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55) 八紘を超える拳 前編


「……おい、そこの二人。ちょっと待て」


 ロズリーヌとヒナの背中に馬上から声がかかる。イリネイ鉱山の麓にあるイリネイの街を間近に、警備隊の兵士らしき六騎の馬とすれ違った矢先の事だ。


「旅商人にしては軽装だな。どこから来た?」


 一列縦隊で進んで来た馬は次々と止まり、兵士が馬上から降りて来る。兵士たちの表情に笑顔など欠片も無く、あからさまな警戒心をその険しい眼光に乗せている。普段通りを装っていたヒナたちにしてみれば、やってしまったかと言う自嘲が表情に浮かんで来るのだが、兵士らの妙にトゲトゲした雰囲気が気になるのか、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)を地で行く訳にもいかないと、兵士たちに共振するかの如く警戒を始める。


「あ、あ!私たちモウンタニャアズールから来ました!元々、王都エミーレ・アルドワンに住んでましたが、友人とたまには観光に行こうと辺境伯自治領に……」

「そうそう、それでモウンタニャアズールも一通り見終わった時、たまたま街の人からイリネイの街も賑やかだと聞いて」


 王都から来た観光客だと説明すれば、兵士たちは納得して解放してくれると二人は思ったのだが、事態は思わぬ方向へと進む。兵士たちは観光と言う言葉には無関心だったものの、王都からやって来たと言う説明に過剰に反応したのである。

(……旅商人でないと警戒される、つまり物流以外の人の流れには目を見張っている事の現れ。尚且つ観光目的と説明した際、王都から来たと言うと連中の警戒度が上がった。一体どう言う事?)

 このちょっとしたやり取りの中で、持てる洞察力をフル回転させるロズリーヌ。答えを導き出すにはまだ程遠いものの、会話の背景に潜む情報に気付いたのはさすがと言ったところ。――もうちょい情報を引き出してやろうと、ロズリーヌの瞳の奥がキラリと輝く。


「兵隊さん、兵隊さんたちは誰か探してるの?もしかしてお尋ね者?だったら私たち違うよ、モウンタニャアズールから来たばかりだし」


 そう質問を投げかけながら、情報表示モードへ切り替える。六人の兵士たちはプレイヤーではなくNPCなのだが、所属先が何か怪しい。この辺境伯自治領においての正規軍・正規兵は『自治領警備隊』と表記されるのだが、この目の前の兵士たちは『RBO』と、何かの名称を省略させたアルファベットで表示されただけなのだ。

(何だろう?何かデジャヴを感じる。オレンジ色のベレー帽に十字に海竜の紋章……?)

 自分の過去の記憶に何故かチリチリとかするこの光景。首を捻りながら思案を繰り返すロズリーヌだったが状況が再び変化する。ヒナとロズリーヌが“探し出すべき人物”でも“警戒すべき人物”でもないと悟った兵士たちは、無関係のこの女性二人を全く別の種類の目で見始めたのだ。それは彼女たちにとって非常に失礼且つ、不愉快を通り抜けて激怒を誘う内容であったのだ。


「おい、お前たち。お前たちもしかして、へへへ……夜の商売目的に来た訳じゃないよな?」

「ち、違います!私たちは……ただの観光で!」


 危うく自分の仕事を吐露しそうになり軌道修正するヒナ。ここで彼女がアルドワン・グラフの新聞記者だと明かしたところで、それはそれで兵士たちが警戒する可能性に気付いたからだ。

 ただ、ヒナの狼狽に気付く兵士はいなかった。彼女たちの元に近付いて来た彼らは、取り繕ろうとするヒナの姿を軽く通り越し、美しいロズリーヌの『背中』に生えている翼に、全ての視点が集中したからだ。

 

「お、おい!その翼……キサマは魔族か!」

「魔族じゃないわよ、私は天使族」

「天使族だと?ゲヘヘ、まあどっちでも良いや」

「お前が人間じゃない方が、こっちも都合が良いんだよ」

「そうそう。こんな上玉ほっといて街に入れるより、先に俺たちが楽しませてもらわないとな」

所詮(しょせん)お前なんかバケモノだから、俺たちのオモチャになるぐらいしか価値なんか無えのさ!」

「ついでにこっちのお嬢ちゃんも可愛がってやろうか」


 血走った眼、下卑た笑顔、身体から滲み出る傲慢さ……。ロズリーヌを侮辱しながら兵士たちが何を求めてにじり寄って来ているのかを悟ったヒナは、自分の血液が瞬間的に沸騰した事を自覚する。自分のそれまでの穏やかな人生において、あり得なかったこの下品な状況を前に、全身の毛穴が充血して開き、彼女の毛と言う毛が逆立ったのだ。――つまりそれは怒髪天を突いた状態。彼女は瞬時に激怒したのだ。

 握り拳に力が入り、渾身の怒声を吐き出そうとするヒナだったが、それが実現する事は無かった。蒸気機関車のようにカッカカッカと熱い鼻息を吐くヒナを抑えるように、ロズリーヌが傍から彼女の肩に手を乗せる。……その手の冷たさに「ハッ!」っとして自制するヒナ。ロズリーヌは何と、激怒の灼熱を軽く通り超して、氷点下の如く凍てついた瞳を兵士たちに向けていたのだ。


「あんたたちがどこの誰かなんて知らないし興味も無い。だけど痛い目に遭いたいなら、かかってらっしゃい」

「な、なんだと手前ぇ!バケモノの分際で俺たちに歯向かうってのか!」

「こりゃああれだな、俺たちRBOに刃向かったバケモノとして、罰が必要だな」

「これだけの上玉だ、多少キズモノにしたって客は取れるし商売にはなるさ」


 そう言いながら兵士たちはロズリーヌに間合いを詰めて来る。もちろん、彼女の反抗的な態度をブチ壊すためにもと、腰のベルトに下げている長剣に手を差し伸べながらだ。だが、結果としてこの行為がいけなかった。剣をチラつかせてロズリーヌを怯えさせ、彼女の心を屈服させようと言う魂胆なのだろうが、“剣を抜く”と言う行為……その真の意味が理解出来なかった事が、兵士たち自らに不幸を呼んだのだ。


「剣……抜いたわね。抜かなきゃ骨折ぐらいで許してやったのに」

「はあ?何言ってんだお姉ちゃん。今自分がどう言う状況なのか理解してる?」

「理解してるわ。あんた達が剣を抜いた以上、私もあんたらを確実に殺すって言う状況がね」


 なんだとう!と、鼻息が荒くなる兵士六人を前に、ハラハラするヒナの肩を抱き、優しく奥へと押しやるロズリーヌ。


「ヒナちゃん、丁度いいわ。私の戦闘スタイルが気になってたみたいだから見せてあげる」


 そう言うとロズリーヌはストレージボックスの可視化も行わず、武器も取り出さず素手のままで兵士たちの前に進む。

 ――(やいば)の付いた殺傷武器が装備出来ずに、盾とメイスだけが許される僧侶・神官職をジョブ選択のスタートとし、さらに上位のプリースト系とは枝を分ける異端上級職としての“天使”。盾とメイスの装備についても武器装備のボーナスが付与されず、神霊力だけがパワーアップした天使は、どちらかと言えばパーティー編成において最前線でも最後列でもない司令塔の位置。火力も魔力にも乏しく“神霊力生産工場”とプレイヤーたちから揶揄される天使族、それを選んだロズリーヌの真価を、ヒナは目の当たりにする事となるのだ。



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