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56) 八紘を超える拳 後編


 イリネイ鉱山の街を見下ろせるなだらかな丘の草原に、ニ対六となった人影が見える。六人側は『RBO』と言う謎の組織に属する兵士たち、そして二人側はロズリーヌとヒナだ。兵士たちは互いに距離を置いて半円を形作りながらロズリーヌを囲み、ロズリーヌはヒナを後方へ下げつつ、六人の殺気をたった一人で受け止めている。


「最後の警告だ。お姉ちゃんよ、大人しくしないと酷い目に遭うぜ」

「そうだ。お前みたいな魔族のバケモノなんか死んだところでなあ。くくく、後ろのお嬢ちゃんに楽しませてもらえるし」


 いくら相手がNPCでイービル(悪)属性の設定であったとしても、あまりにも品性下劣で無礼極まりない。どうもこのNPCたちは独自行動を許された独立型のNPCではなく、プレイヤーの下に付いてその命令に従う従属型ではないかと、ロズリーヌはヒナは考え始めている。ただ、もしそうだとしても、この兵士たちの下品な立ち振る舞いと人の尊厳を穢そうとする目的、これはプレイヤーの性質……つまり「このゲームをどう楽しむのか?」と言うプレイ内容が如実に現れているようにも思えて気持ち悪い。


「貴様らが何と言おうと聞かぬし響かぬ。ただ一つ、貴様らが私と友人に剣を抜いた。剣を抜いた以上、その責任を取れ!」


 この言葉を言い終えるか終えないかの刹那、ロズリーヌは「ドン!」と足を一つ鳴らして飛んだ。飛んだと言っても空に向かって羽ばたいた訳ではない、地面に突き刺す勢いで左足を下ろし、その勢いと反発力が前に向くよう右足を大きく迫り出して敵兵士の懐に飛び込んだのだ。


「な、何だ!」


 六人が半円状に取り囲む中で、向かって一番右の兵士がロズリーヌの異変に叫ぶ。だがこの兵士が口を開いたのはこれで最後だった。まるで放たれた矢のように真っ直ぐ飛んで来たロズリーヌは、兵士の目の前に伸ばしていた右足で着地する。すると今度はその右足を基点に遅れて来た左足を更に前に出しながら、地響きを立てるかのようにドンと地面を踏み締める。それはまさに、中国のとある拳法にある独特の足運び『震脚』だ。

 彼女は足元の地球とドッキングしたかのように力のこもった左足をそのままに、後方へ下がらせていた右足と右手を、腰を捻って前に出す。……左肩を敵の目の前にした半身の状態から、もう一歩右足を踏み出したのだ。

 ――セイ!―― もうこの段階で勝負はついた。前にセリ出た右足は再び音を立て地面を貫き、その反動を持った右手の手のひらが敵兵士のみぞおちを貫いたのだ。バンと鈍い音と共に兵士の背中が血しぶきを吹きながら破裂し、体内が瞬間的に膨張・縮小を重ねた兵士は弾けた眼球を宙に舞わせながら、そのままグチャリと地面に崩れ落ちた。


「このバケモノ……今何をした!」


 隣の兵士がこの異変に驚愕するも時既に遅し。慌てて長剣を振りかぶってロズリーヌに向き合うも、彼女は猫科の猛獣のようにダイナミックに跳躍しており、兵士の目の前でダン!と震脚を一つ置いていた。そして震脚から生じた大地の反発力を右腕の肘一点に全て集め、兵士の心臓目掛けて叩き込んだのだ。


 ……天使の姿をした悪魔。清廉な聖女が行うこの凄惨な殺人儀式で、この場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと様子を変える。謎の組織に属する兵士六人は、一人目は人体破壊による爆死、二人目は心臓破裂により即死。その勢いのままに三人目、四人目に凶悪な肘のアッパーカットを叩き込んで頸椎粉砕。逃げ出そうとする五人目は横から足を出して転ばせ、瓦割りの様に腹に拳を突き入れ内臓破裂。残す兵士は一人、足をガクガクと震わせながら怯え、逃げる事も戦う事も出来ずに立ち尽くしている。


「ロズリーヌさん!」


 彼女の凶悪な殺気にオーバーキルを感じたのか、ヒナの叫び声が轟く。人が変わったかのように血と暴力の嵐を巻き起こすロズリーヌを目の当たりにヒナもそれまでは凍り付いていたのだが、無用な殺生だと感じた彼女は思いとどまるようにと咄嗟(とっさ)に叫んだのだ。

 だが、ヒナの叫びにチラリと瞳は動いたものの、殺戮天使の勢いが止まる事は無かった。顔面蒼白で失禁しそうなほどに怯えた兵士の目の前で『ダン!』と震脚を一つ打ち、高空に振り上げた右の拳を左斜め下に“振り下ろす”。拳が行き着いた先は、何と顔面でも心臓でも内臓でもなく、兵士の右太ももだ。そして震脚からの充分な反発力を得た拳は、枯れ木を折るような乾いた音を響かせながら、太ももの骨……大腿骨を軽々と粉砕したのである。


 氷のような表情を一切変えず、流血の限りを尽くすロズリーヌを見て、ヒナは何かを感じ取る。

(……ああ、この兵隊さんも長くはない……)

 王都から今の今までロズリーヌと旅を共にして来たが、モンスターや魔獣が現れて戦闘が始まっても、天使族の彼女が戦闘に参加する事は無く、いつもヒナがソロ状態で戦って来た。もちろんモンスターのレベルも大した事が無く、それでいて天使のロズリーヌは直接戦闘が苦手なのかなと判断していたので、ソロ戦闘は苦でもなかったのだが、ヒナを遥かに超える戦闘技術を目の当たりにした今、ロズリーヌのポリシーに触れた気がしたのだ。

(ファンタジーRPGにおいて鉄板であるモンスター戦、それについては自由。醍醐味だから個人個人が好きに立ち回れば良い。だけどPvPや対人戦闘、特に後味の悪くなるNPCとの戦闘は、なるべく仲間にやらせたくないのかも。いくらゲームだからと言っても、あまり人を殺す経験はして欲しくないと願う人なのだろう)

 だからロズリーヌはヒナのボディーガードをやると言い出し、そして今のように、降り掛かって来る人の悪意を一人で粉砕しているのだと。

 ただ、繰り広げられたこの殺戮においてロズリーヌのポリシーには、仲間に対する想いだけが含まれていたのではない。戦いが始まる前に彼女は“剣を抜く”行為に対して敏感に反応していた。結果として兵士たちは剣を抜き、彼女は「先攻防衛」でそれらを討ち倒したのだが、今……大腿骨を粉砕され地面でのたうち回る兵士に向かい、ロズリーヌの冷たい言葉が言い放たれる。


「あんたたちが属してる組織って何?RBOって何の事?」

「い、痛い、痛い!誰が……そんな事教えるかよ!」

「教えないなら教えないで良いけど、どっちにしてもあんたは殺すよ」

「ひいっ……ひいいっ……!」

「ここは民主主義の世界じゃないし、裁判官も弁護士だっていないの。人に向かって剣を抜いたら、その責任は自分の命で取るものよ」

「や、や、や、やめて!……話します、話しますから!」


 右の大腿骨を両手で押さえながら苦悶の表情で悶える兵士。ロズリーヌは仁王立ちでそれを見下ろしながら、兵士の首元に足を乗せてジワジワと圧力を掛ける。


「RBOは……ローカルバトル・アウトカムズ社の略称で……ラニエーリ家のクラン(氏族)と契約する……傭兵団です!」


 ――この言葉を耳にした瞬間、ロズリーヌの表情に僅かな変化が起こる。それまでは虫でも見るかのように足元に冷たい眼差しを送っていたのに、ローカルバトル・アウトカムズ社と言う単語を聞いた途端、瞳の奥に憎悪と憤怒の炎が渦巻き始めたのだ。


「傭兵団、ローカルバトル・アウトカムズ社ね。もしかしてリーダーの名前は、パウル・ランデスコープって奴かしら?」

「そ、そうです……あの中佐殿で間違いない。……俺たちはイリネイの街で現地採用……」


 生き残りたい一心で、兵士は説明を続けていたのだが、ゴギャっと言う鈍い音と共に辺りは静けさに包まれる。一切の情けも見せず、ロズリーヌは兵士の首ごと踏み抜いたのだ。ヒナはそれを見て息を飲んで硬直するのだが、彼女に振り返ったロズリーヌは、まるでテレビのチャンネルを変えるかのように話題を変えて来た。


「ヒナちゃんは私の戦闘スタイルが気になっていたわよね。これは“世界”を意味する八紘(はっこう)、それすら突き破ると言われる究極の力。すなわち八極の威力を持つ八極拳。キャラ選定で失敗しちゃった私が選んだ戦い方よ」

「八極拳、どこかで聞いた事があるような……」


 無慈悲にも、六名の兵士を屠ってもなお、何らの感慨すら残さずヒナの元へと近寄るロズリーヌ。一人でも生かして返せば必ずリベンジされる、だから全員殺したのだとヒナに事情を説明し、そして自分の拳の秘密も打ち明けたのだ。


「ナフェスの海岸でみんなと別れた後ね、私ずっと対戦格闘ゲームやってたのよ。そこで閃いたアイデアなのよね」

「なるほど、天使にクラスチェンジしたけど立ち回りはモンク(僧兵)ですか。でも天使だから打撃ボーナスとかは付かないはずじゃ?」

「そう、だけど不幸中の幸いで、諦めてたはずの”三つの願い”が生きて来たのよ」

「そう言えば。ロズリーヌさんも移籍組でしたね」

「うん。分隊支援火器で弾幕貼る仕事だったけど、そこにヘッドショットが付加されれば最強だって思って、三つの願いを三つともヘッドショットにしたのよ。そしたら運営が“クリティカルヒット”に書き換えちゃったでしょ?」

 ――ああ!だからこの人はデタラメに強いのか――

 レベルや習熟度でも変わって来るが、三つの願いが三つともクリティカルヒットで、それが三倍掛けになればそれはもう大砲だと呆れるヒナ。今ほど起こった血の惨劇に顔をこわばらせ、何かしらのわだかまりが両者の間に対流していたのだが、このヒナの呆れ顔の面白さを持って二人の距離は再び近づく。

 何より、ヒナは自覚しているのだ。イリネイ鉱山の街の郊外にある謎の集落、もしかしたら虐げられている人がそこにいるかも知れない……。それを調べて白日の元へと言い出したのはヒナ自身なのだ。ロズリーヌは単なる護衛役を受けただけの話で、危ない世界に踏み込もうとした“最初の一歩”は、ヒナ自身の足。結果として他人に手を汚させたヒナが、命と名誉を救ってくれたその殺しを非難する筋合いなど微塵も無いのである。


「まあ、八極拳を使うキャラの見よう見真似だけど、私はちょっと強いわよ」

「わ、分かりましたから……そんな抱き付かないで。お尻……触ってる!」

「えええ、だってヒロちんいないからしょうがないじゃない」

「私は女の子ですうぅぅ!」


 過去に繋がるような情報を得たロズリーヌとヒナ。情報源となった兵士たちを完全に沈黙させ、これよりイリネイ鉱山の街へと潜入を開始しようと歩き出す。華やかな街の裏にどのような秘密が隠されているのかはまだ定かではないが、二人が警戒感を増して行動しなければならないのは確か。その足取りと瞳には、今までに無かった緊張感が生まれていた。


 ――敵は“中佐”か。ならばもう一人ぐらい必要ね。アイツ呼んだら来るかしら?――


 ヒナにその声は聞こえなかったが、ロズリーヌは謎の言葉を呟きながら、二人はいよいよ街の門へとたどり着いたのであった。



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