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42) パウル・ランデスコープ中佐 前編


 ◆マッチタイトル『オペレーション・スプリットメイク』

  マップ:中東某国の小都市サリジャンガル

  概要:先日起きた我が国の電子偵察機撃墜事件において、脱出したパイロット二名の生存が確認された。二名は捕虜として敵軍に拘束されサリジャンガル市の市街地に連行された模様。市街区に潜入していたエージェントから報告が入った。

 そのエージェントの報告によると、捕虜のパイロット二名は敵軍のサリジャンガル駐屯地ではなく、市街のダウンタウンの一角に連れ込まれたとの事。我が国が撃墜の発表をせず捕虜交換の交渉にも応じないため、捕虜としての価値が無いと判断した敵軍は、軍事指導している過激派民兵組織に捕虜を引き渡したと考えられる。過激派民兵組織は捕虜二名の処刑動画を制作して世界にアピールする可能性が高く、事態は急を要する。

 「ここにオペレーション・スプリットメイクの発動を宣言する!小規模特殊作戦群が拠点を急襲して捕虜を救出する。諸君らはそれに呼応してサリジャンガル市街地へ突入し、民兵組織の各武装拠点を叩きつつ、捕虜を連れた特殊作戦群の撤退路を確保せよ!」


 近代戦フルダイブMMO『レジオン・オブ・メリット』のフリープレイ以外に、〈シチュエーション・ウォーフェア〉状況内戦闘行為と言うプレイがある。何でもありのフリープレイではなく、マップや時間や参加者数の限られた中で、二つに分かれた勢力がタスクをこなしつつ得点と生存率を競う内容である。

 様々なシチュエーションが運営側から提供され、砂漠の街以外にもジャングル遭遇戦やニューヨーク核テロ阻止戦など、その多彩なマップは常に空室待ちプレイヤーでロビーが混雑するほどの人気コンテンツであった。


『オペレーション・スプリットメイク』――ボウリングの一投目でストライクが取れず、間隔の空いた二本のピンが残った際に講じる方法。一つ目のピンを狙ってボールを当ててその勢いでピンを弾き、二本目のピンに当てて倒してスペアを完成させる。この作戦名で始まるシナリオにヒロトがいた。彼の所属する傭兵ギルドのメンバー揃って参加し、近代戦を楽しんでいたのである。


 黄土色の荒野、その色を反映さたかのような砂塵舞う黄色い空。その荒涼とした痩せた土地の中で、やはり黄土色の土壁で築かれた家屋の街。メインストリートのアスファルトの至るところに亀裂が入り荒れ放題。トタンで組まれたバラック小屋の商店に飾られた、色褪せた清涼飲料の看板が物悲しい。だがここサリジャンガルの街に貧困から来る無力感は漂っておらず、人々の諦めや脱力から来る静寂さは無い。――何故ならば、街のあちこちから黒煙がもうもうと上がり、至る所で爆発の土煙が空を汚し、鼓膜を痛めるほどの銃声が響いているからだ。


 貧困にあえぐ街の貧民街……バラック小屋が並ぶ狭い街路を今、緊張感を伴いながら兵士の一団が移動している。手にライフルを構えたまま小走りで進むその兵士たち、眼光鋭く辺りを見回しつつ一列となって動き続けるその姿は、まるで狙いを定めたムカデの高速移動にも見える。


「……待て……」

 

 兵士の一団の中で先頭を行っていた者がピタリと足を止める。ちょうど狭い路地が終わり、車がすれ違い出来るほどの広い街路と交差する直前の事だ。先頭を進むその兵士は銃を構えながら周囲の安全を入念に確認し始める。市民たちは戦闘に巻き込まれないよう家屋の中に避難し、辺りには静寂が漂っているし、銃声や爆弾の()ぜる音は街の遠くから聞こえて来るだけ。――だが先頭の兵士は犬一匹ネコ一匹の気配すら感じないその交差点に違和感を覚えたのか、おもむろに握り拳を頭の高さに上げて、その場で中腰の体制を取ったのだ。


 握り拳を掲げる……西欧諸国の軍用ハンドサインでは「止まれ・静止」の合図。心臓の鼓動すら抑えたかのように静かになった先頭の兵士に続き、握り拳を上げていた二番目の兵士が、中腰となった先頭の兵士の背後から覆い被さるように、高い視点で辺りを伺い始めた。

 ※歩兵部隊(ライフルマン部隊)において、戦地で動く最小基本単位は十人前後で組織される『分隊(スクワッド)』である。それ以下の人数で編成される『(チーム・グループ)』もあるが、班編成は非正規作戦のたびにその都度編成されるので、戦場においての基本編成の最小単位は『分隊』あるとされている。

 その分隊が戦地において進軍や偵察潜入などの戦術移動移動する際は、約十人の兵士それぞれに役割が与えられている。例えば部隊の先頭を行く兵士を『ポイントマン』と呼び、それに続く二番目の兵士を『セカンドアタッカー』と呼ぶ。部隊の最後尾である殿(しんがり)を行く兵士を『テールガン』と呼び、それ以外にも分隊支援火器射手や無線係、そして選抜射手マークスマンがいるのだ。つまり近代戦の部隊編成や役割もファンタジー世界のパーティー編成も、適材適所で役割分担があるのだ。

 

 今このシチュエーションに照らし合わせれば、先頭のポイントマンが前方に異変を感じて分隊進軍を止めた事になる。そして続いたセカンドアタッカーがポイントマンの意図を汲み取り周囲を確認。前衛二人が「危険」を認識した事になる。


 前屈みになり土壁に肩を寄せ、周囲を伺い続けるポイントマンに代わり、後続の分隊兵士に向けてセカンドアタッカーがハンドサインを送る。握り拳で「止まれ」――手のひらを横に向けて水平に振る「我れの背後で壁側に寄れ」――今度は手のひらを垂直に振る「しゃがんで待機」――これで街路を進軍中だったとある分隊は、完全に足の動きを止めた事になる。

 ポイントマンとセカンドアタッカーが何故足を止めて警戒し始めたのか。それを確認するため、分隊兵士の列から指揮官が忍び足で前方へ進む。そして指揮官に遅れて分隊支援火器射手……つまり軽機関銃を構えた兵士も前に進む。

・敵の待ち伏せやブービートラップを警戒するポイントマン

・視点が低くなりがちになるポイントマンの代わりに、高い視点で周囲をカバーするセカンドアタッカー

・前衛二人の情報を基に、今後の部隊行動を判断する分隊指揮官

・このまま前進するにしても後退するにしても、敵の奇襲から弾幕で味方を援護する軽機関銃射手

 この四者が顔を突き合わせながら、小声で状況の確認を行い始める。


「どうした、進めそうにないか?」

「マスターチーフ、イヤな予感がする。多方向の物陰から視線を感じるんだ。大通りでもない幅の交差点だが横断中にクロスファイアされそうだ」

「セカンドからの意見とすれば、一歩前に出たら狙撃で脳みそ吹っ飛ばされるかも。進行方向に背の高い集合住宅が並んで見えただろ?屋上に潜んでそうだ」

「ねえマスターチーフ、前衛二人が危険感じてるなら、迂回するしかなさそうよ」

「ちょっと待てロズリーヌ。人質を連れた特殊部隊は撤退を始めてる。第二フェーズに移行したら、特殊部隊の退路を確保しなければ俺たちの負けだ。民兵組織だけじゃなくて、いよいよ敵チームの追撃も始まる」

「そうね、時間との戦いよね」

「迂回はダメだ、マスターチーフ。民兵たちがあちこちの大通りにバリケード築いてタイヤを燃やしてる。だから俺たちはこのルートで来たはずだ」

「メイソン田中の言う通りだ。ヤバい局面でも、ここを通るしかないと思う」


 ポイントマン、セカンドアタッカー、機関銃射手の意見に耳を傾けてながら結論を迫られる分隊指揮官のマスターチーフ(上級兵曹)。ギルド“パラベラム”の他の分隊も民兵組織の拠点を急襲し終わり、第二フェーズである特殊部隊の撤退路を確保するため、街の中心から出口方向へと決められたポイントへ移動を開始している。この分隊だけゆっくりと時間をかけて悩み、この場に停滞する訳には行かないのだ。


「分かった、こうしよう」 マスターチーフは一瞬だけ目を閉じ、その一瞬だけで頭脳をフル回転させて答えを導き出す。


(ヒロト……来い!) ――マスターチーフは右手の親指と人差し指の先端を繋いで丸い輪を作り、分隊の後方に佇む少年兵に向かってその輪から目で覗き込むジェスチャを取る。

 周囲の兵士とは趣きの異なるライフル銃を持ったヒロトは、中腰となって忍び足でその場に駆け付けた。


「ヒロト、前衛のメイソン田中とジョンウィッグが危険を察した。この先前方でアンブッシュとスナイプされるかも知れない」

「でも行かなきゃならないんでしょ?」

「そうだ。護衛を一人つけるから二分以内にポジション取りしろ」

「分かった」

「家屋の窓や建物の屋上、お前が怪しいと判断したら全て撃って良し」

「分かったよ」


 命令を受けたヒロトは身を翻して後方へ消えて行く。キョロキョロと頭を動かしていない所を見れば、既に自分の中で位置取りするポジションは大方決まっていたようにも見える。

 (かたわら)の兵士一人にヒロトの護衛を命じたマスターチーフは、無線のインカムに指を添えながら、今後分隊が取るべき行動について具体的な説明を始めた。


『進行方向に敵アンブッシュとスナイパーが待っている可能性が高い。しかし我々は一刻も早く指定ポイントにたどり着かなくてはならない。よって先行班と支援班に分けこのまま突破して前進する。マークスマンと分隊支援火器、そして援護一名を支援班としてここに残すが、先行班がある程度先に進んだら合図を送るから前進せよ。ようは“尺取り虫”だ、各自気合いを入れろよ』


 もともとここは戦場、危険があって当たり前の世界。努力して安全性を高めたとて、それでも死の危険性は常について回る。傭兵ギルド“パラベラム”内の分隊チーム「ブラボー」は、アルファチーム、デルタチームに遅れないように、サリジャンガル市街地のとある岐路より合流ポイントに向けて、慎重な前進を開始したのであった。



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