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57) 白百合と中佐


 イリネイ鉱山の(ふもと)にある基幹都市イリネイは、昨晩から降り続けた雨がやっと上がり、高地特有のカラリとした太陽光に照らされている。雨雲も散り散りに消え失せて風も止んだ事から、人々はむせるような湿気に包まれたこの街で、汗を拭きながら午後のひとときを過ごしている。


 高い盛土(もりど)で形作られた巨大な円形の街。その外縁にはまるで時計のように等間隔で区切られた十二箇所の監視塔と陣地が形成され、鉱山労働者とその家族で賑わう街の中とは対照的に“物々しさ”が溢れている。

 古来より良質な鉄鉱石の産地だったこのイリネイの山で、大規模な魔鉱石の鉱脈が発見された事が街の要塞化に繋がったのだが、南方の国境線から(にら)みを効かせる魔族の国家に対してだけでなく、全方位に対してイリネイの街が要塞化したこの事実。ラニエーリ家がイリネイを最重要の経済拠点と位置付けている証でもある。


 【ラニエーリ家】

 古くからアルドワン王国の王侯貴族の一柱として栄え、王国領の最南端の地域に自治領を与えられたラニエーリ家は、その経済力と軍事力をもって魔族から王国領土を守る役目を与えられて来た。アルドワン国王から授けられた“辺境伯”の称号も代々ラニエーリ家の当主が受け継いで来たのだが、歴代の当主はその称号に恥じない素晴らしい働きを見せて来た。

 当代においては、前辺境伯の元に男児が産まれなかった事から、前辺境伯の長女であるアルフォンシーナに婿養子を迎える形が取られた。ラニエーリ家の血統に連なる者も大勢おり、権力闘争による“お家騒動”を避けようと考慮した結果の婿養子募集なのだが、これはキングダム・オブ・グローリーにおいて既に終了した超絶難関クエストであった。――現当主はクレメンテ・ラニエーリ。全てのクエストをクリアしたプレーヤーに、ラニエーリ家の妻と辺境伯の称号が与えられたのだ。


 ――だが、お家騒動を避けたからこそ、くすぶる火種もある――

 このイリネイ鉱山の街、近代要塞化された都市の中央にひときわ大きな館がある。広い敷地を高い壁でグルリと取り囲み、街との接点を拒むようなその館はラニエーリ家のイリネイ総督府。ラニエーリ家の血統にある者もしくは、ラニエーリ家に忠誠を誓った武官や文官……つまりクラン(氏族)の者が代理統治者として君臨している場所である。

 山から切り崩した巨石を整然と並べた通路、そしてホワイトハウスのように均整の取れた二階建ての豪邸は、すなわちラニエーリ家の栄光を具現化したような建物なのだが、今その総督府に何やら怪しい気配が立ち込めている。大声では語られないような内容の会談が、今始まろうとしていたのだ――


 場所は総督府の総督室、高い天井から下がるシャンデリアと、広々とした室内に飾られた趣きのある調度品に囲まれたその部屋で、大きな執務机を前に羽根ペンを巡らせていた人物に対して、廊下からへり下った声がかかる。


(エマヌエーラ様、失礼致します。ラニエロにございます)

「ラニエロか、どうしました?」

(プレヴァン子爵様がお見えになりました、いかがいたしましょうか?)

「子爵様がお見えと?何名で来られたの?」

(子爵様お一人にございます。応接間にお通し致しましょうか?)

「いえ、お一人ならばこの執務室にお通ししてください」

(承知致しました)


 廊下で執事の気配が消えた事を確認すると、エマヌエーラは豪奢な椅子から勢いよく立ち上がり、壁に据えてある全身鏡の前へと急ぐ。鏡に映された自分自身を見ながら、髪の毛を撫で付けたりドレスの胸元をチェックしたりと、身だしなみに気を配る姿を見れば、このエマヌエーラと言う女性が、どれだけこの来訪者に気を遣っているのかが伺える。ただ、それが色恋沙汰にとどまるのか、それとも謀り事の共犯者なのかどうかまでは掴めていない。

 この女性、執事からエマヌエーラ様と呼ばれた女性こそ、ラニエーリ家自治領のイリネイ地区総督で、フルネームはエマヌエーラ・ラニエーリ。ラニエーリ家一族の中でも『エマヌエーラ派』と呼ばれる最大勢力のクラン(氏族内グループ)を形作る、派閥のリーダーである。

 元々エマヌエーラは前辺境伯の次女としてこの世に生を受けたのだが、長女のアルフォンシーナに婿養子を迎えて今の体制を維持する事が決定し、エマヌエーラはラニエーリ家一族の中でも子宝に恵まれなかった他の家に幼女として出されたのである。幼女に出された先は同じ一族の中でも、イリネイ地区を統べる前辺境伯の叔父にあたる人物。老齢であった事とエマヌエーラが優秀であった事から、彼女は若くして総督の地を継ぐ事となったのであった。

 この時代を生きる吟遊詩人が辺境伯自治領について唄う際に、良くこの言葉が枕言葉として使われる。――東のダリア、西の百合――と。つまりこれは二人の“元”姉妹を指して表現した言葉なのだが、中央政都モウンタニャアズールには情熱的で活動的な長女アルフォンシーナがいる。そして西のイリネイには理知的で清楚なエマヌエーラがいると言う対比なのだ。


 コンコンコン……と、執務室の扉をノックする音。全身鏡とにらめっこしていたエマヌエーラは動きをピタリと止め、高揚する表情を戒めながら執務机の前にある応接セットの前に、そして落ち着き払った声で訪問者を招き入れた。


「エマヌエーラ様、いや、ラニエーリ総督閣下とお呼びした方がよろしいですかな?ご無沙汰しております、プレヴァンにございます」


 少女を卒業したばかりのような可憐な乙女の前に現れた子爵なる者は、貴族らしさを前面に出したような派手派手しい格好ではなく、目立たぬが良質な装いで育ちの良さを表す青年。加えて短めの金髪がサラサラ揺れる細面(ほそおもて)の美しい青年だ。


「この(たび)、一度王都に戻らなければならぬ所用がございまして、総督閣下にご挨拶に伺いました」

「あら、プレヴァン子爵様、わざわざ挨拶のためにご足労いただきご配慮感謝致します」


 エマヌエーラは子爵をソファに座るよう招き入れながら、執事に向かって茶の用意をするように指示を出す。


「しかしプレヴァン子爵様も冷たいお方ですね」

「おや、冷たいとは意外な。西の白百合(しらゆり)のご尊顔を拝し、小生はこれ以上無いほどの喜びに打ち震えていると言うのに」

「でしたら子爵様、私の事は総督閣下と呼ばずに、エマヌエーラと呼んでいただく約束を失念しておいでですよ」


 透き通る真っ白な肌を微かに紅潮させてクスクスと笑う。子爵は参ったなと頭に手を乗せておどけながら、その瞳の奥をキラリと輝かせる。彼は逆襲の一手を閃いたのだ。


「レディ・エマヌエーラ、約束を守るべきは小生だけにあらずだと思うのですが」

「えっ、いや、あの……そうですね。私もあなたの事をパウル様と呼ぶ約束を致しました」

「恐れ入ります。このパウル・ランデスコープ・プレヴァン、エマヌエーラ様のクランと取り引きが出来る事をこの上無い喜びと感じ、またあなた様をエマヌエーラと呼ぶ事が許された者の一人として、イリネイの更なる発展をお約束致します」

「パウル様、昨年父上が逝かれた今、私をエマヌエーラと呼べる殿方はあなた一人にございますよ」

 

 貴族同士の甘い囁きにも聞こえるこの会話。それだけ取れば若い二人のたわいも無いほの甘い会話にも聞こえるのだが、それだけでは無い重大な事実が隠されている。エマヌエーラは良いとしても、この子爵は自分の事をフルネームで“パウル・ランデスコープ・プレヴァン”と名乗ったのだ。それはつまり、ヒロトやロズリーヌが嫌悪してやまないあの【中佐】が、この人物とイコールだと言う事実が浮かんで来るのである。


「エマヌエーラ様、貴女(あなた)がそう呼ぶ事を許していただけたと言う事、このパウル、プレヴァンの氏族の末席に身を置く者として重畳至極に存じます」

「いえいえ、非力な我ら氏族に代わり円滑に鉱山の労務管理を行なっていただける事、ラニエーリ一族を代表して感謝申し上げます」


 ……して、パウル様。王都に戻るとしても、イリネイへのお帰りはいつほどになるのでしょうか……

 ……些細な用事なので、来週には帰って来ます……

 ……それならば収穫祭には間に合いますね!今年は私も手料理を振る舞おうかと……

 熱の篭った会話は弾み、若い男女はのめり込むように語り続けるのだが、その華やかな貴族社会の生活の一コマの裏で、人知れず恐ろしい事件が今もなお進行中であるとは誰が気付くであろうか。


 パウル・ランデスコープ・プレヴァン子爵、本家アルドワン王国、アルドワン一族の末席に属するクラン(氏族)『プレヴァン派』の一人。過去のゲームにおいて悪逆非道の限りを尽くしたこの“死体撃ちプレーヤー”が、このKOG世界で一体何を目指すのかは、再び形作られる血のカーペットの行き着く先に垣間見る事となる。



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