64) 急転!暗殺者の襲撃
「うひゃひゃひゃひゃ!俺のギターにひざまづけ!」
ギターを手にするまでは舎弟言葉を使う気の弱そうな青年だったが、今ではまるで人が変わったかのよう。マルヒトが手にするそれは誰がどう見ても古臭いアコースティックギターなのだが、エレキギターのような電気的で攻撃的な音色を発している。それがマルヒトのユニークスキルなのだが、それはただ音質だけにとどまっている訳ではなかった。
ライトハンド奏法で弦をタッピングしたり、左指でスライドバーの玄を押し上げてチョーキングしたり、挙句の果てには右指で鳴らした弦を更にスライドバー上で押し付けてスライドさせるタッチ&スライド奏法などを駆使する姿は、まさにヘヴィメタルバンドのギターソロそのもの。ーーこう言うチャンスが欲しかったーー と、言いたげな表情で悦にはいるマルヒトは、このゲームで自分の趣味を爆発させる楽しみに没頭しているようでもあった。
ただ、あくまでも楽しいのは自分だけ。その隣に控えているヒナは、マルヒトのあまりの変わりように口をまん丸に開けて呆けている。仲間パーティーと敵性勢力に対する『行動促進・抑制』付与を、吟遊詩人の奏でる楽曲で行っているのは理解出来るのだが、ヒナが想像する吟遊詩人としての姿とあまりにもかけ離れていたのだ。
――吟遊詩人・トルパドール、クラシックギターの前身のような形で、十二弦の滑らかな音を発し、人々がその音色に耳を傾けながら吟遊詩人の詠う詩篇に想いを馳せる。その詩は英雄物語か、はたまた嘆きの美姫の詩か――
(そう思っていた私が過去にいました。ええ、そう言うジョブだと思ってました。でも目の前のマルヒトさんはもう、私の理解を越えております)
サアッと血が引くような冷たさを覚えながら、その場で冷静に立ち尽くすヒナ。ここは手拍子を入れた方が良いのか、それともヘッドバンキングで頭を激しく振れば良いのか、さらにはブリティッシュパンクよろしく「オイオイオイ!」と掛け声を投げれば良いのか、さっぱり分からない。
だが、場違いなヘヴィメタに戸惑ってはいるものの、それはそれとしてヒナには課された使命がある。演奏中のマルヒトは完全に無防備となってしまう事から、彼の護衛を行わなくてはならないのだ。
基本ジョブ・戦士から派生する【レンジャー】。戦士よりも戦闘スキルの絶対数が少なくなり、更にはスチール製防具の装備にも制限がかけられたレンジャーは、純粋な戦闘において戦士に劣るものの、それを遥かに上回る恩恵をパーティーにもたらす。それがレンジャーの基本スキルである『サバイバル能力』だ。
常に戦場、常に戦闘、そのためだけに技を磨く戦士と異なり、大自然を脅威だとする前提を置いた上で、レンジャーはそれを克服するためのスキルを備えている。山野を駆け巡るために体力低下及び空腹の低減ボーナスが付与され、狩猟のため獣に対する隠密力付与やワナ作成スキルなどが付与されるだけでなく、地形に惑わされない方向感覚スキルは、ダンジョンにおいても発揮される事から、非常に生還率の高いスキルを備えたジョブと言える。――つまり世界を見て回れるレンジャーこそが本当の『冒険者』とも言えるのだ
ヒナは今、それらの数あるレンジャースキルの中から「野生の勘」と「気配察知」、そして「夜目」スキルに付与ポイントを振り分け直している。この闇夜の暗がりで荒事を起こした際、一番無防備なマルヒトを守るためにも、暗闇の中で起きる異変に対して、誰よりも敏感でなければと考えたのだ。だが幸か不幸かヒナが準備したスキルが結果として効果を発揮する事となる。その「いざと言う時のため」が現実となって現れたのだ
――ロズリーヌの派手な暴れっぷりが影響したのか、総督府のあちらこちらに明かりが煌々と灯されて騒然となっていた時、マルヒトのギターソロを延々と聞かされていたヒナの身に異変が起こる。背中にゾクリと身震いするような寒気が走ったのだ。もちろんそれはヒナ本人の人体に対する異変ではなく、レンジャーのスキルである野生の勘が殺意を伴う恐怖を感じたからだ。
「……何か来る!」
咄嗟に腰の短刀へ手を伸ばして引き抜き、演奏に没頭するマルヒトの背後に回る。マルヒトがギターサウンドを向けているのは総督府側に対してであり、つまりヒナの勘は市街地側から何かを察知した事になる。彼女が手にした短刀とはマチェーテと言う西洋ナタだが、スマートに鍛造されていて「女忍者クノイチ」の持つ忍者刀にも見える。レンジャーの武器装備においてマチェーテは、サバイバル能力にもボーナスが付与される武器兼道具なのだ。
「ヒナちゃん、何か異変っすか?」
「何か嫌な予感がしただけだけど、マルヒトさんも警戒した方が良いかも……」
この時点で二人の会話は止まった。何故ならば遠くの暗闇に目を凝らしていたヒナの目前に突如ガバッと人影が現れ、手にしていた刺突剣で襲いかかって来たのだ。
「ぐうっ!」
「ヒナちゃん!」
「マルヒトさんは演奏を続けて!」
現れたのは全身黒づくめの謎の人物。どうやらヒナの心臓を狙って刺突を繰り出したのだが、直前に察知したヒナがマチェーテを当てて軌道を変えて、即ダウンの即死攻撃をかわす事に成功した。だがその必殺の軌道は心臓を逸れても彼女の左肩口に深々と突き刺さってしまい、かなりの行動ダメージを生んだのだ。
「ヒナちゃん!大丈夫かい?」
「マルヒトさんは下がって!ここは私が」
一旦距離を置くために後方へと数歩下がった暗殺者。雲に隠れがちな月明かりの下に白い歯が浮き上がるが、それは決して笑顔の時に溢れる歯ではない。思い通りにならなかった不快感で口が震える怒りの歯だ。
「……そうか、レンジャーがいたとは不覚だった」
「えっ?その声、もしかして女なのか?」
「マルヒトさん頭の上を見て!彼女はプレイヤーよ!」
突如襲って来た暗殺者をあらためて見ると、黒い服を身にまとってはいるものの女性らしいフォルムが身体の随所に見受けられる。そして忌々(いまいま)しい感情を吐露したその声は女性のもので、データモードで環境を表示したヒナには、彼女の頭上に何が表記されているのがバッチリ見えた。NPCやAI表記の無い、純粋なゲームプレイヤーとして『シュザンヌ』と名前が打たれていたのだ。
「シュザンヌ……さん。何で私たちを襲うの?」
「その質問をそのまま貴様たちに返す。貴様らはそこで何をやっている!」
ヒナの心臓に一撃入れて即死ダウン、そのまま返す形で左手でナイフを抜いてマルヒトの首を狙って落とす必殺のプランが初手でかわされたシュザンヌ。自分の名前も知られた事で離脱する訳にもいかなくなったのか、左手にはナイフを持ち、そして二本目の刺突剣を腰から抜いてヒナに襲いかかる。
《こちらマルヒト、ペエさん感明送れ!》
《こちらペエタア、感明良好、送れ》
《こちらマルヒト、状況・赤!状況・赤!敵の威力行使を受けて、ヒナちゃんが防衛活動中》
《こちらペエタア、敵の規模はどうか?送れ!》
《威力行使の敵は、暗殺者とおぼしき者一名!尚、敵はプレイヤー!敵はプレイヤー!》
次々と繰り出されるシュザンヌの体術と剣撃に、防戦一方となりながらもかろうじて耐え続けるヒナ。ヒナの努力に報いるように演奏を続けるマルヒトだが、彼は彼でパーティーチャットを駆使して司令塔役のペエタアに報告を繰り返している。
《こちらペエタア、威力偵察を中止して援護に入るか?送れ》
《こちらマルヒト、それは本末転倒だ。作戦続行されたし、送れ》
《ペエタア了解。ならばマルヒト、演奏援護は充分に受けた。マルヒトは状況を中断し、ヒナの援護に入れ。終わり!》
《こちらペエタア、了解した!終わり》
相手に対して危害を積み重ねて、その結果ダウンさせようとする斬撃ではなく、相手の命を一撃の元で刈り取ろうとする凶悪な急所狙いを何とか避けてはいるものの、ヒナの身体には刺突剣による刺し傷とナイフによる切り傷がどんどんと累積されて行く。レンジャーとて戦士の端くれであり、戦闘技能はもちろん有しているのだが、人の肉を喰らおうとする野獣やモンスターの本能的な攻撃と比べれば、急所しか狙って来ない暗殺者の攻撃は驚愕以外の何ものでもないのだ。
「ヒナちゃん下がって!俺も加勢するっす!」
演奏を中止してギターを置いたマルヒトが戦闘に参加するも、吟遊詩人の基本装備はレイピアを短くした儀礼用片手剣しか無い。おまけに戦闘スキルなど皆無な上に『三つの願い』を自分の趣味に振り分けたマルヒトが、謎の暗殺者に勝てる訳もない。何とか二人の間に割って入ってはみたものの、今度はマルヒトが命の危機に陥った。あっという間に心臓を突かれて即死ダウン状況に陥り、カウントダウンが始まってしまったのだ。――カウントダウン中に蘇生措置が取られなければ、それは完全なる死。デスペナルティで経験値を減らされた上で、リスポーン地点から生き返る事となる。
「きゃあ!マルヒトさん!」
(逃げてヒナちゃん、逃げるっす!)
ダウン状態はつまり行動不能を指している事から、もちろんマルヒトが喋った訳ではない。パーティーチャットを通じての思念会話のようなもの。そこでマルヒトから逃げろと言われても、この暗殺者を前に逃げ切れる自信も無ければ、逃げ出せば敷地内のロズリーヌとペエタアが危なくなる。
――逃げたい!逃げれない!逃げたくない!でも勝ち目はない!ーー マルヒトを屠ってすぐ、身を翻して襲い掛かって来たシュザンヌを目前にしながら、ヒナは思考が停止して硬直してしまった。対モンスター戦ならば立派な戦士たちと肩を並べられる彼女も、プレイヤー対プレイヤーの殺し合いに慣れていなかったのだ。人の殺意に恐怖した瞬間でもある。
(ダメ……私殺される)
刺突剣とナイフを月明かりに鈍く輝かせ、害意と殺意剥き出しの凶相でヒナに襲い掛かったシュザンヌ。これがトドメだとばかりに構えた両手の武器だったが、結果としてヒナの命を刈り取る事は出来なかった。
――何故ならば、ヒナに飛び掛かった瞬間、シュザンヌの背中から胸……ちょうど心臓目がけて、どこからともなく飛んで来た長剣がズドン!と、勢い良く刺さったのである。
……スロウアームズ、ハートショト……
遠くの方から聞き覚えのある声が曇天に響いて来た。そしてヒナの耳へと届いたのだ




