43) パウル・ランデスコープ中佐 後編
サリジャンガル市街のダウンタウン、貧民窟とも言って良いほどにバラック小屋が建ち並ぶその場所が今、無数の銃声と爆発音で地獄の様相へと変貌している。敵軍と過激派民兵組織に捕まり、捕虜となっていた自軍兵士を救出した特殊部隊が、街からの脱出を図る過程で大々的な武力衝突が起きているのだ。
「救出部隊の援護」と言う形で市街地に投入されたヒロトやヒロトの属する部隊も、本隊と同じく過激派民兵組織の部隊に行手を阻まれ、思うように部隊が前進出来なくなっている。このゲームプレイのシナリオ上、捕虜の救出部隊に合流して援護が出来なければ、即ちそれはゲームオーバーを意味していたのである。
ヒロトが所属する分隊「ブラボーチーム」は、民兵組織の度重なる待ち伏せに遭遇し、足止めを食らうケースが増えている現状を打開するために、分隊は二手に分かれて進行を再開した。突撃する前衛班と弾幕で援護する後続班で付かず離れずを繰り返し、一刻も早く救出部隊に合流を果たす事を狙ったのだ。
ヒロトはその後続班三人の一人、マークスマン(選抜射手)として民兵にスコープを合わせている。その場所とは二階建て民家の屋上だ。狭い街路添いに建てられたバラック小屋に紛れ、この地特有の土を固めて作られる古代風の住宅も見受けられており、その堅牢さを見抜いたヒロトは“絶好のスナイピングポイント”だと屋上へと駆け上がり、視界に入った民兵たちを次から次に屠っていた。
だが後続班はヒロトを含めてたった三人。ミニミ軽機関銃を装備した分隊支援火器射手のロズリーヌと、分隊ではテールガン(しんがり役)だったペエタア、そしてヒロトである。三人が三人とも戦闘能力の高い兵士だとしても、後から後から群がるように襲って来る民兵たちの波状攻撃に、いつまでも対応出来る保証は無かった。
突撃した前衛班が百メートル先に先行した事を無線で知らせて来た直後の事。ヒロトが陣取る民家の屋上……その家の一階軒先からロズリーヌたちの無線が入って来た。それは前衛班に続いて後続班の場所移動を促しているようだ。
『ヒロト、ヒロト聞こえる?』
「ああ、聞こえるよロズ姉」
『そろそろ私たちも移動しましょう!目ぼしい到達地点ってある?』
彼女が言う目ぼしい到達地点とは、この狭くて入り組んだ街路の中で、比較的射線の通る見通しの良い場所の事であり、なおかつ自分たちの身を守りやすい次の拠点になり得る場所の事を指す。
ロズリーヌの問いかけに「ちょっと待って!」と叫んだヒロトは、激しい銃声が鳴り続ける中で屋上の壁から頭を出して辺りを伺う。シュンシュンと耳元をかすって行く銃弾や、壁に命中した際の土壁の欠片がバラバラと雨のように降り注ぐも、自分に弾丸が当たる可能性など考慮している暇などない。
「あった!ロズ姉、進行方向約四十メーター先にちょっとだけ立派な家!壁で囲まれて鉄製の門扉まである!」
『了解!そこまで移動するから降りて来て!』
「分かった」と伝えたヒロトは、そのままライフルを持って再び街に狙いをつける。そしてスコープに入った数名の民兵に向かい、乱射に近い形で撃ちまくる。
「リローディング!今下に行く!」
これは後続班が移動する事を民兵たちに悟られぬようにと、派手に撃ちまくって民兵たちの注意をわざと引いたのだ。
「お待たせ、いつでも良いよ」
ヒロトが合流したその軒先も、ひどい有り様になっている。ロズリーヌもペエタアも必要に駆られて引き金を引いたのだろうが、二人の回りはカラの薬莢とマガジンだらけで足の踏み場も無いほどなのだ。
「ヒロちん、無事だった?」
「オレは大丈夫。ロズ姉やペエさんは?」
「俺もロズ姉も問題無い。だがさすがに残弾がヤバいよ」
「私、あと三十発くらい。ペエさんが運んでくれてる予備弾帯と合わせても百三十よ」
「俺は後、マガジン二つで枯れちまう」
「オレはマガジン一本、それとハンドガンだけだ」
「ヒロトも撃ちまくったな。最悪の場合、ロズ姉の弾帯バラしても良いかい?」
「良いけどとりあえずは次のポイントまで行ってからね」
会話しながらも周囲の警戒を怠らない三人。機関銃を撃ちまくっていた敵の民兵が、ちょうど弾の再装填作業に入ったその静寂を見逃さなかった。
「今よ!」――ロズリーヌの号令に反応し、三人は一つの塊となって街路へと躍り出る。
「……今日のマッチングおかしいわ。民兵の攻撃って、いつもはこんなに激しくなかった」
「確かに、倒しても倒しても後から湧いて来る。敵キャラ無限湧きのゾンビゲーみたいだな」
「ロズ姉、ペエさん、たぶん敵のプレーヤーに利口なヤツがいる。……バリケードの張り方にそれを感じた」
「え、ヒロちん、それどう言う事?」
「なるほど、ヒロトの言う通りかも。敵の防衛側プレーヤーは、マッチ開始前にNPCの民兵に配置の指示を出したり迎撃準備が出来る」
「そうか!あらかじめ私たちの行動予測しておいて、バリケードで更に私たちの自由度を制限しながら民兵を多重に配置したのね」
(……敵側のプレーヤー、どんなヤツが指揮してるのか?……)
走りながら違和感についての会話を続け、何とか次のポイントにたどり着いた三人。敵プレーヤーの手のひらで自分たちが踊っているような気味悪さを覚えつつ、前衛班と連絡を取ろうと無線のチャンネルを合わせると、突然入って来た絶叫のような音に鼓膜が驚いた。
『……ザザッ……来るな、それ以上近づくな!そこで止まれ!』
どうやらマスターチーフが誰かに向かって叫んでいるのだが、その怒号とも呼べる叫びが誰に向けられているのかまでは分からない。それだけでなく、前衛班と後続班に分けられた無線のチャンネルがいつの間にか分隊全員に繋がるオープンチャンネルに変わっており、マスターチーフ以外の仲間の怒号まで入って来ている。
「……どうなってるの?」
「分からないよ、ペエさん聞いてみてよ」
「こちら後続班より前衛班、どうした?何が起きてる?」
三人を代表してペエタアが通話を試みるも誰も返答を寄越して来ない。もちろん通信は繋がっているので聞こえない訳は無く、意図的に無視しているようにも思えない。つまりは、前衛班がこちらに返答出来ないほどの恐慌に陥っているのではないかと言う事。民兵組織に囲まれたか、敵防衛側プレーヤーの部隊が追い付いたか……。だがヒロトたちが抱いた不安は意外な形で決着する。三人のインカムから鼓膜が破けるほどの〈ドカン!〉と言う炸裂音が轟いたのだ。
「……お、おい!前衛班どうした!」
「マスターチーフ、聞こえる?聞こえたら返事して!」
炸裂音に驚いた三人、慌てて交信を試みるも返事は無い。炸裂音が轟く瞬間までの喧騒は鎮まり、今は気持ち悪いほどに静まり返っている。
だが無音の時間も数十秒で終わる。マスターチーフではないが、前衛班の仲間からようやく後続班に向けて返信が来たのであるーー驚愕の事実を添えて
『こ、こちら前衛班、又三郎だ!』
「又さん?又さんどうした?何があった!」
『KIA!マスターチーフと田中、ジョンウィッグがKIAだ!』
又三郎がもたらした交信に腰が抜けそうになって驚くヒロトたち。KIAとは英語で「キル・イン・アクション」作戦行動中の死亡を意味する用語であり、つまりはこの短時間の騒動で一気に三名もの戦死者を出してしまったのだ。だがそれだけでは終わらない。又三郎の報告は更に続き、ヒロトやロズリーヌそしてペエタアに戦慄と怒りを覚えさせたのである。
『ヤツら、ヤツらスーサイドボムを仕掛けてきやがった!街の住民……NPCを脅して自爆ベストを装着させて、俺たちにけしかけたんだ!こんなん許せる訳無えだろ!』
そう、ヒロトに「敵に利口なヤツがいる」と評されたその謎のプレーヤーは、バリケードと民兵を巧みに使ってヒロトたちの陣営の部隊を街の一角に誘い込み、NPCの住民に無理矢理着せた自爆ベストを着火させる事で、大量殺戮を狙っていたのだ。
この狂気漂うマッチングは異様な空気に包まれたまま終わるのだが、マッチリザルトで結果が表示された時、レジオンの全プレーヤーにその名前が悪名となって轟く事となる。彼のプレーヤーネームはパウル・ランデスコープ。殺人ギルドの創設者にて、仲間からは“中佐”と呼ばれたプレーヤー。彼の殺人遊戯が始まった瞬間であったのだ。




