59) “面白い”とは
イリネイの街を照らしていた朝陽はやがて天井に昇り始め、夫を鉱山に送り出した妻たちが昼食に悩み始める頃。中央政都モウンタニャアズールや王国王都エミーレ・アルドワンから街道を伝い、どんどんと連絡便の馬車が入って来る。もちろんこれは観光目的の旅人を運んでいる訳ではない。元々イリネイに観光資源などは皆無に等しく物流がほとんどである事から、積荷は鉱石を使った鍛造品やその交換品。積荷が物流品でなく人であってもそれは、労働希望者やイリネイの街でビジネスを興そうとする者ばかりである事からも、イリネイの街の特色が見えて来る。
イリネイの街外縁にある巨大な北門を潜り抜けながら、軽快な蹄と車輪の音を鳴らし、列を成した馬車がどんどんと入って来る。この時間帯は王都からやって来る定期便がピークに達する時間帯であり、単独で門を叩く“訳あり”の怪しい者たちは入って来ない。必然的に関係者が街に溢れるようになるのだが、門をくぐり抜けた馬車の一つが停まり、二人の若者が石畳に足を下ろした。二人は物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回している事から、この街に関係する者ではないと伺えるのだが、あまりにも堂々としているその態度が幸いして、“呼ばれて来た新参者”だと周囲から見られている。
――誰に呼ばれたのかは別として――
街行く人に聞いたのか、その二人の若者は街の中心街に向かって歩き出す。二人とも男性で見た目は若い。一人はギターケースのように曲線で形作られた大きな箱を持ち、もう一人は革製のボディアーマーを身につけながら曲刀を腰に下げている。方や音楽関係者で方や傭兵とまるで統一感の無い二人なのだが、それでも肩を並べて歩いている事から、知人であるのは間違い無さそうだ。
いよいよ太陽が空の頂点に辿り着き、世界に君臨するかの如き輝きを放ち始める。それまではカラッとした高地の風が山々の緑の香りを街に運んでいたのだが、街の石畳や石造りの家が熱を帯びた事で風は収まり、炎天下の時間帯がやって来た。街に住む者たちにとっては屋内に逃げ込む時間、つまりは昼休みの始まりだ。中心街に向かって歩く若者二人も熱気にうんざりしながら額に汗を滴らせるのだが、どうやら目的地に辿り着いたのかピタリと足を止めた。
二人の視線が交差する点には吊り下げられた看板があり、“青山羊亭”の文字が刻まれている。どうやらそこは旅館であり、一階の出入り口からは人々の賑やかな声が聞こえて来る。どうやらそこは二階から上が宿泊所で一階は食堂になっている典型的な“宿屋”だ。
「ここで間違い無さそうだ」
「そうだな、ここで間違い無い」
“音楽家”と“剣士”は淡々と事実を確認し、臆する事も無く青山羊亭のドアを開けて中に入って行く。
「いらっしゃいませ!お兄さんたち旅の人かい?それとも食事だけ?」
中に入った瞬間、ホール係をしていた少女から二人に声がかかる。この手の宿は宿泊客だけに料理を振る舞うのではなく、昼間は定食屋で夜は居酒屋として営業している事から少女はそう問うて来たのだが、二人が判断する前に思わぬ方向から第三者の声がかかった。
「おおいマルヒト、ペエさん!こっちこっち!」
二人が振り返るとそこには、天使族の女性と人間の少女が食事を取る姿が。天使族の女性が手を振り「こちらに来い」と、二人を誘っているではないか。
「ロズ姉さん!」
「いやはや、ご無沙汰してるっす!」
それまでの態度を百八十度変えたかのように、二人は笑顔で天使の元に駆け寄る。そう、この若者二人に声を掛けたのはロズリーヌであり、ヒナとロズリーヌが昼食を共にしていた時に、この二人の青年が現れたのである。
「昼はパンと山羊乳のシチューセットだけ。お兄さんたちもそれで良いでしょ?」
ロズリーヌやヒナとテーブルを同じくした二人に、ホール係の少女はそう言って承諾を求めて来ると、それでお願いとロズリーヌが口を挟みながら、この二人も長期で泊まるから部屋の手配お願いねと、少女にウィンクした。
「さて、二人とも良く来てくれたわ。先に自己紹介をしましょう。私の隣にいるのはヒナちゃん、私の護衛対象で表向きはクライアント。実はこのゲームで初めて出来たフレンドでマブダチよ」
「ヒナです、王都で雑誌社の記者やってます。よろしくお願いします」
……ロズリーヌさん、フレンドでマブダチって言ってくれるのは嬉しいけれど、だからと言ってセクハラ許した訳じゃないですからね
若者の男性二人を前に、お尻を触っただの昨日は胸を触っただの、いいじゃんそれくらい減るほどの量無いしと“かしましい”会話が始まるのだが、目が点になって硬直している事に気付いたロズリーヌは、苦笑しながら自己紹介を再開する。
「それでね、ヒナちゃん。こっちの日本刀を装備した洋風サムライはペエさん。ペエタアってアカウント名だけどクッソダサいから、昔からペエさんって皆んな呼んでる」
「クソダサいとか酷い言われようですね。はじめましてヒナさん、ペエタアだけどクソダサいらしいから、俺の事はペエさんと呼んでください」
「ヒナです、よろしくお願いします」
ヒナとの初対面で名前をこき下ろされてしまったペエタアだが、ロズリーヌはちゃんとアフターフォローを入れる。私やヒロトとこのペエさんとは、レジオン時代のギルド仲間であると。そしてペエさんは分隊の“テールガン(しんがり役)”として仲間から絶大な信頼を寄せられていたと。
「そしてヒナちゃん、こっちの売れないヘヴィメタ野郎みたいな格好してるやつの名前はマルヒト。ペエさんもマルヒトも実は自衛隊さんの卒業生で、同じ部隊で知り合ったまんまゲームも一緒に遊ぶ仲になったのよ」
「そうなんですか。ヒナです、よろしくお願いします。マルヒトさんもレジオン時代はヒロトと同じチームだったんですか?」
「そうっす、俺は分隊のレディオマン(通信兵)やっててたから、ヒロトとは近かったすね」
「おいおいマルヒト、ヒナちゃんの方が間違い無く歳下なのに、舎弟言葉なのおかしくない?」
「いやもう、女の子怖いもんで……ロズ姉さん勘弁してくださいっす」
――ああ、最近リアルで嫌な事があったんだろうな――
ロズリーヌやヒナ、そして隣のペエさんまでもがマルヒトに対して憐れむような視線を投げるのだが、当の本人は気付いていない。それどころか、前向きに“自分たちが呼ばれた理由”をロズリーヌに問い掛けて来たのだ。
「ロズ姉さん、一体KOGで何が起きてるんすか?俺もペエさんもギルド解散式以来久々のログインで、まるっきり話が理解出来てなくて」
「マルヒトの言う通り。ロズ姉のメールだと、ヒロトが危ないとからとにかくログインしろって……」
「えっ、えっ!ロズリーヌさんそうなんですか?私にはヒロトの現状とかあんまり教えてくれませんでしたよね」
質問に対して長い解答を要求して来るペエタアとマルヒト。ヒロトの名前が上がった事で動揺するヒナ。(いかん、これは最初から説明せねば)と面倒くさそうな表情を浮かべるロズリーヌではあるのだが、目の前の二人が納得した上で今後の活動に参加してもらいたいと思うのも確か。一計を案じた彼女は不敵な笑みを浮かべながら胸を張った。
「ペエさん、マルヒト良く聞いてちょうだい。ヒナちゃんもね。キングダム・オブ・グローリーはもっと面白くなるらしいわ、ミリタリー系の私たちも満足出来るほどにね。これはマスターチーフからの伝言でお墨付きよ。そこで私たちはヒロトをリーダーに担いで暴れ回るの、楽しいと思わない?」
「この件って、マスターチーフも絡んでるんすか?」
「ヒロトをリーダーに、か。ロズ姉、それは面白そうだ!」
“面白い”と言う言葉に過剰なに反応した感のあるペエタアとマルヒト。レジオン・オブ・メリットのサービス終了からKOGでの解散を経て、どうやら彼らは今の今まで「面白い」と言う娯楽にとことん恵まれていなかったように見える。
「面白いってのも色々あるけど、先ずはヒロトを助けましょう。このままじゃヒロトは闇落ちすらしてしまう可能性があるらしいの。実はね、マスターチーフからの情報だけど……」
未だに輪郭の見えて来ない“マスターチーフ”からもたらされたウワサ程度の話だが、確実性が無いと言って尻込みする者はここにはいない。合流したばかりのペエタアたちやヒナまでも、ヒロトを助けると言うロズリーヌの言葉に反応して、前のめりとなって聞いている。
たった一人で辺境伯家に反旗を翻し、戦争をも辞さない覚悟で動き出したヒロト。そして彼の名の元に集まり結束を高める新旧の仲間たち。イリネイの街に派手な騒ぎが起こる事必須の打ち合わせが、今始まったのだ。




