61) 本気の威力偵察 後編
イリネイの街にある宿屋『青山羊亭』のとある一室。街は寝静まり静寂の闇が包んでいるのにも関わらず、この部屋だけはランプの煌々とした仄赤い灯りが外に洩れている。隠密偵察に出ていたペエタアとマルヒトが部屋に帰還し、偵察内容の報告をロズリーヌたちに行っていたのだ。
――この街は真っ黒だ――
二人は口を揃えてそう言うのだが、具体的にこの街の何が真っ黒なのかと問うと、それについては多岐に渡ると二人が答える。そしてその内容について詳細な報告を始めると、驚くべき事実がロズリーヌたちにもたらされたのだ。
鉱山労働者とその家族、そして鉱物加工業者や物流業者など、労働者の溢れる力強くて賑やかな街と言うイメージを持つこのイリネイには、深い深い闇が存在する。――魔族の奴隷を利用した経済の底上げがそれだ
先ずは繁華街。飲食街から一歩路地の裏に入ったところに並ぶ遊廓などで、約二百人ほどの魔族の女性が奴隷として拘禁され、強引に客を取らされている。
遊郭に魔族の女性を卸しているのは奴隷商。イリネイの街に三件ほどあり、それぞれの館の地下室には売り物として百名ほどの魔族が囚われている。この魔族たちは“仕入れ”られたばかりの新鮮な奴隷であり、うら若き女性だけでなく老若男女を地下室で監禁。それぞれの売り先に振り分けられるのを待つ状態。
更に、イリネイの街の南外縁に作られた収容所の様子も判明した。鉄条網と監視塔に囲まれて、閉塞感の中で整然と並ぶ無数のバラック小屋は、鉱山労働に駆り出される魔族の奴隷たちがすし詰め状態で閉じ込められており、推定で千人ほどの魔族が監禁される、文字通りの強制収容所である事が判明した。女性以外の老人から子供までがここに収容され、鉱山労働においては常に危険な場所へ送られている。人間の労働者……つまりアルドワン王国国民の身代わりを強いられていたのだ。
「強制収容所の裏に大きな穴が掘ってあって、無数の遺体が投げ込まれていたっす」
「ああ、さすがにこれは人間のやる事か?って感じの胸糞悪い話だ」
「マルヒト、ペエさん、ご苦労様。他に監禁されてる魔族はいた?」
ロズリーヌ、ヒナ、ペエタアとマルヒト。四人でテーブルを囲むその中央には、ペエタアたちが用意した赤青黄色の様々な色付きの毛糸が置かれ、大きな輪を作って街の形を模したり強制収容所を模したりと、さながら簡単な街の概略図となっている。これは陸上自衛隊など歩兵部隊が野戦の際に行う手法で、わざわざ地図帳を引っ張り出さなくても、地面の上に紐で地図を形作って打ち合わせが行えるやり方だ。
「いろいろ探ってみたけど、他の場所は無かったっすね」
「街の中央にあるイリネイ総督府や大きな商館でも、メイドや下働きの者たちは皆人間だった」
「なるほどね。つまり魔族の奴隷ってのは本当に使い捨てなのね」
「ロズ姉さん、そこに奴らが絡んでる。奴隷商、遊郭の警備、そして強制収容所の監視などそれら全てをローカル・バトル・アウトカムズ社が請け負ってる形だ」
「つまり魔族の奴隷は、RBO社の独占商品って事っすよ!」
ここまで残酷な環境を作るのかと呆れる四人。確かにこのキンギダム・オブ・グローリーの世界設定は近代ではない。民主主義が誕生する遥か前の荘園制貴族主義社会であり、もっと言えば強い者が簡単に『法』を名乗れる乱暴な社会である。「ゲームだから何でもあり」とか「所詮はNPC」と自由度の高いゲームだからと言っても、わざわざそこまで人の負の部分を形作る必要はないはず。人類と魔族……決して相入れぬ存在ではないはずなのに、ここまで人の精神を貶める必要はあるのかと憤りを覚えていたのだ。
「RBO社か……まさかこのゲームで中佐を思い出すとは思わなかったわ」
「ロズリーヌさん、そのRBO社とか中佐ってレジオン時代からの知り合いなんですか?」
「知り合い?あんな外道な連中知り合いじゃないわ」
「ヒナちゃん、奴らはレジオン全プレイヤーの敵っすよ」
「そうそう、俺らやロズ姉さんも酷い目に遭った側でね、アイツら人の心なんか持ってないんだよ」
ヒナを前に、ムキになってもしょうがない。ロズリーヌは一旦気持ちを落ち着かせながら、キョトンとしているヒナに向かい丁寧に説明する。
「通称で中佐と呼ばれるパウル・ランデスコープは、“死体撃ちのパウル”とも呼ばれてたプレイヤーで、TBO社って言う名のギルドマスターをしてた。死体撃ちやフレンドリーファイアなんて日常茶飯事で、とにかく自分が楽しけりゃ何でも有りってタイプ。ルールやマナーなんて何一つ守らなかったヤツよ」
「チート使いじゃないんですか?」
「チートを使ったって話は聞かなかったな。そう言う一発BAN行為が無い分、マナーの悪さが際立ったのかも」
「ロズ姉さんの言う通り。RBO社は敵軍にいると強敵チームで、味方軍にいれば俺たちまで悪者になっちまうギルドだった」
「中佐の得意マップは市街戦で、一般人のNPCに自爆ベストを無理矢理着させるんすよ。それで家族を人質にして自爆特攻させるんす」
聞けば出るわ出るわの悪評の嵐。レジオン時代にそう言う悪質なプレイをやっていた者が、今このKOGでも同じ質のプレイをしていると思うと……。ヒナは怒りを通り越して寒気さえ覚えている。このイリネイの地で起きている奴隷問題の元凶が実は、全て中佐の計画なのではないかとさえ思えて来るのだ。
「私たちがいたギルドで、RBO社の一番の被害者はヒロトかも知れない。何の罪も無いNPCが自爆特攻させられてた時、彼は仲間を守るために何度も引き鉄を引いたの。だからこのイリネイの街に中佐の存在を知ったら、彼はたぶん怒りに任せて暴走する。……ヒナちゃん、ヒロトを止めるためにも魔族の奴隷を解放しよう」
「ロズリーヌさん、私も今そう思ってました。一部のプレイヤーの悪質なプレイで、結果的に私たちが気分を害している。剣と魔法の乱世の時代だから、何やっても許されるなんて有り得ないです!ギリギリセーフを狙うような奴らのために、ヒロトや普通の人たちが心を痛めるなんて!」
感情に流され、怒りを爆発させるヒナだが、勢い余って泣き出しそうになり、への字に口を結んで必死に堪える。それを見たロズリーヌやペエタア、マルヒトは、旧ゲームの腐れ縁ではなく新しいゲームで出会った新たな仲間にシンパシーを覚えたのか、澄んだ瞳を彼女に向けている。
「ペエさん、やるっすよ」
「ああ、やろうぜ」
「ペエさん、マルヒトやろう。魔族を助ける事が、ヒロトを助ける事に繋がるのよ」
「みなさん、私も手伝います。私も手伝いたい!」
一つの目標を前に、心を一つにした四人。この少人数でどう立ち回るのか、具体的な作戦会議が始まった。意外にも作戦の立案はロズリーヌではなく、部隊のしんがり役であった洋風サムライのペエタアでもなく、ヘヴィメタ崩れのマルヒトがアイデアを出して会議を進行させている。今は『トルパドゥール(吟遊詩人)』のジョブで登録しているマルヒトも、当時レジオン時代は分隊のレディオマン(通信兵)として活躍していた。常に情報の渦の中心にいたのだ。情報管理を行う事と、マスターチーフに付いて回っていた事で、戦術構想を立案出来るスキルが身に付いていたのかも知れない。
――この流れだと、すぐにでも殴り込んで大暴れって感じでしょうが、それは愚策っす。マルヒトの提案はそこを起点として立案されて行く。誰にも知られず『隠密偵察』で集めた情報は、確かに情報精度は高いがそれで敵の概要全てが丸裸になったとは言えないと言うのだ。
「RBO社のプレイヤーとNPCが総勢何名所属しているのか、どれくらいの比率で部隊が要衝に分散配置されてるか分からないっす。それと部隊間の横の連携がどれだけあるかも未知数っす。さらには、RBO社とイリネイ総督府警備隊の連携も見えてないっす。それが分からないと、俺たちが拠点を強襲する手順や成功の可能性も見えてこないっす」
「なるほどな、マルヒトは威力偵察の必要性を考えてんだな?」
「なるほどねえ、マルヒトって結構頭が良いじゃないのよ」
納得する者たちを傍目に、首を傾げてポカンと呆けるヒナ。専門的過ぎたかなと苦笑するロズリーヌたちは、威力偵察と言う行動の必然性について説明する。
――戦場での偵察任務については、目的の異なる二種類の偵察行動がある。一つは『隠密偵察』、敵軍兵士に発見されないよう深く静かに敵地に潜入して、敵地の陣形や装備や人員の数を把握する偵察行動がそれだ。そしてもう一つの『威力偵察』とは、敵地に潜入した後に意図的に敵軍部隊と接敵して、交戦を行うと言うもの。これにより敵軍部隊の規模から各種装備の量と、増援されるであろう敵軍部隊の規模や到着までの時間を測る、言わば敵軍の応戦能力を探る偵察である。マルヒトはRBO社とイリネイ総督府警備隊の応戦能力を測らないと戦えない、時代劇みたいに無策のままいきなり悪代官の館に乗り込めないと主張したのだ。
「私はマルヒトの提案に賛成よ。いくら私たちがユニーク持ちでも、少数部隊では限界がある」
「俺も賛成。ヒナちゃんはまだ理解に苦しむかも知れないけど、威力偵察はやった方が良い」
「なんとなく……必要だなって気になっては来るんですけど、それで威力偵察を行うとして、マルヒトさんはどこを狙おうと?」
マルヒトに任せる派二名
良く分からないけど良いと思う派一名
その合計六つの瞳が集中する中、ヘヴィメタ崩れのような様相の吟遊詩人は、胸を張ってこう答えたのだ。
「街の真ん中にあるイリネイ総督府を強襲するっす。収容所や奴隷商の地下牢、RBO社の兵舎を襲えば奴隷解放作戦に勘付かれるかも知れないから今回は無しっす。総督府に破壊工作する事で、敵の応戦能力、援護の即応能力、総督府とRBO社の連携能力を見極めるっすよ。ヒロトも気付いてくれるかも知れないこの作戦、かなりガチ目でやりますよ」
こうして、このイリネイの街に騒乱の火種が着火される事が決定したのである。




