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68) 私がここにいる理由


 “私がここにいる理由”

 今私がイリネイにいるのはヒロトに会うためだ。赤い大地、ナフェスの街で仲間や私を助けてくれたのに、お礼すら言えず別れてしまったから。もう一度会ってお礼を言いたいと、そのためだけに私は行動してると思っていた。――だけど今は違う、お礼を言うだけでは満足も納得もしていない。

 自分の事など眼中に無いほどに、他人のために……プレイヤーだけでなくNPCのために尽くそうとするヒロト。それなのに自分の置かれたリアルな環境は孤独そのもの。伝聞ではあるが、過去に学校でイジメを受けて不登校になり、自分の家族とも関係がおかしくなった彼は故郷を捨てて都会に独り身を置いている。それでも腐らず呪わず卑屈にならず、自分の将来を見据えて高卒認定試験のために日々勉強している。

 私も当初、彼の旧友たちから話を聞い、“なんて強い人なんだ”と、ヒロトの精神力に驚いていたのは確かだ。己の身に起こる不幸をものともせずに、世の不幸に立ち向かう鋼の精神力を持つ少年だと思っていた。

 ――だが違った!――

 昨晩、総督府の前で再会した時のヒロトの顔……あの表情、彼はまさしく泣いていた。いや、涙は流していなかっただろうけど、あの悲壮感溢れる表情と悲哀を溢れさせていた瞳は、無言のまま私に訴えていたんだ。……「助けて!」「苦しい!」「寂しい!」と。


「ヒロトは年相応のどこにでもいる男の子。完全無敵の超人でもなければ、たった一人で世界を救うヒーローじゃない。だから誰かの助けが必要なんだ。それがたとえ私の役目じゃなかったとしても……私が気付いたんだから、私がやらなきゃ。いや、やるんだ!」


 イリネイの街、とある繁華街にある宿屋の一室。ヒナがキングダム・オブ・グローリーにログインした際に発した最初の一言だ。

 昨晩ロズリーヌたちとイリネイ総督府を襲撃して威力偵察を行なった結果を元に、いよいよ本日、闇夜に乗じて魔族の奴隷解放作戦が行われる事が決まった。ロズリーヌとペエタア、そしてマルヒトとヒナの合計四名でそれは行われるのだが、まだ約束の集合時間には早すぎる中で、何かを決意したヒナが早々とログインして来たのである。


「……このゲームにおいてスタートするジョブは、肉弾系の戦士と、知能系の魔術士または僧侶。レンジャー職は戦士からのクラスチェンジで可能となるが、レンジャー職の更に上となる上級職は無い」


 ポツリポツリと独り言を繰り返しながら、ヒナは部屋の一角に据えられている全身鏡の前に立つ。レンジャーは完全鎧など鉄製品の防具を装備出来ないので、皮をなめしたブレストアーマーを装着し、腰のベルトにはマチェーテを装備しているのだが、今の彼女はこの装備に満足いかない表情だ。いくらレンジャーがサバイバルのスペシャリストであり、旅の舵取り役としてパーティーメンバー必須の職業と言っても、今宵行われる奴隷解放作戦においては無力に等しいのだ。――もっと言えば、魔族の奴隷を解放しつつ、もう一人救いたい人物がいるのだ。本来の作戦をこなしつつ、もう一つ独自の作戦を並行させるには、あまりにも今の自分は力不足だと、認識していたのである。


「何かと重宝されるレンジャー職だけど、だからと言って上位互換がある訳じゃない。レンジャー職に飽きたならばクラスダウンして戦士に戻るしか方法は無く、ジョブポイントもゼロから貯め直さなければならない。だけど、このゲームは派生職にも退屈にならない配慮がされている」


何かの覚悟を決めたヒナは、視界の中にメニュー画面を呼び出して視点で操作を始める。視点でページを開きアイテムや装備欄、フレンドリストの項目を舐めながら、スキル管理のページを開く。そこには人間キャラの基本ステータス数値と、レンジャー職においてのステータス数値が表示されているのだが、ヒナはこのページの右上に大きく表示された[リセット]に視点を置いた。


「……ステータスポイント、全部リセット」

(警告、ポイントのリセットは後は、ステータスが全て初期値に戻ります。スキルや技がロストする可能性もあります)

「構わない、全部リセットして」

(ポイントをリセットしました。ポイントの再振り直しを行いますか?)

「イエス。振り直す」


 今まで築き上げて来たスキルやレンジャーとしてのアイデンティティを、何の躊躇も無くいとも簡単にリセットで消去させてしまう。そして一切の後悔は無いとばかりに“今後、自分が必要となる”ステータスにどんどんとポイントを振り分け始めた。


「嗅覚、聴覚、視覚、数値トップに。戦闘技能……剣なんかいらないからゼロで。ダガーナイフだけ三ポイント上げ。ワナスキルいらない、地形把握いらない」


 こうして自分が思う通りに振り分けしていると、ガイダンスナレーションがいきなりピィ!と電子音を挟み警告メッセージを表示させる。

【警告:スキルの再振り分けに関し、人間ステータス基本上限値を大幅に上回ると、“先祖返り”状態が発生する可能性があります。続けますか?】


「イエス。続行よ続行!覚悟は決めたんだから」


 ゲームスタート時に自分のキャラクターを作成する際、亜人や人間や魔族など様々な種族を選ぶ自由度の高い設定になっているのだが、その様々な種族には基本たるステータスが存在する。再度ポイントを振り分ける際にその上限値を超えて「設定上、常識ではあり得ない」存在になってしまうと、過去の系譜……つまりキャラクターのご先祖様に異種属が混ざっていると言う設定に変えられ、強引な整合性の結び付きが始まるのだ。つまりこの場でヒナはレンジャーのサバイバルスキルを全て捨て、ヒロトを救うために必要となるであろう肉体強化や人間を超える“(けもの)”としての感覚強化に数値を振り分け直したのである。


 メニュー画面から一度目を逸らし、鏡に映る自分を見る。チュートリアル項目を次々とクリアして貯めたボーナスポイントを使い、現実世界の自分の姿をこのゲームでも反映させたヒナ自身の全体像がそこにある。フルダイブギアで全身をスキャンした結果の、限り無く本当の自分自身に近い姿だ。

 中学時代から続けて来たショートカット、毛量が多いからとグラデーションとシャギーカットを入れてもらい、男子の長髪とは違った可愛さを感じる自慢の髪型だ。そしてクリクリとした眼に薄い唇はどこか中性的でもあり、高校時代に他校の女子生徒からチョコレートを貰った過去もうなづける。アイドルになれるような別格の容姿ではないが、あくまでも自分の中においてのみ、自分が好きでいられる容姿でもある。――大学の友人たちから揶揄(からか)われる胸の寂しさも、それすら含めてこれが本当の自分だと胸を張って言えるのだ。

 この異常なスキルポイント振りで、このゲームに反映させている自分自身が、自分で無くなってしまう事に恐怖を覚えるヒナ。もし先祖返りが発生したら、トカゲのような肌と顔になってしまうのか、それともヒゲモジャのドワーフに変わってしまうのかと、悪い予感が想像力をどんどんと掻き立ててしまう。


「違う、違う!この期に及んで、何で自分の都合ばかり心配するの!助けたいんじゃないの!」


 思いっきり口で叫んで自分に喝を入れる。保身こそが今の自分にとって一番毒だと戒めているのだ。――今必要なのは、ヒロトをより遠くから感知出来る動物的感覚。そしてヒロトに追い付けるだけの俊敏性。つまり人間的機能を後回しにして、“野性”を強化しなくては!――


【警告:スキルポイントの振り分けが全て完了しました。実行をクリックする事で認証、反映されます】


 メッセージを目の当たりにしたヒナは、先祖返りの可能性や不安を全て飲み込み、視点を合わせて実行した。すると、そのまま新しい姿が反映されたのかと思ったら、新たな警告文が彼女の視界を塞ぐ。


【警告:先祖返りが発生しました!リセットマラソンは禁止事項にて、次回のステータス・スキルポイントのリセットは二十四時間後にアンロックされます】


 “やってしまった!”と内心で叫び、慌てながら確認キーに視点を合わせて警告文を解除。あらためて生まれ変わった自分を鏡に映す。

 メニュー画面の名前の横には[獣人・レンジャー]と表記されており、人間から獣人への性質変化が間違いなく成された事を表示していた。そして恐る恐る鏡を見る……頭のてっぺんから足の先まで喰い入るように見詰めると、彼女の身体に明らかな変化が現れているではないか。


「皮膚も骨格も体型も変わってなかったけど……。ある、あるよ。獣の耳と尻尾が生えてる!」


 幸か不幸か、彼女の容姿が劇的に変わる事は無かったものの、その身体に黒毛に艶々の立派なネコ耳と長い尻尾が生えていたのだ。


 ……いやあああっ!これは恥ずかしい!ポレットやカリンにこんな姿見せられないいい!

 仲間に囃し立てられる自分を想像したのか、真っ赤に染まった顔を両手で隠しながらしゃがみ込み絶叫する。この時代、この世界で先端を行く大人気のゲームでは、獣人を選んで“ケモ耳”を楽しむ者など大勢いるし、ケモ耳をトレードマークにしたいわゆるVチューバーも世界中からログインして実況動画を上げている。だからこそヒナが赤面する事も無いのだが、どうやら彼女のアイデンティティに、ケモ耳で自分を飾る概念は無かったらしい。


 ひとしきり恥ずかしがりながらも、ようやく我を取り戻して落ち着くヒナ。今晩決着が付く、いや今晩に決着を付けるのだと、再び瞳に闘志の灯火(ともしび)をメラメラと燃えたぎらせたのであった。



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