当に子供なの?)と


「やる、やるさ。ヒロトがグリッチ使いを抑えてくれるなら、ワシらジョステシアは全力でルーチャを潰す。なんなら、一緒に乗り込んで行ったって良いぜ」

「じゃあ頼みたい事がある。ルーチャの拠点に乗り込んだら、すぐにヤツらのリスポーン地点を探し出して欲しい。多分新参者ならば別の場所にセーフハウスも作ってないだろうから、同じ屋内に設置してあるはずだ」

「……ヒロト、お前さんあれをやるのか?」

「ああ、やるよ」

「簡単に言いやがる……おっかねえ、悪魔みたいなヤツだな」

「何とでも言ってくれ。安生さん、すぐに動けるか?」


 ヒロトとジョステシアのメンバーが、合同でルーチャの拠点を強襲する事が決定した。それも今すぐに決行するとの号令が組長の安生から発せられ、それまで静まっていた事務所内は騒然となる。それまでは誰一人口を開かずに安生とヒロトの会見を見守っていた組員が、やれ剣を用意しろ中庭に若い衆を集めろと騒ぎ出し、勢いに呑まれたヒナは目を白黒させながら呆然と立ち尽くすしかなかったのだ。


「安生さん、オレの道具は残ってるかい?」

「ああ、武器庫に保管してるから持って行け。あんな物広げたら片付けがめんどくさい、誰も触ったりせんわ」

「取りに行って来るから、ヒナはここで待っててくれ」


 そう言い残してヒロトが事務所から出て行ったのだが、残されたヒナにしてみればたまったものじゃない。応接ソファにドカリと腰を落とした安生が視界の中心にあり、その周囲では強面(こわもて)の幹部や若い衆たちがカチコミだカチコミだと、あちらこちらから怒号が飛び交っている。もう自分の居場所に困って背中が冷や汗でびっしょりなのだ。だがそんな彼女に気を遣ったのか、安生が穏やかな声でヒナに問いかけて来る。


「お嬢さん、ヒナさんと言ったか。ヒロトとは付き合い長いのかい?」

「い、いえ。最近知り合って今日が二回目です」

「そうかい!アイツも随分なお人好しだな」


 カラカラと笑う安生を前に押し黙り、ヒロトの謎について考察を始めてしまうヒナ。AIを実装しただけの単なるNPCたちのために、街を良くしようと努力した少年。穏やかな雰囲気を放ちながらも、冷徹な顔も覗かせる少年。自分の身を飾ろうともせずに、初期に無料配布されるスキンで身を固める少年。無料スキンの最弱装備なのに、反社ギルドのアウトローたちが一目置く少年……


「ヒロトの事が気になるかい?」

「えっ、いや!あの!……彼は今、何の武器を取りに行ったんですか?」


 安生に図星を突かれて慌て、取り繕うための苦し紛れの質問を繰り出したヒナだったが、実はその質問こそがヒロトを知るための一番の近道だった。安生はその質問に包み隠さず答えたのである。


「おう?ああ、ヒロトは今【ストレージ99】を取りに行ったよ」

「へ?はい?ストレージ……99って?」

「ほとんど知られてないスキルだが、アイテムストレージのひとマスに、同じアイテムなら99個まで圧縮保存出来るスキルだ。ヒロトは圧縮して保管しといた武器を取りに行ったのさ」

「ええ!そんなスキル聞いた事ないですよ。だってアイテムストレージは身体に十個設定、バックパック背負って追加で八個。合計十八個分のアイテムしか持てないはずじゃ……」

「まあ、KOGプレイヤーなら誰もが羨むようなスキルを、自分から喜んでバラすような奴はいねえよ。ヒナさんよ、ヒロトはいわゆる【横入(よこはい)り組】。KOGが買収・吸収した他のMMOゲームの生き残りさ」


 ――聞いた事がある!――

 キングダム・オブ・グローリーの運営が始まって五年が経過し、フルダイブMMOファンタジーゲームの頂点に君臨し続けるKOGは、その間に様々な弱小企業や弱小ゲームを買収しながら母体を膨らませた。そしてプレイヤー人口を激増させた一因として、買収したゲームのプレイヤーが引退せずに引き続きKOGをプレイするために特典を与える。先にプレイしているKOGプレイヤーに並ぶための底上げ救済……それが『三つの願い』。


「買収される前のゲームでアンロックしていたスキルを、三つまで引き継ぐ事が出来る救済システム……」

「そうだ。本人も詳しい素性は教えてくれないが、このナフェス荒野や西海岸セントルビアスが実装された時期は、レジオン・オブ・メリット買収の時期にあたる。ヒロトは多分、そこのトッププレイヤーたちの中の一人なんじゃないか?」

「ヒロトがレジオンの元プレイヤー……か。自分の好きなゲームが無くなっちゃって悲しいのかな?」


 ヒナが脈絡もなく「悲しい」と口にしたのには、それなりの前提があり、彼女がそう感じる理由があった。

 もともとヒナの取材チームがナフェス荒野に入った理由は、最近になって絶景だと噂され始めたナフェスの海の水平線に浮かぶ『望郷の蜃気楼』を取材する事だった。つまりレジオン・オブ・メリットの()りし日を垣間見れるとさせるその海岸にヒロトが独りでいた事は、彼が昔を懐かしんでいたのではと想像に難しくない。そして昔を懐かしんでいると言う事は、今に満足していないのだとも言える。更に言えば、ナフェスのNPCしかいない寒村に身を置いて、外の世界へ出て行こうとしない姿は、自分の心に閉じこもっているとも言える。――運営が提供した三つの願いを備えたならば、それを嬉々として活用してゲームライフを楽しむ道だってあるのだ。


「そうか、ヒナさんにはアイツが悲しそうに見えたか。そうだな、それが正解なんだろうな。……ヒナさんや、ヒロトを外の世界へ誘ってやってくれないか?」



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