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53) ヘッドショット


 ヒロトが王国直轄領から東へ東へと向かう頃、逆に辺境伯自治領から西へ西へと向かう人物が二人いた。辺境伯自治領の中央政都であるモウンタニャアズールに滞在していたヒナとロズリーヌが、何を思ったのか中央政都を後にして“イリネイ鉱山”を目指していたのだ。

 何故にヒナたちは中央政都に腰を落ち着けようとはせずに、イリネイ鉱山を目指したかと言うのには大きな理由がある。魔族の使節団が中央政都を訪れたと言う、領民が騒然となるニュースもあったのだが、それが理由ではない。何ら新しい発表が無いまま使節団が早々に帰国した事で、このニュースはあっという間に(しゅん)の話題としての価値を失っており、領民もプレイヤーたちも最早会話に出す事は無くなっていたのだ。実はこの時期、使節団のニュースとは別格の価値を持つニュースが公式からプレイヤーに向けて発表され、それまでのニュース全てを打ち消すかのように大騒ぎになっていたのである。

 【新マップ実装予告、九月十五日グリニッジ標準零時に、北方ディスノミア地方を解放致します】

 まだ残暑と言うには程遠い酷暑が続く八月の終盤、キングダム・オブ・グローリーのプレイヤー誰もがこのアナウンスに沸き立つ。久々の大型アップデートは情報屋だけでなく一般プレイヤーまでも巻き込んで、実装されるであろうマップの北方へと民族移動を開始し、来たる日に備えるような日常が始まっていたのである。

 アルドワン王国の王都に拠点を置くウェブ雑誌社『アルドワン・グラフ』の社員であるヒナも、本来ならワールドマップの北側で取材の準備を始めていてもおかしくはないのだが、彼女はワールドマップ中央の南より……辺境伯自治領に留まっている。訳あっての事なのだが、ここでただ過ぎ行く時間を座して待つしかない日々が続き、とうとうここに来てヒナは我慢の限界から爆発したのだ。


「いやもうじっとしてられない!中央政都周辺のレポートや国境線レポートも新鮮味が無い!ヒロトの気配も無い!何かこう、新しい紀行のネタは無いの?」


 記者魂と言うべきなのか、それともそもそもがじっとしていられない性格なのか、この“待つ”と言う耐え難き時間を有効活用するためにと、ヒナはモウンタニャアズールの街で顔色を変えて聞き込みを開始。努力の結果彼女は「面白そうなネタ」にたどり着いたのである。


 〜〜イリネイ鉱山が空前絶後の魔鉱石ラッシュとなっており、中央政都モウンタニャアズールより賑わっている〜〜

 このネタはまだ、どのゲーム雑誌も記事にしておらずKOG世界内の新聞社も取り扱ってはいない。居ても立っても居られないヒナは、同じく暇つぶしに苦しんでいたロズリーヌに声を掛け、一路街道を西に向かい始めたのであった。


「馬なら一日、徒歩なら一日半かかるけど、慌てる旅でもないですし、風景見ながらのんびり行きましょう」


 モウンタニャアズールにいた時は身体を動かしたくてソワソワしていたが、一度旅に出れば逆に落ち着いてしまうのは彼女の性格なのか、徒歩が面倒くさそうなロズリーヌとは対照的に見知らぬ景色を楽しむヒナ。ロズリーヌとの会話の中で、田舎の実家ではアウトドアを楽しんでいたと言う話題も出ていた。


「私がKOGを始めたのは、要はアウトドアが目的なんですよ。都会暮らしだと自然が無くて窮屈感じてます」

「まあねえ、私もうどんの国から東京に来て十年くらい経つけど、落ち着かないのはあるよね」

「ロズリーヌさんはうどん県の方ですか!あああ、美味しいうどん食べたいなあ」

「ふふ、ヒナちゃんは基本食いしん坊さんなのね。ヒナちゃんの実家は何処にあるの?」

「私の実家は長野です、善光寺さんの近くですよ」

「あっ!美味しいうどん食べたいとか言ったくせに、ヒナちゃん蕎麦派の回し者じゃないの」


 豊かな森林と起伏のある草原と、行く手に待ち構える(いわお)のような山々とそれらを彩る真っ青な空……都会では味わう事の出来ない風光明媚な景観を目の当たりにしてもなお、彼女たちの賑やかな会話が途切れる事はない。


「アウトドア志向のヒナちゃんがレンジャー職選ぶのは納得だけど、どうなの?山に登ったりテント張ったりするの?」

「あはは、そこまでしませんよ。近所に小さな裏山があって、そこに登ってコーヒー飲んで帰って来るぐらいですよ」

「へええ。多分ヒナちゃんより私の方が“田舎度”高いと思うけど、自然を楽しんだ事無かったなあ。早く都会に行きたいと思うだけで」

「私のお姉ちゃんもロズリーヌさんと同じかな。お姉ちゃんは子供の頃からゲーム好きのインドア派で、東京に行ってゲーム業界に就職する!って」

「あはは、私は東京で生活する事が目的だったから、仕事に関してはもう何でも良かったって感じ。結局、惰性(だせい)で学校通って看護師になったかな」

「理由はどうあれ誇れる仕事じゃないですか。それに白衣の天使繋がりじゃないですけど、ロズリーヌさんのその天使族のスキン、似合い過ぎてて鳥肌ですよ」


 隣に歩くロズリーヌをあらためて見詰め、ウットリとするヒナ。皮のブレストアーマーや革製のパンツやブーツなどで(いか)つく身を固めているが、均整の取れたプロポーションとざっくりと開いた背中から生えた白い羽が神々しさを醸し出している。

 お互いゲームスタート時に無料でプレゼントされる初期スキンではなく、ポイントを貯めてセルフスキンを実装させている。フルダイブギアで自分の本体をスキャンさせて反映させる、いわゆる自分の分身だ。どちらかと言えば毎朝の通勤時に山手線で顔を合わせるような、どこにでもいそうな女の子のヒナに対して、ロズリーヌはランウェイを颯爽と歩くトップモデルのような華麗さと、天使の可憐さを合わせ持っている。ヒナがついついうっとりと眺めてしまうのも仕方ないのだ。


「まあね、狙ってジョブチェンジしたからねえ。でも今はね、天使族にクラス変えて失敗したと思ってる」

「えっ、そうなんですか?大人の色気と天使族の清廉さ……ロズリーヌさんにバッチリじゃないですか!」


 いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど――と、ロズリーヌはヒナの賛辞をちゃっかり否定しないまま、何故に天使族にクラスチェンジした事が失敗だったのかを説明し始める。どうやら本人はレジオン・オブ・メリットから「剣と魔法」の世界に移籍した際、派手な剣劇と多彩な魔法グラフィックの世界を期待していたらしいのだが現実は厳しかったらしい。


「私ね、前のゲームで“分隊支援機関銃手”の役割持ってたから、みんなで移籍する時にサポート役として神官スタートを選んじゃったの。ホント性に合わなくて苦痛で苦痛で」


 ロズリーヌが吐露する内容から、当時の傭兵ギルド“パラベラム”のメンバーの心情も見えて来る。レジオン・オブ・メリットからKOGに移籍するにあたり、ギルドメンバーが最も気にしていた事柄は【ヘッドショット】がどう反映されるかにあった。

 ヘッドショットとは一人称視点のファーストパーソンシューティング(FPS)ゲームや、三人称視点のサードパーソンシューティング(TPS)ゲームにおいて、ゲームプレイの(はな)とも言うべき存在で、相手プレイヤーの頭部に弾丸を当てると、敵の防御力を加味しない甚大なダメージを与える事が出来るプレイを意味する。人体の命中範囲をヒットボックスと呼ぶのだが、比較的命中範囲の広い手足と胴体は防御力も加味されて弾丸一発でのキルは難しいものの、ヒットボックスの小さな頭部は弾丸一発でキルする事も可能なのだ。

 ロズリーヌとその仲間たちは、近代戦フルダイブゲームからフルダイブファンタジーRPGに移籍する際、このヘッドショットがどう変化するかに期待を寄せた。そしてその結果、彼女のこの言葉に結び付いたのである。


「FPSゲームの華であるヘッドショットはね、このゲームではクリティカルヒットに変えられてしまったのよ。三つの願いに入れていた仲間もいたから、そりゃあもう落胆よ。みんな落胆してつまらないって言い出して、それでみんなやめてっちゃったの」


 ロズリーヌは更に続ける。ヘッドショットの命中率がクリティカルヒット発生値に変えられた上で、私はサポート役の神官選んじゃったから、剣すら持てなくなってしまった。思い描いた内容と現実との差に愕然としてしまい、そして彼女までもがログインしなくなったのだそうだ。

 確かに、ファンタジーRPGにおいて僧侶や神官職の武器縛りには『流血を伴う武器は装備不可』とある。これは教典から来る縛りで、人の命を救う立場にある者が刀や剣を振り回してはいけないと説いている事の現れであり、代替案として『メイス・槌矛(つちほこ)』装備が推奨いや、強制される。――棒の先端に凶悪な打撃部を持つ合成棍棒が、決して流血の伴わない平和的武器とも言えないのだが


「なんかねえ……盾とメイス装備で治癒魔法連打する姿が、どうしても私の中ではしっくり来なくてねえ。だからもう、発想の転換をするまでは一切ログインしなかったのよ」

「発想の転換ですか?何かちょっとワクワクします!何のスタイルチェンジですか?」

「天使は基本職以上に制約のあるキャラなんだけど、もう割り切っちゃってね。私がどんな戦闘スタイルか聞きたい?」

「めちゃくちゃ興味あります。教えてください!」


 ――ヒナちゃんそれはね……ヒ・ミ・ツ――

 ヒナの頬に手を添えて、まるでキスするかのように顔を近づけたロズリーヌ。ウブな妹をからかうかのようにそう言い放つと、腰砕けのヒナに向かって「後のお楽しみね」と付け加えていた。



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