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63) 不作為の罪


ロズリーヌの「せい!」と言う軽やかな掛け声とともに、総督府の正門の門扉が派手に吹っ飛んだ。人間の身長の二倍にも達するような大きな門扉で、さらに鋼鉄製の頑丈な作りであったのだが、彼女の必殺技の前には障壁としての価値は無かったようだ。

――正門にたどり着いたロズリーヌは、その鋼鉄製の扉を見るなり、身を屈めて潜り込むようにダッシュする。門扉にキスしそうなほどの至近距離までだ。そして門扉を前にダン!と右脚で震脚を一つ打ち、地球を踏み締めた勢いで立ち上がりながら、背中を門扉に向けて突き上げて衝撃を与えたのだ。八極拳において鉄山靠(てつざんこう)または、貼山靠(てんざんこう)と呼ばれる必殺技の一つだ。

彼女が門扉を吹き飛ばした事で、総督府の防衛機能は完全に破綻した。この機を逃さぬとばかりに、控えていたペエタアが猛然と敷地内へ突入を開始する。ロズリーヌと互いに言葉を交わした訳ではないのだが、この絶妙とも言える阿吽の呼吸は、長年の信頼関係が築き上げたのだと推察された。


腰の日本刀が暴れないように左手を添えながら敷地内に飛び込むと、勢いはそのままにペエタアの射るような視線だけが忙しく動く。

(正面玄関から屋敷に続く通路、人の気配無し。通路から左側は使用人宿舎と厩舎、これも人の気配無し。通路から右側に警護隊詰所、衛兵二人発見。詰所も灯りが着いている)

ペエタアが発見した衛兵二人は酷く慌てながら正門側に目を凝らしている事から、音に驚いて慌てて詰所から出て来たように見え、どうやら夜明かし番ではないのが伺える。そもそも大した騒乱がこのイリネイの地に今まで無かったのか、衛兵や番兵、警備兵が能動的に活動せずに平和を謳歌していたように見えるのだ。

だが、そうであってもペエタアが彼らに手心を加える事は無い。衛兵二人を見詰める視線は、まさに戦闘機が敵を捕捉した際のロックオンに同じ。……排除すべき対象以外の何者でもないと言う、残酷な認識に瞳は輝いていたのだ。


「な、何だ?何の音だ!」

「誰だ貴様は!」


猛烈な勢いで暗闇から迫り来る影に気付いた衛兵は、身に迫る危険を肌で感じて剣を抜くのだが、時は既に遅かった。まるで将棋の香車の駒のように直線的に肉薄したペエタアは腰の剣を抜いて高々と掲げ、遅れてやって来た左手を(つか)に添えて斬撃の型を完成させていたのである。


「きええええっ!」


曇天(どんてん)に包まれていたイリネイの夜、微かに開いた雲の切れ間から月の明かりが差した瞬間、ペエタアの奇声と共に衛兵の悲鳴が辺りに響く。振り上げた刀を斜めに振り下ろし、衛兵を一刀の元に切り捨てたのだ。そして一度刀を振り下ろしただけでその動きは完結せず、隣にいたもう一人の衛兵に向かい、今度は刀を振り上げたのである。


「いやあ!ギャアア!俺の腕が、腕があああっ!」


右腕を失った衛兵が絶叫しながら地面をのたうち回る。二人目への斬撃は失敗したかのようにも思えるのだが、ペエタアの意図する所は別にあった。一人は倒したとしても、もう一人は手傷を負わせて苦しませ、上げる悲鳴や助けを乞う声で、まだ警護隊詰所に詰めている衛兵を釣ろうと考えての結果だったのだ。ーーそれが証拠に、衛兵の悲鳴にただならぬ状況を感じ、警護隊詰所内から複数の声が行き交い始め、詰所だけでなく総督府本館や使用人宿舎にもまでも明かりが灯り始めている


「ロズ姉さん、(われ)の右!右に警護隊詰所!」

「了解、大騒ぎして来るよ!」


後から追って来たロズリーヌが颯爽と駆けて行く。彼女はこのまま詰所へ突入し、まだいるであろう衛兵たちを殺さない程度に盛大に痛めつけ、増援の有無や傭兵ギルド『TBO社』との繋がりを確認する積もりなのだ。


「……あの魔族の奴隷たち、あんたらが画策した訳じゃねえだろうが、見てない聞いてない知らないとは言わせねえ。あんたらには立派な罪がある」


右腕を押さえて地面をのたうち回る衛兵を見下ろしながら、ペエタアは小さな声で呟き始める。心臓の鼓動に合わせてリズミカルに吹き出す血は、そこまで描写すべきなのかと寒気をもよおすほどだ。


不作為(ふさい)の罪。何か出来たはずなのに、何もしなかった事で最悪の状況を育んだ罪だ。お前たちには魔族の命を救えるだけの力はあった。だがそれを為そうとはしなかった。他人の命を軽く見る奴は、自分の命も安く見られてんだよ」


自分に言い聞かせているのか、それとも足元でうごめく衛兵に言っているのかは分からない。分からないのだが、それを言い終えて直ぐにペエタアは刀をズブリと刺して、それをもって衛兵へのトドメとした。


悲鳴と怒号に包まれる警護隊詰所。間違い無くロズリーヌが台風の目となって暴れ回っているのだが、ペエタアは続けて突入せずに周辺警戒にとどめている。あくまでもこれは威力偵察であり殲滅行動では無いので、やがて外部から来るであろう増援の反応を伺っているのだ。


ジョブ【ローニン】を選択しているペエタア。ローニンとはサムライの派生系ジョブであり、『剣士』からクラスチェンジする事が可能である。ただ、このキングダム・オブ・グローリーにおいてのクラスチェンジや上級職の存在は、必ずしも基本ジョブよりも能力値が高いとは言えない。必ずそれぞれの職業にはクセがあり、クラスチェンジが結果として良かったか悪かったかは一概に言えない。自分のプレイスタイルに合わせてジョブ選びをする事が一番大事であり、基本ジョブだった剣士や戦士をずっと続ける者も少なくないからだ。

このゲームはスタート時に所属する国家を決めるところから始まる。アルドワン王国や亜人の国、そして西方の騎馬民族がそれだ。チュートリアルが終わった後ならば所属する国家から独立する事も可能なのだが、このサムライと言いジョブに関しては、国家に所属している際は主君に仕えるサムライとしてジョブ表記され、名誉に関するありとあらゆる制約が課されるのだが、所属する国家が無いとサムライ表記はローニンへと変わる。――ナフェス荒野でスタートしたペエタアは、支える主君のいないサムライ、つまりローニンの道を選んだのだ。

ペエタアももちろん、三つの願いを持ってこのフィールドにいる。それが一体どのような形のユニークスキルとなっているかは後日判明する事となる。なぜならばこの夜、ペエタアの活躍はこれで終わってしまう。ロズリーヌは暴れ続け、ペエタアは威力偵察らしく周囲の変化に気を配り続けるのだが、事態の進行と変化は、彼らとは別の場所で起ころうとしていたのである。そこはどこか?――マルヒトとヒナに対して、死神と言う名の危険が差し迫っていたのである。



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