46) 心無き英雄 後編
「パンとチーズ、干し肉を用意している。保存が効くから持って行ってくれ」
ヒロトのユニークスキル『ストレージ99』がここぞとばかりに発揮され、村人たちの目の前は援助物資で溢れ返る。着の身着のままで村から逃げ出した村人たちにとっては、まさに地獄に仏とでも言うべき状況だ。空腹と疲労も相まって、我先にと奪い合うように物資に群がり始める。
「慌てなくて良いから!余ったら荷造りして馬に運ばせるから!」
非常食を用意しておいて正解だった――目の色を変える村人たちに苦笑しながらも、そう実感するヒロトの元にリュックが訪れる。村人内において絶大な発言力を持った彼は、数名の村人たちと今後の逃亡先について打ち合わせをしていたのだ。
「国境線を越えてイングヴァル魔法国に一旦逃げ込む。だが俺たちのルーツはオーガ系だから、最終的にはユアルエリスタル公国に腰を落ち着けたい」
「そうか、分かった。それでリュック、オレが拉致された人々を助け出したとして、どこに向かえと言えば良い?」
「イングヴァル魔法国に入ってすぐの平野に、“髑髏岩”と言う目立つ巨石がある。そこで待っていると伝えてくれないか?」
「分かった、助けた人が迷わないように必ず伝える。お前の兄さんも必ず向かわせるから安心してくれ」
「ああ、頼む。俺と数名はここに残って、未だに森を彷徨ってる人たちを探す。俺の両親もまだ見つかってないからな」
……それとヒロト、と、それまでは自信満々に受け答えしていたリュックだったが、何を思ったのか急に歯切れが悪くなる。どうやら先程、ヒロトから受けたアドバイスについて未だに釈然としていない様子で、不満と不安にまみれた表情を露骨に出していた。
「お、おいヒロト、本当にナイフなのか?ナイフなんかで何とかなるのか?」
そう、リュックは村人たちの前で逃避行を宣言した際に、ヒロトに対して武器の提供……剣を教えてくれと依頼していた。今後はヒロトと別行動を取る手前、『選ばれし者』の庇護を受ける事が難しくなる。だからこそ農民だった自分が、自衛のため初めて武器を手にすると言うリュックの決断に対して、ヒロトは剣ではなくナイフを渡したのである。剣を与え、剣技を教えてもらえるものと考えていたリュックが狼狽えるのも、おかしくは無かったのだ。
剣の要求にナイフで返す――侮辱と捉えられても不思議ではないのだが、ヒロトにはヒロトなりの考えがあっての事。自分の意図をしっかりと汲み取り、迷う事無く精進してくれと願い、リュックへ再び向き合い視線を交差させながら、念を押して説明を始める。
「リュック、オレは言ったはずだぞ、今からお前が剣を覚えたところで、一流の剣士には追い付けないと。持たざる者たちだけじゃなく選ばれし者たちとも事を構えなければならない危険性を考えても、お前の剣の上達を待っていられないと。それに、武器を持つ目的が違う。お前は人を殺したいのか、それとも仲間を助けたいのか、どっちか聞いたろ?」
「そうだ、そうだな。すまんヒロト」
「先ずは戦わない方法を探れ。それが叶わず戦いになるなら、相手の土俵に乗らずに自分の土俵で戦え。鋼の防御力と派手な剣技に対抗するなら……お前の素早さと軽いナイフで敵の弱点に致命傷を入れろ、見ようとしないだけで弱点なんていくらでもある」
そしてヒロトはこうも付け加える。――選ばれし者だろうが持たざる者だろうが、魔族は総じて魔法力に溢れている。イングヴァル魔法国に無事入ったら魔法を学ぶんだ、と。
リュックも血気盛んな年頃である事から、今すぐに理解しきれるかと言えば疑問に思うのだが、ヒロトの意図は間違っていなかった。死んでも簡単にリスポーン出来るプレイヤーと違い、NPCの死は完全消滅である事を踏まえて、生き延びるための戦いをリュックに模索して貰いたかったのだ。その結果が、数年後に来る大事件へと繋がるのだが、それは後々の話。
「リュック、それじゃオレは行くよ。王国直轄領中央都ラトゥカ、情報収集だけに終わらなければ良いな」
「そうだな、もし拉致された人たちがいるなら……頼むヒロト、お前が希望の光だ」
固い握手を交わし、馬の背に乗ろうとした時だった。背後から老婆のしゃがれた声がヒロトを呼び止める。
「選ばれし者ヒロト……もう行くのかい?」
古びた杖に頼りながらやって来たのはチルシャ村のシャーマンだったアイダ。シャーマンと言っても巫女ではなく村の祈祷師・呪術師に近い存在だ。この老婆も今ほどまでリュックたちと打ち合わせしていた者の一人で、イングヴァル魔法国の髑髏岩が集合場所になったのは、博識な彼女のアイデアである。
「行きます。行ってリュックとの約束を果たします。そしてオレの予感が正しいか確認します。もし中佐なる者がオレの知っている敵なら、殺すしかない」
意気込んだ訳ではないが、意志を示したヒロトの表情を目の当たりにした老婆は、酷く寂しげな表情へと変わった。どうやらこの老婆は、ヒロトに対して思うところがあるらしい。
「くれぐれも生き急ぐでないぞ、選ばれし者よ。お主の見てくれだと暗殺者のように思えるが、いかんせん瞳に力があり過ぎるでの。暗殺者っちゅうのは、もっと表情を殺してるから」
「安心してください。オレは根っからの暗殺者と言うより、戦場に立って弓兵に近い事をしてました。自分の部をわきまえてますので、墓穴は掘りませんよ」
「それなら良いがの。いずれにしてもお主は血風吹き荒れる道を歩む事になる。ワシらに向いた悪意を肩代わりするからじゃ。それが心配での」
祈祷師の老婆は、どうやらヒロトの今後を気にしているようだ。村人たちを拉致して村を焼き討ちした連中が『選ばれし者』であっても『持たざる者』であったとしても、今後ヒロトが救出や報復で活動すればするほどに、敵の悪意や復讐心はチルシャの村人からヒロトへとシフトして行く。ヘタをしたら人間族対ヒロトの構図へと変化を遂げて、ヒロトは血で血を洗う世界から抜け出せなくなるのではと危惧したのだ。
だがヒロトは平然と答える――アイダ婆さん、オレは大丈夫だ――と
「人を殺す資格があるのは、人に殺される覚悟を持った者だけだ。リュックもこの言葉を覚えておいてくれ。どんな正義を掲げていても、悪を殺すと決めた段階で自分も殺される、つまりは自分もその時点で死人なんだ」
「ヒロト……お前……」
「拉致された村人を助け出す、焼き討ちで死んだ村人たちの仇を取る。そう決めた時からオレは覚悟はしている。だからリュック、お前は生きろ。アイダ婆さん、リュックをお願いします」
その言葉を別れの言葉に、ヒロトは馬の背に登る。
「選ばれし者ヒロトよ。お主は闇に生きる業の者なのかも知れぬが、忘れるなよ。お主は“夜明けを告げる闇”じゃ、お主が朗報をもたらす事……皆が願っておる。大地母神様のご加護があらん事を」
“心無き英雄”……NPCであるはずなのに劇的な成長を始めたリュック
“夜明けを告げる闇”……年老いた祈祷師から、悪を持って正義を成す者と呼ばれたヒロト
これより二人は別々の道を歩む事になるのだが、やがて数年後に再会する時が来る。その時は互いに違う立場で相対する事となるのだが、それはまた一つの悲劇として後の世に語られる事となるのだ。
――今はただ、互いが互いを思いやるような笑顔で別れたのであった――
◆ 心無き英雄 編
終わり




