69) 死神作戦
――イリネイに夜が来た――
曇天からやがて土砂降りへと変わった昨晩とは違い、大小二つの月が煌々と大地を照らす晴天。周囲を飾る星々までも、まるで手が届くのではと錯覚してしまうほどに鮮やかな満天の星空の下で、街を歩く四人の人影が見える。
顔の輪郭やその表情までくっきりと浮かぶ明るさの中、巌のような固い意志を瞳に溢れさせた四人とは、天使族のロズリーヌと西洋サムライのペエタアとヘヴィメタ吟遊詩人のマルヒト、そして猫科の獣人に先祖返りしてしまったレンジャーのヒナ。この四人が横一列となり、まるで西部劇の決闘に赴くガンマンのように風を肩で斬っている。
「今日で終わらせる」 ――魔族の奴隷を解放すると決めた四人は、昨晩の威力偵察から得た情報を元として打ち合わせを詰め、たった今その作戦を開始したところである。魔族の人々が拉致されて奴隷労働を課されている全ての元凶は、イリネイ総督府にではなく傭兵団の“ローカルバトル・アウトカムズ社”通称RBOにあると結論付け、このイリネイの地に駐屯するRBO関係者を殲滅する事で奴隷解放に繋げようとしているのだ。
・イリネイ総督府はRBOの傀儡であり、何ら実行力も発言力もない。つまりイリネイの地でRBOが奴隷商売で利益を貪っていても、総督府イコール辺境伯領を統べるラニエーリ家は何ら口出しが出来ない状態。
・奴隷商や娼館経営者はRBOの息のかかった者で、売り上げの一部をRBOに支払う事で商売の継続を認められている。連中の身辺警護や店の警備もRBOが引き受けている。
・イリネイの街郊外にある奴隷の強制収容所も、RBOの構成員が維持管理している。
これらの情報に加えて、今現在RBOの最高指導者である“中佐”ことパウル・ランデスコープ・プレヴァン子爵と、RBOの幹部プレイヤーたちはイリネイの地に不在である事が判明している。大方の予想では実装されたばかりの『北方ディスノミア』をプレイしていると想像に難しくはないのだが、責任者と幹部がいないのは好機としか言いようがない。今回は因縁深き悪質プレイヤーを倒すのが最終目的ではなく、闇堕ちしそうなヒロトの精神的救済が絶対的目標である。そのためには魔族の奴隷解放が必須であり、RBOの殲滅はあくまでも手段。ヒロト救済に繋がる過程でしかないのだ。
「……東西南北通り、街の岐路に着いたな。さあ始めるか」
「そうね、私は北通りへ。RBO支部へ行くわ。ペエさん、マルヒト、ヒナちゃんをよろしくね」
「うっす、ロズ姉さんも気をつけて」
円形の要塞都市を縦横に結ぶ大通りの中心、そこで互いに声を掛け合って作戦の成功を祈る四人。作戦は主に二本の軸で構成されており、ロズリーヌの単独行動班と、彼女以外のもう一班で進行する。
戦闘能力において他の追随を許さないロズリーヌは単身でRBO支部を強襲し、出来る限り多くの構成員を行動不能にさせる。これは街のRBO関連施設でトラブルが起きた際、一報を受けたRBO支部から増援の人員を派遣するからであり、つまりは支部に詰めている部隊を殲滅してしまえば、別作戦を遂行するヒナたちに敵の増援が来なくなる事を意味していた。また、RBOのイリネイ支部には数名のプレイヤーも確認出来た事から、支部施設のどこかにあるだろうリスポーンビーコンを発見して破壊してしまえば、プレイヤーたちは初期スタート地点……一番近くてもアルドワン王国の王都からリスポーンせざるを得なくなるのだ。ロズリーヌの拳が唸りを上げる事が、作戦の成功率を上げるのである。
ペエタアとマルヒト、そしてヒナの三人でまとまった別班は、街の中にある奴隷商の店と色街にある奴隷を使った娼館を強襲、奴隷を解放する。何故大量の奴隷が押し込められている強制収容所を襲わずに、小規模な街の施設を狙うのかと言えば、街で囚われている奴隷のほとんどが力弱き女性であると言う理由がある。逆に強制収容所に収容されている奴隷は鉱山で肉体労働を強いられる男性がメインであり、一度収容所で暴動が始まればヒナたちの手助けなど必要無いほどに燃え上がる。よって、解放しても自らの力で逃げ出す事が困難だと予想される女性のために、街側の施設を強襲する事が決まったのだ。
もちろん、強制収容所の解放を念頭に置いていない訳ではない。ロズリーヌやヒナたちは確信を持って強制収容所解放は後回しに作戦を組んでいる。自分たちが細かな作戦成功を積み重ねれば、彼が現れると。そう、この機に乗じて必ず彼が強制収容所解放を行い、それを察したヒナが強制収容所に赴き彼と再会する――これで完成なのだ
ロズリーヌはRBOの頭をことごとく潰す。そして敵の増援は無いと言う安心感を元に、ヒナたちは各拠点の奴隷を解放して行く。ーーペエタアが名付け親なのだが、この作戦は【死神作戦】と命名された。
死神作戦とペエタアは名付けたのだが、これは彼が考案したオリジナルの命名ではなく、ルーツが存在していた。彼はフルダイブゲームを楽しみながらも、レトロゲームを収集して楽しむ趣味も持っており、スーパーファミコンととあるソフトを購入して遊んだ時に、攻略法でそう書かれていたのがルーツなのだ。
そのゲームタイトルは『伝説のオウガバトル』。剣と魔法の世界を背景としたシミュレーションゲームであり、ファイアーエンブレムのようなターン制戦略ゲームなのだが、この伝説のオウガバトルには何と「ヘックス」と呼ばれるマス目が無いのだ。マップには時間の概念が存在し、目標地点を指示した戦闘ユニットは時間の経過に合わせて進軍し、目標である街の解放を行い、最後に敵ボスの拠点を落としてクリアとなるのである。――そこで産み出された戦法こそが【死神作戦】である。
地形の凹凸に左右されない高速飛行ユニット「グリフォン」と防御力ピカイチの魔法使いユニット「死神リッチ」でチームを編成し、マップスタート直後に敵本拠地目の前に向けて飛翔。本拠地から出て来るユニットをことごとく粉砕する。リッチのパーティーが敵のリスポーンを足止めしている間に自軍本隊は悠々とマップを進軍し、街を次々と解放して行く。……そう。ペエタアはロズリーヌを敵本拠地に張り付かせて敵の出撃を阻み、自分たちが拠点を次々と解放する作戦を重ね合わせて「死神作戦」と命名したのだ。
「ヒナちゃん、無茶しちゃダメだけど、ヒロちんの事お願いね」
「はい!ロズリーヌさんが心配しないように心がけます」
「ヒロちんが泣きそうだって言ったのは、ヒナちゃんが初めて。昔からの仲間たちだって、強がってるなくらいしか読み取れなかったの」
「ロズリーヌさん……」
「だからね、彼と知り合って日が浅いとか考えないで。ヒロちんの事を誰よりも知っているのはあなた、ヒナちゃんよ。だから、彼を助けてあげて」
「分かりました、頑張ります……って、ロズリーヌさん、それで今……ハグとかお尻触ったりとか……必要無い気が」
「だってだって!ヒナちゃん猫耳と尻尾付けてもっと可愛くなっちゃったから、お姉さん我慢出来なくて」
「きいいいいっ!」
最後はコントのようになってしまったが、荒事を前に笑顔や苦笑でリラックスする四人。よし、始めようと腹を決めて、四人で拳同士を合わせた。
いよいよ、イリネイの街が燃え上がる。KOGのフレーバーテキストには「辺境伯領ラニエーリ家の財源の一つである鉱山と、その従事者の住む街」としか記載の無かった街が、騒乱の中心地に変わるのだ。そして燃え上がった騒乱の種は火種として燻り続け、やがて大戦争モード『グラウンドウォー』へと規模を変えるのである。
――後の戦乱の直接的な火種となったのは、間違いなくロズリーヌたちがRBOのやり方に武力介入した事であるのは間違いない。だがそれはあくまでもきっかけであり、しょんぼりと消えてしまう可能性も過分に含んでいた。だがその火種が消えないようにと画策した者がいる。火種がもっと激しくもっと強く燃え上がり、大陸全土にその騒乱があまねく轟くようにと考えた者がいる。
ちょうどロズリーヌたちが作戦開始で別々に動き出した頃、意外にもその画策した者は辺境伯領で別の行動をしていたのである。その者がいた場所はラニエーリ辺境伯領中央政都モウンタニャアズール、辺境伯の居城であるシエルボグリス城の中にいた。クレメンテ・ラニエーリ辺境伯が就寝のログアウトをしようと寝室に入った際に、その者はクレメンテを待ち構えていたのである。――その者は辺境伯と同じくプレイヤー。アカウント名には「マスターチーフ」とあり、アカウント名の横にはプレイヤーのほとんどが実際に見た事の無い、公式運営バッチを付けている人物だったのだ。




