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67) 白百合の苦悩


 夜中から降り始めた雨は(あかつき)の時間に止み、真っ青な青空を背景にした太陽が燦々と輝くイリネイの街。深夜に起きた大騒動も雨音にかき消されていたのか、総督府で何が起きたのかなど知らないままに、街の人々は普段通りの生活を始めている。


「はあ……。派手にやられたわね」 ――朝、総督府の執務室でその第一声を放ったのは、執務室の所有者である“イリネイの白百合”エマヌエーラ・ラニエーリではない。執務室の窓からフワリと入って来た黒装束の女性が放ったのだ。


「おはようございます、シュザンヌさん」

「相変わらず落ち着き払ってるわね、あんたも」

「そうでもないですよ、今も恐怖で身体の震えが止まりません。ですが、総督たる私が狼狽(うろた)えているようでは兵たちの士気に関わりますから」

「ま、さすがはラニエーリ一族と言ったところか。それで被害状況は?」


 ラニエーリ辺境伯に代わり、イリネイ地区を統べるエマヌエーラはこの地区の最高権力者である。その人物に対して頭を下げず敬語も使わずに、対等の関係でコミュニケーションを図っているこのシュザンヌこそ、実は昨晩にヒナとマルヒトを襲撃したプレイヤーである。ヒロトの必殺スキルにより返り討ちに遭ってしまったが、この謎の暗殺者はイリネイの総督と、まるで友人のように接していたのだ。


「襲われたのは総督府警護隊の衛兵のみ。死者は一名で残りの二十六人全員が重軽傷で治療中です」

「死者は一名のみか……なるほどな」

「どうしました?何か見えて来る事柄でもありますの?」

「まあな。奴らは真剣に潰しに来た訳じゃない、それはエマも理解出来るよな」

「ええ、そうですね。報告では天使族の戦士が先頭になって暴れていたと聞いており、魔族の復讐が始まったのかと危惧していましたが、その割には被害が限られていると感じております」


 エマヌエーラとシュザンヌ、二人肩を並べて窓の外を見下ろす。敷地の中ではまだ警備隊の衛兵たちが倒れており、呼ばれた医師の怒号の中で執事やメイドが奔走している。


「おそらく、奴らの最終的な目標は奴隷解放なんだろうな。その第一段階として、この総督府は試されたんだ」

「試された?試されたとはどう言う事ですの?」

「ローカルバトル・アウトカムズ社……。アイツの傭兵団がこの街でどれだけの影響力があるかを見たんだよ」

「RBOがですか?つまり昨晩の暴漢たちはプレヴァン子爵様の動きを見ていたと?」

「イリネイ鉱山や街の警備や、労働者の労務管理を総督府から全面的に委託されてるRBOがさ……。総督府が襲撃されたらどう動くのかを見定めたんだろうな」

「それで、暴漢たちは昨晩からの流れを、結果としてどう判断したのでしょうか?」

「そりゃあもう、奴らは簡単な結論に達したろうね、“いざと言う時、総督府は見捨てられる”と。エマだって薄々勘付いていただろ?」

「シュザンヌの言う事は理解出来ます。ですがプレヴァン子爵様は王都に戻っておられました。子爵様の留守中で傭兵団は機能しなかったとは考えられませんの?」

「それは楽観的過ぎる考え方だな」


 ――良いかエマ、パウル・ランデスコープ・プレヴァンって奴はな―― そう言って中佐の名前を口にしたシュザンヌの表情は固く、エマヌエーラに語り掛ける口調は酷く重い。

 自分はプレイヤーで、エマヌエーラはNPCである。つまり中佐は昔から外道プレイヤーとして悪名を馳せているとは軽々しく言えないのは、やはりプレイヤーとして収集した生情報をそのままNPCが受け取れないと言う事で、ファンタジーRPGの性質上、世界背景に準じた言葉選びが求められるのだ。


「エマ、プレヴァン子爵が組織するRBO社は、そんじょそこらの傭兵団なんか太刀打ち出来ないほどの力を持ってる。戦闘力だけでなく、組織力においてもだ。つまり司令官のプレヴァン子爵が不在であっても、いざ何か荒事が起こった時は、子爵の指示が無くても動けるだけの教育を施されている。私の言ってる意味が分かるか?」


 エマヌエーラの表情には明らかな(かげ)りがある。何か心当たりがあるのかシュザンヌの問いかけには沈黙している事から、パウル=プレヴァン子爵の本性は、わざわざ彼女に言われるまでもなく承知していたようにも見える。そしてそれを理解したシュザンヌは声に出して答えよとは迫らずに、沈黙を答えと受け止め次の話題へと話を振った。


「これはあくまでも私のカンだけど、昨晩の襲撃者たちは今宵(こよい)も動く。たぶん、RBO社の施設を急襲して壊滅させ、魔族の奴隷たちを解放するのが最終目的なのだろうが、早ければ早いほど良いと考えたはずだ」

「どうしましょう!子爵様はまだご不在のはず。いくら子爵様の傭兵団が屈強な精鋭だからとて……」


 慌てるエマヌエーラの両肩を両手でがっちりと掴み、そのまま強引に自分に向かせて目を合わせる。とにかく落ち着け、そして今から言う事を心して聞けと言うシュザンヌの合図だ。


「エマ、良いか?イリネイ総督府はRBO社が魔族の人々を拉致して奴隷にしていた事には関知していない。労働力の確保や維持管理その全てをRBOに任せていた事から、プレヴァンが裏で一体何をやっていたのかなど知らぬ存ぜぬで通せ」

「ま、待ってシュザンヌ。そんな事したら!」

「せっかく王国側との絆が出来たのに……なんて思うな。プレヴァンは闇の深い男だから、最初からこうなる事は見えていた」


 シュザンヌは歯に絹着せぬ勢いでまくし立てる。それこそ、今の今まで腹の底にしまい込んで口にするのを我慢して来た事、その全てをここでぶちまけるような勢いだ。


 私は最初から全てを反対していた――そう言いながらシュザンヌは事の経緯を事細かに話し出す。

 姉がクレメンテを婿に向かい入れ、新たなラニエーリ家の辺境伯体制がスタートした。その際エマヌエーラは主流派から外されイリネイ総督となったのだが、ラニエーリ家の氏族の中にエマヌエーラ派が現存していた事も確か。それら一部の氏族はエマヌエーラが新たな権力者を(めと)る事を画策し、アルドワン王国の王族に秘密裏に打診した事で、プレヴァン子爵がイリネイに派遣される経緯となったのだ。

「魔鉱石は精錬されて初めて価値を有する物となる。だから鉱石自体の産出量に税金はかけられずに、駆り出された人足(労働者)の頭数によって税金が掛けられている。ここが狙い目です。頭数に入らない労働者を確保すれば、イリネイは表向きの低い税収を払うだけで、莫大な利益を上げられる」――パウル・ランデスコープ・プレヴァン子爵は、エマヌエーラにそれを提案し、プレヴァン主導でイリネイ経済振興策はスタートしたのだ


「エマ、お前が親友のように接して来てくれる事に感謝している。私もいつまでもエマの親友でありたいと願って行動して来た。だから私がいくらクレメンテの密偵でも、魔族の奴隷に関しては今の今までクレメンテには報告していない。まだ事が起きてもお前が引き返せると思ってたからだ」


 なんと、このシュザンヌと言う暗殺者のプレイヤーは、辺境伯クレメンテ・ラニエーリ専属の密偵であったのだ。そして領内で情報収集活動を行なっている際にエマヌエーラと知り合い、交友を深めていたのである。


「聞くんだエマ、何もするな。いざとなったら何も知らなかったと言え。これは最後のチャンスだ」

「でも……でもどうしましょう?あなたが言うには、今日の夜にまた争いが起きると」

「あの“ヒロト”と言う名の襲撃者グループは、総督府に戦略的な価値が無い事を知った。だからこれ以上総督府が襲われる事はない。寝ていろエマ、お願いだから。明日の朝になったら全て終わっている」


 手を離したシュザンヌは一度中央政都モウンタニャアズールに戻ると言う。エマヌエーラには詳しく説明しなかったが、リスポーンビーコンの設定を変えるためだと推察される。昨晩ヒロトに心臓を貫かれた時、彼女のリスポーン場所は中央政都であった事から、その後何も出来ずに詳しい思いをしたのだ。


「頼むぞエマ、とにかくおとなしくしてるんだ」


 後ろ髪を引かれるような思いを胸に、去り際でも念を押すシュザンヌだったが、当のエマヌエーラがうなづくだけで、最終的にどう判断したかまでは分からなかった。ただ、彼女は彼女なりに、今宵起きるであろう騒乱を心配せずにはいられないのは確か。


「街が炎に包まれても……私は他人事を決め込んで寝ていられるの?」


 それが統治者としての意見なのか、それとも王国の貴族に想いを馳せ始めた個人としての意見なのか。それは本人にしか分からなかったのだ。



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