66) Rain of blood (血の雨)
「発見!北方ディスノミアの西方に巨大港湾都市!」
「ディスノミアはクラフト素材の宝庫!木材は高値取引間違い無し!」
「北方ディスノミアのニリティアミ山脈に新種のモンスター?レイドボス存在の可能性も」
「押さえておきたい基礎知識。古代ディスノミア王家血の系譜は、裏切りと闘争の歴史そのもの」
「これで寒さも安心!ディスノミアでのサバイバル生活おすすめポイント」
これらの記事タイトルは、キングダム・オブ・グローリーのゲーム世界の中における新聞記事ではなく、それら“新聞ギルド”が発表したニュース内容を精査した上でまとめ直し、現実社会においてゲーム雑誌が発表した記事のタイトルである。フルダイブ系ゲームの雑誌だけでなく、既存のコンシューマーゲームやパソコンゲームの雑誌ですら北方ディスノミアの最新情報を記事にするほど、この時代においてのKOGは社会現象化が著しかった証拠とも言える。つまり、今年度の大型アップデート第一弾である『北方ディスノミア地域』の実装は、大成功と言っても過言ではなかった。ユーザーだけでなくゲーム雑誌の辛口批評でも軒並み高評価を得たこの実装は、KOGが益々発展して行くであろう、そんな予感を世間に示していた。
魔族の国家と接しているアルドワン王国の南部、そのラニエーリ辺境伯領で起きた事件はもちろん、ニュース記事化されていない。辺境伯領においても代表的な経済都市の一つであるイリネイの総督府が、何者かの手によって深夜に焼き討ちに遭った事よりも、やはり世界の関心は北方ディスノミアに集中していたのである。
北方ディスノミア、雪と氷で閉ざされた白銀の世界のその深淵に存在する古代遺跡。俗に言われる『永久凍土の地下墳墓』はプレイヤーで大盛況。キングダム・オブ・グローリーのゲームシステムにおいて初めて導入したローグライク・ダンジョンは、プレイヤーやゲーム批評家たちの圧倒的な高評価を得ており、マップ実装からまだ数日しか経っていないはずなのに、既に万単位のダンジョン利用率となっている。
[ローグライク・ダンジョン]――ローグとはダンジョン探索型RPGの事を指し、コンピュータRPGの初期にアスキー文字で作られたゲームで、毎回自動生成されるダンジョンにおいて、どこまで深く潜れるか、どこまでスコアを伸ばせるかを競うものである。
やがてコンピュータRPG全盛期から現在にかけて、さまざまなアイデアが盛り込まれたそれらジャンルを「ローグライク」と呼称したのだ。
この『永久凍土の地下墳墓』もローグライクの特徴を踏襲し、毎回ダンジョンに突入する度にマップは変わり、そしてダンジョン内で死亡すれば、ダンジョン内で得た経験値もアイテムも全て消失する。つまり「入念なマッピング」「充分な休憩と体力回復」「敵の戦闘力の把握」「引き返す決断力」など、無事に地上に帰還するためには入念なプラン策定が必要であり、それを怠ける者は決して生き残る事は出来ないのだ。
新しく実装されたマップを誰よりも早く踏破したい!誰よりも早くダンジョンを踏破したい!……世界中のKOGプレイヤーがこぞって競争に明け暮れる中、魔族を狩って狩って狩り尽くそうとする『悪夢』も実は、この北方ディスノミアに身を置いていた。そう、魔族にとっての悪夢、そしてラニエーリ辺境伯領の未来が危ぶまれるような災いを芽吹かそうとするあの「中佐」ことパウル・ランデスコープ。KOG世界においてはパウル・ランデスコープ・プレヴァン子爵を名乗る者も、この永久凍土の地下墳墓攻略を目的として、北方ディスノミアの地に足を踏み入れていたのである。
永久凍土の地下墳墓、最下層最深淵。直線で切り抜かれたような長方形の巨大な空洞の中心に今、十人編成のパーティーがいる。このダンジョンはプレイヤーの編成によってダンジョンの難易度も変わって来るのだが、現在のレベルキャップ百に対応している事から総じて高難易度であるのに変わりはない。
プレイヤー一人で挑むソロモード
プレイヤー二人で挑むデュオ
プレイヤー六人(以内)で挑む班モード
プレイヤー十二人(以内)で挑む分隊モード
プレイヤー三十六人で挑む小隊レイドモード
このレイドモードの上に、七十二人の大規模パーティーで挑む傭兵団モードも存在するのだが、これを解明させたプレイヤーはまだいない。
この中の十二人以内でダンジョンに挑むスクワッドモードの結果、彼らは見事に最下層で待つラスボスを打ち倒したのだが何やら様子がおかしい。苦労してたどり着いたこの最深淵で、苦労の末に高難易度のボスを倒した事、皆で喜びを分け合っているようには見えない。その場にいるプレイヤー一人一人が、何やら悪意を含んだような凶相で、倒れている人物を舐めるように見つめていたのだ。
“怪しい”雰囲気を隠そうとしないこの十名のプレイヤー。完全鎧の騎士三名と軽装の剣士三名、そして魔法使い一名に司祭が一名、そしてエクソシスト一名に盗賊一名と言う、さして変わり映えの無い平均的な編成を組んでいるのだが、このパーティーのリーダーであるパウル・ランデスコープ・プレヴァンを筆頭に輪を作り、その輪の中心で倒れている人物に悪意の眼差しを向けていたのだ。
「おいおい、女王様さんよ。そろそろ目を覚ましてくれないかな?」
パウルが毒々しい声を投げかけた相手……そこに倒れている女性こそがこのダンジョンのラスボス、エリス・ディスノミア本人だったのだ。……どうやらパウルのパーティーはこのラスボス戦に見事に勝利し、その後の交渉をエリスと行おうとしているのだが、それが何か様子が違う。本来ならラスボスであるエリスを打ち倒すと肉体は蒸発し、精神生命体としての姿を現して勝利したプレイヤーを祝福するのだが、彼女はまだ生身のままの姿で、誰かが描いた魔法円の中で意識を失い横たわっているのだ。
「俺たちもあんまり時間が無いんだ。どうやら南の方で揉め事があったみたいでね、おちおち趣味の宝探しもしてられないのさ」
勝ち誇った顔でエリスを見下ろすも、気を失っているのか彼女にその言葉は届いていない。それが気に障り気分を害したのか、パウルは腰の剣をスラリと抜く。そしてあろう事か、横たわる彼女の両手の手のひらを掴んで一つに重ね、そこへ高く掲げた剣の先を地面ごとズブリと貫いたのだ。
――ギャアアア!―― エリスの悲鳴が大空洞に響く。両手の激痛で意識を取り戻した彼女はこの異変に気付き、何とか脱出を図ろうともんどりうつのだが、両手が地面に縫い付けられたような状況の中ではどうにも出来ないでいる。
「やっとお目覚めですか女王様。あははは!逃げようとしても無駄無駄、俺の魔法円から逃げられるのは、死んだ奴だけだよ」
「汝れらは何故このような事をする!騎士としての誇りは無いのか!」
「女王様、それは戯言だよ。殺すか殺されるか、奪うか奪われるかの世界に良心なんか無えだろうよ」
周囲の仲間たちがニヤニヤとした下卑た視線を向ける中で、それでも品位を失わずに気丈に振る舞うエリス。そんな彼女の心根が気に入らないのか、パウルは仲間の剣を引き抜いて今度は彼女の腹部をズドンと刺し貫く。腹を刺されて地面と固定されたエリスは、腹を刺されて力が入らないのか、痛みに悲鳴を張り上げる事も、のたうち回る事も出来ずにヒュウウウウと声にならない声を上げる。
「女王様よ、単刀直入に聞くわ。あんたを滅せずに半殺しで捕らえたのも質問に答えてもらうためなんだよ」
「……誰が……汝れらのような獣風情に……答えてやるか……」
「あんたを倒した際の入手アイテムなんだけどさ、魔法抵抗のナイフと氷結効果のナイフ、そして魔術師用の封魔の呪文と、魔術師用のアンデット消滅魔法がランダムで配布されるんだけどさ。あんたまだ隠してるだろ?」
「我を……我を倒した後の事など……知らぬ」
「おいおい、すっとぼけんなよ。色んなところから情報集めたし俺たちもこれで討伐三回なんだぜ?褒美にしちゃショボくねえか?」
「……何も……知らず……何も……知ろうとしない汝らに……何故、妾が丁寧にならねば……ならぬのだ」
「俺が考えるに、あんた魔法効果のある槍を隠してるよな?地上にいる分身は魔導師で、さっきまでここにいた分身は槍使い。あんたが渡す最上級品はとんでもなくレアな槍だと思うんだがな、違うか?」
その問いにエリスは沈黙した。ここまでの屈辱を受けて、それで正直に答えられる訳もなく、更には絶対に渡したくない相手であり、絶対に渡さないと決意したのだ。――何故ならば、あの槍の複製は心を許した者のみに授けようと考えていたからだ
「ふうん、なるほど沈黙かい。じゃあそれは真実って事だな」
今までの品の無い笑い、悪意を込めた笑い、残酷な行為をしながらの笑顔。それら全てが引き潮のようにサアッと音を立ててパウルから消え去ると、中から現れたのは氷のように冷たい瞳と冷酷な表情。パウルは仲間の司祭が持つメイス(戦槌)に目を付けたと思うとそれをスッと奪い、大きく振りかぶる。
「後一回。後一回ぐらいしかダンジョン攻略出来る時間が残されて無いのよ。だからその時槍を渡さなかったら……この土地全部、穢すよ」
彼はそう言いながら、横たわるエリスの顔面に向かってメイスを叩き付けたのだ。「やめ……やべて」と、言葉にならない言葉を吐いて止めるも、何度も何度もメイスを打ち下ろされている内に、言葉どころか身体すらピクリと動かなくなってしまう。
「あ〜あ、中佐もったいねえなあ」
「もうダメだろこれ」
パウルの行為を眺めながら苦笑する仲間も、グチャグチャになって行く女王の顔面と頭部の無残な姿に呆れている。
「お前ら、後一回だけ攻略するぞ。それが終わったらダッシュでイリネイ入りだ。分かってるな、気合い入れろよ」
そう言いながら血と脳漿でドロドロになったメイスを司祭に放り投げて返す。返された方は「うえええ!」と迷惑がるのだが、それすら気にせずパウルはその場から踵を返した。
――行く場所行く場所で血の雨が降る
――悪意と悪夢を運ぶ死神
あのイリネイの白百合と呼ばれたエマヌエーラ・ラニエーリと甘い会話を楽しむプレヴァン子爵の顔はそこに無く、あるのは“中佐”と呼ばれていた頃から今に至る残酷なもう一つの顔。
彼はもうちょっとだけ北方ディスノミアの時間を費やすのだが、それが終われば間違い無くラニエーリ辺境伯領イリネイに入る。ヒロトやヒナ、そして彼らの仲間たちが”正義”を信じて闘い続けるイリネイに入るのだ。それは即ち、イリネイに血の雨が降る事を意味するのである。闘争の当事者だけでなく、生きとし生ける者全ての血が中佐に捧げられる……そんな暗雲がイリネイの未来に漂っていたのである。




