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50) 謁見の間 辺境伯と天才軍師 後編


 “我が名はゲルルッツ・エルメンライヒ。将軍の称号を公国より賜り、ユエルアリステル公国北部方面軍の軍団長を務めております。この(たび)は筆頭公主であられるゴットホルト・バスクホッファ侯爵様よりの親書を携え(まか)り越しました。辺境伯殿にあっては、ご査収頂きたく存じます”

 “我が名はカール・フォイゲン。公国より男爵の地位を賜り、公国北部方面の執政官の任を受ける者にございます”

 “我が名はマインラート・ツァーベル。公国より子爵の地位を賜り、公国北部方面の執政官代理を務めさせて頂いております”


 エルメンライヒ将軍が取り出した親書を執事へと渡し、執事の手からクレメンテに渡される流れの中で、魔族側の面々の自己紹介が行われて行く。渡された親書は丸めた羊皮紙に封蝋が成されており、懐に入れてあったペーパーナイフを取り出した辺境伯が、自ら開封しようとナイフを入れた際、ピタリと手が止まる。ーー手にした親書に問題があったのではない。自己紹介を続ける使節団の中で、最後の人物の挨拶に指が止まったのだ。


 “我が名はホルスト・ヘーガー。公国北部方面軍の中央参謀部に所属する客員大佐でございます”


 クレメンテはこの挨拶を耳にした瞬間、身体に電気が走ったかのようにピクリと肌を波立たせ、そして手を止めてホルストをマジマジと見詰めたのだ。――ホルスト・ヘーガー、聞き覚えのある名前だ。と

 どうも気になると彼を見詰めるのだが、優先順位とすれば先ずは手にした親書を開封して目を通さなければならない。クレメンテは封蝋をナイフで切り放しながらあらためて視覚モードを「通常」から「データ表示」モードへと移行させてホルストをチラリと覗き見ると突然硬直し、無表情のまま“なるほど”と唸る。


(そうか、全てNPCかと思ったら、彼はプレイヤーなのか)


 本来ならばこのままホルストに声を掛けて、積もる話でもと行きたいところ。どこかで聞いた事のある名前についても、その正体についての答えにたどり着きたいところ。だがそうも言っていられない。今は親書に目を通し、そしてそれに対してのアクションを起こさなければならないのだ。


 〜〜我らが公国の領土、北部地方において武装集団が頻繁に出現し、領民を拉致・誘拐する事件が多発している。武装集団は人間族で構成され、騎士の紋章を持つ者も目撃されている。公国はこの件を深く憂慮しており、事件の解決にあたっては拉致された領民の救出及び武装集団の壊滅を念頭に、軍隊の出動も視野に入れる事が決定した。ついては、不躾(ぶしつけ)ではありますが辺境伯の元に使節団をお送り致します。彼らと情報交換を行っていただき、一日も早い事件解決に御協力賜りますよう。ユエルアリステル公国筆頭公主、ゴットホルト・バスクホッファ 〜〜


「なるほど、今貴国ではこのような悲劇が起きていたのか。遺憾(いかん)の意を示すぞ。それでエルメンライヒ将軍よ」

「はっ」

「貴殿らはいつ頃までに本国へ帰還せねばならぬのだ?」

「親書にあります通り、軍編成の作業を急がなくてはなりません。今すぐにでもと言いたいところなのですが、貴国へ(おもむ)いたその本質から外れます」

「そうだな、まだ情報のすり合わせが出来ていない」


 クレメンテは清々しい表情のまま、ポン!と手を一つ打って立ち上がる。


「貴殿らは非公式の訪問である事から、派手な晩餐会に夜会とはいかぬが、夕飯を共にしよう!その場で情報を共有しながら、忌憚(きたん)の無い意見交換を行うのだ。私も腹の底にあるもの全てをぶち撒ける所存だ。それでよろしいか?」


 自分又は辺境伯自治領の関係者が犯人だと疑われている中で、辺境伯は身の潔白を示すためにも膝を交えて話し合おうと譲歩しているのだ。辺境伯の誠意ある対応、それをむざむざ突き放して受け入れない使節団ではない。エルメンライヒ将軍と随行者たちは、うやうやしく頭を下げて、辺境伯の提案を受け入れた。


「それでだ……エルメンライヒ将軍、貴殿に一つ頼みと言うか、許可をいただきたいのだが宜しいか?」

「辺境伯殿の頼み事が私の責任の範囲であるならば、謹んでお受け致しましょう」

「ありがとう将軍。夕飯までの間、貴殿らは応接間にてくつろいで貰うのだが、先に……『選ばれし者』同士で話をさせて貰えないだろうか?」


 意外とも言うべきこの辺境伯の発言に、使節団一同は目を見開いて驚くのだが、それも一瞬の事。将軍たちは“なるほど、お見通しでしたか”と、むしろ好意的な目を辺境伯に向け、提案を快諾したのだ。それもそのはず、どの職業に就いていようと、どのような地位にいようと、『持たざる者』にとって『選ばれし者』とは畏怖と尊敬の対象なのだ。今回のこのケースにしてみれば、国家が抱えた大きなトラブルを選ばれし者たちが「えい!」と解決してくれれば、それに越した事は無いのである。


 そして今、二人は対面した。将軍たちは執事に案内され応接間に、この謁見の間は全て人払いして二人だけに。クレメンテ・ラニエーリ辺境伯とホルスト・ヘーガー客員大佐との、『選ばれし者』だけの秘密会談が始まったのだ。


「名前を聞いてすぐに思い出せなかったよ。まさかね、まさか一年前の第二次ムルシア戦役の英雄が目の前に現れるとはね」

「いや、逆に恐縮するよ。あれは単なるニューイヤーイベントなのに、俺の名前を覚えてるとは」


 立ったままではあるが、二人は力強く握手を交わして会話を続ける。


「劣勢だった連合軍に天才軍師が誕生した!あのニュースは衝撃的だった」

「俺にしてみれば、プレイヤーとして初めて統治者になった君の方が衝撃的だけどね」

「なかなか激務だけど楽しんではいるよ。制約は多いけどね」

「確かに自由きままって訳にはいかないようだな。NPCにキルされれば“下克上モード”が発動して王位転落。一般人に改名しないとリスポーン出来ない……だっけ?」

「ああ、その通り。まだまだ制約はたくさんあるし戦々恐々だよ。ところでホルスト、君はドイツ人かい?」

「いや、ドイツ語圏のベルギー人だよ。君はウワサだとスペイン人だよね、ご近所のよしみで仲良くしてくれるとありがたい」

「そうだね。ただ、困った状況だよな。……目撃情報だとその武装集団って人間族なんだろ?間違い無いのかい?」

「間違いない。それにクレメンテ、君だけに今のうちに教えておく。武装集団の一部はラニエーリ家の紋章を掲げてた」

「マジか!」

「ああ、複数の領民が目撃してる。俺としては君を助けたい気持ちでいるのだが、今はそれなりに立場がある事も理解してくれ」

「分かってる。イベント後に消息が途絶えた天才軍師、それが客員大佐となって公国に居場所を見つけたんだろ?それは大事にしなきゃ」

「以前は誹謗中傷が酷くてね。魔族好き……ケモ娘フェチとか言われてさ。ファンタジーのフルダイブゲームで、またリアルと同じ人間選ぶよりはと思っただけなんだよ」

「あはは!そんなの気にするなよ。才能の無いヤツはとにかく足を引っ張りたいのさ!いずれにしても、ラニエーリ家の人間が深く関わる非合法な国境侵犯、そして武力による現地民の拉致。これはとてもじゃないが許される事ではない。協力してくれるか?」


 クレメンテは己の力だけで解決するとは言わず、敵対勢力にいるプレイヤーに協力してくれるかと問う。実はここに重大な意味が含まれているのだ。つまりクレメンテはラニエーリ家を構成する者たちを一切信用していない事の裏付けとなるのである。

 辺境伯の名を代々継ぐラニエーリ家は確かに巨大。純粋に「ラニエーリ」の血と名を引き継ぐ〈クラン・氏族勢力〉も存在する。その中にはもちろんプレイヤーも名を連ねているのだが、それら全てをひっくるめて、プレイヤーであろうがNPCであろうが関係無く、クレメンテは全てを信用していないのだ。それはラニエーリ家の内部において、凄まじい権力闘争が内包されている事を意味していたのである。


「クレメンテ、いや辺境伯殿。俺は君に協力しよう。俺は戦場で(うごめ)くタイプだけど、平時に裏で蠢くヤツらはヘドが出るほど嫌いなんだ。だから君に協力してそれらを一掃する。そしてあらためて君に挑戦しよう、辺境伯対魔族の公国、気持ちの良い戦いをね」

「心強いな、協力を感謝する。だがホルスト、君は一つ勘違いしてるぞ。辺境伯の立場に満足せずに、KOGの三大スタート国家の玉座を狙う俺に、果たして君は勝てるかな?」


 二人は再び力強い握手をする。互いの顔は笑顔に溢れているものの、その瞳には相手を強引にでもねじ伏せて飲み込もうとする、戦士の矜持がギラギラと輝いていたのだ。



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