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62) メタル吟遊詩人


 ロズリーヌやヒナ、ペエタアにマルヒトが想いを一つにした次の日の夜。作戦はいよいよ決行されようとしている。それは魔族の奴隷たちにとっては直接的には関係の無い行動となるのだが、結果としてより多くの奴隷を安全に解放するための作戦であり、避けては通れない過程と位置付けられた。ーーそれが威力偵察。敵の応戦能力を推し測る作戦だ


 今、彼らはイリネイの闇夜に潜み、その足取りをイリネイ総督府へと向けている。折しも今日、キンギダム・オブ・グローリーの今年度大型アップグレード第一弾として『北方ディスノミア』マップが実装された。これによりほとんどのプレイヤーがワールドマップ北側に意識を向け、様々なSNSのトレンドワードのトップにディスノミアの名前が冠されている時、ロズリーヌとヒナ、そしてペエタアとマルヒトの四人は、イリネイ総督府の荘厳な館と立派な正門を視界に収めていたのである。


「イリネイ総督府威力偵察作戦」の概要とはこうだ。イリネイ総督府の正門を強行突破して敷地内に侵入、総督府本館ではなく警備隊の詰所を襲撃して、警備隊兵士の応戦能力を探る。さらには通報によって駆け付けるであろう外部からの増援部隊を待ち、増援部隊の規模や所属(イリネイ管区の警備隊か、RBO社か)を確認した後に戦闘領域から安全地帯に離脱する。極めてシンプルな概要ではあるが、これを行う事でどこを優先して襲撃すれば効率が良いのか、または奴隷の生存率が高くなるかなど、奴隷解放作戦の具体的な道筋が見えて来るのだ。そして今四人は総督府を前にして具体的な活動に入ろうとしている。いよいよ襲撃の始まりだ。


「じゃあ、手はず通りに始めるよ」

「ヒナちゃん、たぶん大丈夫だとは思うけど、マルヒトの事よろしくね」

「分かりました。ロズリーヌさんもペエタア……ペエさんもお気を付けて」

「ロズ姉、ペエさん、派手に頼むっすよ」


 四人で円陣を組むように囲み、面を突き合わせて互いの表情を確認する。撲殺天使のロズリーヌと洋風サムライのペエタアが突入組となって総督府を強襲し、ヘヴィメタ風トルパドール(吟遊詩人)のマルヒトは後方で援護役、さらにレンジャーのヒナはマルヒトの護衛役を任されている。「それじゃマルヒト、よろしくね」と彼の肩をポンと叩き、ロズリーヌとペエタアは不敵な笑みを浮かべながら、肩を並べて威風堂々と正門へ歩き出した。


「さてと、それじゃあとっておきの一曲、やるっすよ」


 舎弟(しゃてい)言葉がミスマッチな吟遊詩人は、担いでいたギターケースから楽器を取り出して構える。彼が抱えたのはこの時代設定からいって弦楽器の主流となっている『リュート』なのだが、不思議なことにリュートの主流である十二弦ではなく六本の弦しか引かれていない。これではまるで、リュートではなくアコースティックギターではないかと指摘されそうなのだが、楽器に疎いヒナが分かるはずも無い。


 九十年代のボンジョビを想像させるようなフワフワのヘヴィメタカットに、光沢のある革ジャンに革パンツ姿のマルヒト。剣と魔法と封建主義の時代設定から逸脱したかのようキャラクリエイトを行った彼は、そのギターの弦を右手四本を使って器用に弾き始める。それは和音を一気に奏でずに「ドミソドミソドミソドミソ」と言ったように、和音を段階的にリズムとして刻む『アルペジオ』の奏法だ。


「よし、静寂の詩が完成した。これで半径三百メートル内の騒音が外に漏れる事は無いっす」


 ヒナにそう説明しながら、ぎこちないウインクを送るマルヒト。アルペジオ奏法を一旦止めながら「一回ビンガーを見るっすよ」と言い、ジャアン!と弦を強く弾く。


「ふむ、周辺に不審者の影無し。状況開始に支障無しっす」


 ヒナに説明した『ビンガー』とは反響音の事。つまりマルヒトは弦を強く鳴らして周辺から戻って来る反響音の中に、違和感があるか無いかを確かめたのだ。つまり彼はこの場で楽器を使い、驚くべきことに潜水艦のように音を鳴らして敵の有無を確認したのだ。


《音声パーティーチャットよりこちらマルヒト、ペエさん感明送れ》

《こちらペエタア、感明良好、送れ》

《こちらマルヒト、周辺異常無し、送れ》

《こちらペエタア、了(了解)、これより状況を開始する、終わり》


 パーティーチャットを使っての最終確認が終わる。ペエタアとロズリーヌは互いに顔を合わせて一度うなづき、そして前のめりになる。彼らの先にあるのは、深い堀で囲まれた総督府本館。堀をまたいで正門に続く桟橋は上げられており、門番の姿は無い。堀で囲む事と高い壁で外界から途絶したような環境になっているから、夜は門番の衛兵たちも敷地内の警備だけに留まっているようだ。


 その堀の先に見える正門に向かい、ロズリーヌとペエタアは無言で全力疾走を開始。二人とも号令など出していないのに激走を始めており、息がぴったりと合っている。そしてそのまま全力で堀をジャンプして飛び越え、二人は正門の目の前へと躍り出たのだ。


「良いっすね、ここから派手なの行くっす!」


 ジャカジャン!と、アルペジオ奏法の優雅な旋律から一転し、マルヒトは暴れるようにギターをかき鳴らす。左手の指もコード進行のように二本三本とがっちり弦を抑え、それはまるで深夜の駅前でギター演奏に没頭する若者のようだ。


「ヒューマンギターアンプ発動っす!戦乱の詩ぶちかますっす!」


 ――いやこれ近所迷惑!―― と尻込みしながら見詰めるヒナの前で、暴れるように弦を弾くマルヒト。目を瞑って悦に入るような表情は、それまでの舎弟言葉のマイルドヤンキーやヘヴィメタ姿の青年からは考えられないようなエネルギッシュさで、魂の解放すら感じられる。


「エフェクター、オーバードライブON!リバーブON!響け血みどろの調べ、轟け殺戮の讃歌!」


 近代戦MMOレジオン・オブ・メリットでプレイヤーの一人であったマルヒトは、レジオンのサービス終了からのキングダム・オブ・グローリー移籍時において、特典であった『三つの願いに』関して、こう要望を出していたのだ。

 ――ジョブは吟遊詩人を選定するが、それを前提とした上で三つの願いを要求する。一つ、楽器は好きに加工させて欲しい。一つ、音質を操作したいので、各種エフェクター装備を可能として欲しい。一つ、エレキギターは不可だと理解しているが、自分自身がギターアンプとなるならば可能ではないか?ユニークスキル【ヒューマンアンプ】を認めて欲しい。

 ペエタアと同じく、マルヒトは陸上自衛隊の卒業生であり、当時の空気を楽しむためにレジオン・オブ・メリットにプレイヤーとして参加していたが、ファンタジー世界に移籍する事となった彼は、プレイ方針をがらりと変えたのである。――剣や魔法に興味はないけど、学生時代から趣味でやっていたギターを活かせないか?と


 彼が三つの願いに詰め込もうとしていたのは、まごう事なき「ヘヴィメタルで演奏されるエレキギター」。だがそれが叶わぬと理解していたからこそ、彼なりに作戦を立てたのである。

 エレキギターは様々な音質に変化させるエフェクターと言う装置をいくつか繋ぎ、そしてエフェクターからギターアンプを繋ぐ事で初めて音が出る。だがKOGの時代設定上エレキギターと電子装置を希望すれば必ず却下されるであろう。だからユニークスキルとして認められる範囲で提案しよう。ハープやリュートなどの深みのある多弦楽器はいらない、六弦ギターで充分だから、楽器加工のスキルを提供してもらう。そしてエフェクターやギターアンプの電子機器は不可だろうから、自分がアンプとなって体内のエフェクターで楽器の音質を変える……つまりユニークスキル・人間アンプの完成だ。

 このマルヒトからの提案が三つの願いとして受け入れられ、彼は剣と魔法の封建主義世界において、初のヘヴィメタル吟遊詩人へと生まれ変わったのである。


 マルヒトが奏でる『戦乱の詩』、味方パーティーに戦意高揚を与えて、敵に対して戦意喪失を与える効果を基本とし、味方パーティーメンバーには時間経過と共に戦闘力がどんどんとプラス1が累計加算されていく詩。この援護を一身受けたロズリーヌとペエタアの鬼神のごとき戦いが、今始まったのである。



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