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5) 確証の無い信頼


 ……あんたのせいよ!あんたのせいで私も巻き込まれた。あんたさえいなければ、私だってツラい目に遭わなくて済んだのに!自覚なんて無いでしょうが、あれもこれもあんたのせい。みんなみんな、あんたのせいよ!……


 思い返せば、自分に向かって感情をストレートにぶつけて来た最後の人は、妹の涼子だったと思う。一つ違いの妹でそれまでは仲の良かった兄妹だったが、とあるきっかけで彼女は俺を「お兄ちゃん」とは呼ばなくなり、最後は突き放すように「あんた」と呼びながら、今にも泣き出しそうな顔で、怒りや憎悪の感情をぶつけて来るようになった。

 (それ以来、新たな生活を始めてからは、感情を前面に出して来る人なんていなかったけど、このヒナと言う人は……)


 ナフェスの街を中心として近郊に点在する農村集落。その農村の一つであるオチャに拠点を構えるヒロトの前に、突如ヒナが現れた。仲間が人質になったと主張するヒナは今にも泣き出しそうな切羽詰まった表情をしており、この地域……つまりナフェス荒野で知り合った唯一の存在であるヒロトに助けを求めに来たのである。


「ヒロト君に教わった通り、挨拶と地雷原の道案内を頼もうって、ナフェスの街に入って反社ギルドを探したの。そしたら、最初に行ったギルドで仲間が捕まっちゃって……解放して欲しければ一億ゴールド持って来いって!」

「拉致されたのか!それはどっちのギルドなんだ?ジョステシアか?それともレヴォルシオンか?」

「え?ジョステシアじゃなくて、レヴォルシオンでもなくて……ルーチャって言ってた」

「る、る、ルーチャ?」


 彼女の言葉にヒロトは酷く後悔した。あの海岸での別れ際に、ナフェスの街に反社ギルドは二つあると教えたのだが、彼が知っているレヴォルシオンもジョステシアも筋道さえ通せば無茶な要求はして来ないギルドである。ナフェスの海岸の絶景が話題になれば、いちいちレッド制限が付与されるような悪い事をしなくても、道案内で金儲け出来るからと、観光案内に力を入れようとしていた「訪問者に優しい」方針を立てたギルドである。その二つのギルドが人質を取って身代金を要求する訳が無く、ヒロトも安心してヒナに教えたのだが、まさか第三の存在があるとは……


「ごめんヒナ、俺の責任だ。ギルドの名前をちゃんと教えてればこんな事にならなかったし、そもそもルーチャなんて組織は聞いた事が無い。ヒナ、本当にすまない」

「謝らないでヒロト、あなたが悪い訳じゃないよ。悪いのは人質取ってる人たち、そして無知なクセに何とかなるって甘えてた私たち」

「だったらヒナ、俺にチャンスをくれ!これから街に行く、俺が突破口を作るから」


 そう言ってヒロトは納屋から馬を出し、ヒナと共にナフェスの街に駆け出した。

 ヒナのその表情に何かを感じたのか真剣な表情のヒロトは、まばたきも感じさせない眼力でナフェスの街を凝視したまま。馬術のスキルに自信があったヒナも、今はヒロトに放されないように喰らいつくので精一杯だ。

 ――だがここでヒナは「はて?」と思う。あれ?この人見た目と中身が違わないかと――


 操作メニューを可視化にして視界に投射する。そして前を全力で駆けるヒロトにカーソルを合わせてサーチを実行、ヒロトに関する情報を表示させた。

 【ヒロト】レベル不明 職業不明

 表示されたコーリングカードにはまるで情報らしい情報が記載されていない。コーリングカードとは、キングダム・オブ・グローリーの世界の中で、プレイヤー同士が相手の素性を簡単に読み取るためのイラスト付き名刺のようなもの。プレイヤーネーム、レベル、職業、そして達成したイベントタイトルのメダルなどが表記され、それらを飾るようにアンロックしたイラスト画像が背景として現れるのだが、ヒロトにはそれが無いのだ。

 まるで正体の見えない謎の少年なのだが、ただ一つ……ただ一つだけ彼を表している文言がそこにあった。たった一行[終焉の傍観者]と、クリアしたイベントのタイトルが表示されているのだが、そんな聞いた事も無いイベントの名称などヒナには全く分からない。


 (これはもう、今までのプレイヤー人生で何も無かったって事じゃないよね。彼の過去は白紙じゃなくて他人に見られたくない情報なんだ)


 彼の容姿を見ても、キングダム・オブ・グローリー初回登録時に提供される無料スキンで、少年タイプAのまま。彼の身体をサーチしても「綿のシャツ」「綿のズボン」「装備無し」のまるで丸腰。傍目に見ればこの人に任せて本当に大丈夫なのだろうかと心配するのだが、不思議な事に、今のヒナにはそんな疑問は湧いて来なかった。


 (ナフェスの街でヒロトを探してた時、そしてオチャの村でも……。AIの街人や村人さんは、ヒロトの名前を出すとみんな笑顔で応えてくれた。見た目で人を判断しちゃダメ、彼には何かある!)


 砂塵の舞う荒野の地平線に、ナフェスの街が見えて来る。見た目ではなく、隠された「何か」を信じたヒナは、疾走する彼の背中を見詰めながら馬に鞭を入れる。そしてそんな彼女の期待を背中に受けたヒロトは、彼にしか理解出来ない覚悟を抱きながら、一路ナフェスの街を目指していた。


 ――チャンスがあるならば、チャンスがあるならば変えたい!この状況を、自分の過ちを。もうあの頃には戻りたくないんだ!――



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