6) 何よりも君が一番不思議だよ
大陸の中央にある古き王国アルドワン、その王の名前を取った王都エミーレ・アルドワンをスタート地点として『キングダム・オブ・グローリー』のプレイヤーライフは始まる。KOGがリリースされ数年の間は、東へ東へとマップの解放が実施されて、探検を常とするプレイヤーたちはとうとう東の大海へとたどり着いた。しかしその大海が最東端のゴールだとアナウンスはされず、その海の更に東に何かを匂わせたまま、運営は王都から西側に向かってのマップの解放を随時行なって来た。
今ヒロトとヒナのいるナフェス荒野も、運営が行って来た大陸西側のマップ実装に伴って解放された地域であるのだが、ナフェス荒野は「辺境」として実装されており、運営イチオシのマップではない。大々的に宣伝されてプレイヤーの注目を浴びたのは、ナフェスよりも北に存在する西海岸『セントルビアス』。まるで地中海を表現したかのようなその風靡な景観と豊かな自然、そして溢れる資源は、その年の話題とプレイヤーたちの人気を全てかっさらうほど。つまり、セントルビアスよりも赤道側に存在するナフェス荒野は添え物に過ぎず、サボテンだけが彩る赤茶けた風景にプレイヤーの多くは冒険の期待を見出さなかったのである。
「新しく実装されたマップは、辺境になればなるほどに治安が良くない。AIの住人の友好値も低いし、プレイヤーが自治を行うには、それ相応の巨額な投資を行わなければ統治は無理だ」
「そうね。天然資源や農業特産物が魅力的なら、経済ギルドだって食指を動かすだろうけど……」
「つまり最初から見捨てられた土地が、このナフェスなんだ。痩せたトウモロコシと痩せたトマト、クセの強いサボテン酒になど誰も興味を示す訳が無い。だから反社ギルドのジョステシアやレヴォルシオンが街に住み着いたんだよ」
「なるほど、NPCの自警団も無力で、辺境だからバウンティハンター(賞金稼ぎ)も単独でやって来ないだろうし、結局ここは悪党天国になっちゃったのね」
ヒロトとヒナは、ナフェスの街にやって来た。ヒナの案内で第三の反社ギルドであるルーチャの拠点に乗り込むのは容易いのだが、ヒロトがその前に寄りたい場所があると言ったため、ヒナは今ヒロトの後に従っている最中だ。馬を街の外れに置いて歩きながら喋っているのだが、ヒロトがどこに向かっているのかはまだ明かされてない。
「ジョステシアとかレヴォルシオンとかルーチャとか……。聞いた事が無い単語だけど、ここの反社ギルドは海外プレイヤーが運営してるの?」
「三つともスペイン語だよ、たぶんメキシコあたりをイメージして命名したんだろうな」
「スペイン語だったのかあ、スペイン語はさっぱりダメ」
「ジョステシアはジャスティス、正義の意味。レヴォルシオンはレボリューション、革命の意味。ルーチャは闘争とか闘うって意味」
「ふええ、ヒロトって物知りなのね」
「そうでもないよ、広く浅く……だね。それで、ジョステシアは日本人プレイヤーが運営してるけど、レヴォルシオンは海外プレイヤーが運営してる。ルーチャは良く分からん」
「こんな辺境に、日本人プレイヤーっているんだ!」
「驚かないでよ、オレだって日本人だから」
苦笑するヒロトに気付き、慌てて取り繕うヒナ。そう言われれば、ヒロトと会話している際の遅延が無い……即ち言語の翻訳ディレイが無くとんとん拍子に会話が進む事に、ヒナは今更になってようやく気付いたのだ。
だがここでヒナは思う。こんな血の果てで日本人プレイヤーが反社ギルドを運営しているのも驚きだけど、何で君もいるの?と。
――見えない海を見詰めていた少年。治安の悪い辺境で無防備でも平気な少年。名前を出すとNPCたちが笑顔になる少年。何よりも君が一番不思議だよ――
赤茶けた土の壁で作られた無数の家々。街の中でも砂塵が舞う赤い世界で、すれ違う街の人々は無条件でヒロトに笑顔を送り、穏やかな挨拶を交わして行く。街のNPCたちとヒロトがどのような交流をしているかは分からないが、まともに目も合わせないような、友好度ゼロの住人たちがヒロトだけを特別扱いするのは、驚異的な事実である。
「さあ着いたよ」
二人がたどり着いたのは赤土で作られた平屋の住居ではなく、硬いレンガを積み重ねた二階建ての大きな建物。高い壁に阻まれたそれは、門の鉄格子を通じてかろうじて確認出来る。まるでそれは街の実力者を誇るようにも見え、ちょっとした要塞だ。
「あ、表札が付いてる!おまけに……じょ、じょすてしあ……日本語?」
「そう、ここはナフェスの街の最大勢力、ジョステシアの拠点だ。これからここの組長に話をつける」
「く、組長って!それに話をつけるって一体……」
門の裏に警護の用心棒がいる事を知っているのか、ヒロトは鉄格子の扉を荒っぽくガンガン叩く。するとすすっと用心棒が二人顔を出しながら、いかつい顔で訪問者を威嚇しようとするのだが、ヒロトの姿を見てあっという間に青ざめる。
「ヒ、ヒロトさん!さ、三か月ぶりですね!」
「誰かと思ったら……すんません」
急に態度が丁寧になった用心棒たちは、重い鉄格子の扉のロックを外して、いそいそとヒロトたちを招き入れる。
「ヒナ、この街はね、反社ギルドが自警団を兼ねてるんだ。だから住民からは必要悪として存在を認められていたんだ。だけどルーチャと言う第三勢力が出て来た事と、そいつらが人質ビジネスを始めた事。街が再び荒れる原因……その責任を追求されるのは、このジョステシアだと思わないか?」
ヒナに向かってそう説明するヒロトだが、ヒナは背筋に冷たいものを感じていた。なぜなら彼の眼光は酷く冷たく、それでいて苛烈な殺意を隠そうともせずに、瞳から並々と溢れさせていたからだ。