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41) たった今オレの闘いになった


「父ちゃん、母ちゃん、村のみんな!無事でいてくれ、無事でいてくれ!」


 二頭の馬が丘を下る。とらえた(ひづめ)が土を跳ね飛ばし、土煙をもうもうと立てて駆けるのはヒロトとリュックの馬。必死の形相で彼らが見詰める先には、黒煙をもうもうと上げる集落がある。あれがリュックの村、魔族の住むチルシャ村なのだ。


「何だあれは、焼き打ちにあったのか?」

「いや、奴らが襲って来ても、今までこんな事は無かった!」


 村の悲劇を目の当たりに、烈火のごとく怒るリュックだが、その瞳には「無事であれ」と祈りの光も灯っている。


「こ……これは!」


 チルシャ村は丘と丘の裾野(すその)に出来た平坦な地にある寒村、痩せた田畑に囲まれた中に色褪せた木材で建てられた家屋が立ち並んでいる。その村の門をくぐった二人は唖然としながら馬を止めたーーあたり構わず火が放たれたのか、家屋と言う家屋が燃え上がり、あちこちに村人たちが倒れていたのである。


「リュック、何をボーッとしてる!生存者だ、手分けして生存者を探すぞ!」


 破壊と流血、目の前に広がる地獄の光景に青ざめたまま呆然と立ち尽くしていたリュックだが、ヒロトの(かつ)で正気に戻る。


「そ、そうだな……まだ生きてる者がいるかも」


 馬から降りた二人は手分けして生存者を探し始めるのだが、リュックの足はガクガクと震え恐慌の表情はもはや気絶寸前……。それもそのはず、地面に横たわった村人たちは既に冷たくなっており、刀傷や槍で刺された傷で辺りは血に染まっている。特定の村人だけを狙ったようには見えず、老若男女全てにおいて襲われた形跡が見受けられる。そう、まさにこれは虐殺なのだ。

 ただ、ヒロトには気付いた事がある。賊は村の正門……木枠で組んだだけのアーチだが、そこをくぐって虐殺を始めたのではと推察し始めている。何故ならば正門側には村人たちの死体がゴロゴロ転がり無惨な姿を晒しているのだが、集落の奥に進めば進むほどに死体の数が少なくなっているのだ。

 “もしかしたら、運良く逃げられた人々がいるかも”と、絶望しかなかった状況の中で、ヒロトは淡い期待を抱かずにはいられない。そして彼の推理に肉付けをするような情報が、合流したリュックからもたらされた。


「ヒロト、両親の死体が無い、近所の家族もだ!もしかしたら逃げ出せたのかも」

「そうか。オレもあちこち生存者を探しながら、そうじゃないかと感じてた」

「まだ希望はある、まだ生きてる人たちがいるかも知れない!」

「そうだなリュック。拉致された可能性もあるが、生存者たちは逃げたと考えたい。彼らの行き先に心当たりはあるか?」

「そうだな……。避難場所なんてのは無いけど、多分国境方面だろうな」

 ――だって俺たち、魔族だし――

 そう言いながら苦笑いを浮かべるリュックだが、ヒロトには心底悲しそうに見える。いくらイングヴァル魔法国に近い場所に集落を築いた魔族だと言っても、このアルドワン王国の国民として直轄地に税を納めて来た。それを異種族だからと言う理由で拉致したり虐殺したりと、人間たちに好き勝手される(いわれ)など無いのである。


「ヒロト、殺された人たちを埋葬したい……」

「残念だがそれは後だ。先ず優先すべきは生存者たちの保護だ、それに事を起こした奴らが現場に戻って来る可能性がある。埋葬された光景を見れば、奴らも生存者に気付いて捜索を始めるかも知れない」

「そうだな……クソ!ちくしょう、ちくしょう!」

「泣くなリュック、こらえるんだ!オレが必ずキッチリと決着を付けてやる!無念だが今はこらえろ」


 “これは、そう言うシナリオなのかも知れないし、プレイヤーが余興でNPCの命を刈っているだけなのかも知れない。だが許さん!NPCの命を(もてあそ)ぶ事、ゲームルールとかじゃなくて、人としてのモラルの問題じゃないか!”

 (こら)えきれずに地面にドスンと尻をつき、肩を震わせ盛大に嗚咽を漏らし始める。彼のいたたまれない姿を目の当たりにしたヒロトは、腹の底から湧き上がっていた怒りが頂点に達する。リュックとの約束で頼まれたからこの地に来た、だがたった今オレの闘いになったんだ!……ヒロトに湧いた憎悪は、そう言う力を秘めた怒りなのだ。


「さあ南に行こう。生存者を、君のご両親を探すんだ」ーーそう言いながらリュックの肩に手を添えた時、状況は激変した。どこからか急に成人男性のうめき声が聞こえて来たのだ。


「……リュック!」

「ああ、ああ、こっちだ!」


“村に生存者が!”……藁をもすがる勢いで駆け出した二人が、その声を辿った先は崩れかけの鶏小屋。見れば刀傷を負った血だらけの老人が、息も絶え絶えに壁にもたれかかっているではないか。


「ロッド爺さん、大丈夫か?しっかりしろ!」

「リュック、そのご老人を横にしろ。俺も三回くらいはヒールの魔法が出せる」

「リュック……リュックか。お前の留守中に……また奴らが現れた……」


 ヒロトが回復魔法を唱える中、この村で起きた恐るべき事件について、そのロッドと言う名の老人が語ってくれた。現れたのはいつもの“奴ら”で、今までは使えそうな村人たちを拉致するために村に乗り込んで来たのだが、今日は「おしおき」で村人を皆殺しに来たのだと言っていたそうだ。


「今日は……奴隷商人はいなかったが……十字に海竜の紋章、金属鎧にだいだい色のベレー帽……間違いなくいつもの奴らじゃ。どうやらお前さんを……王都に行かせたのが……気に入らなかったらしい……」

「俺?俺が?爺さん、どう言う事だよ!助けを求めて王都に行った、村の代表だった俺の何がいけないってんだ」

「直轄領領主だけじゃなくて……王都にまでチクりやがってと言ってた……“ちゅうさ”もいたくご立腹だと……」

「ちゅうさ?誰だよそいつ?」


 治癒魔法の詠唱作業中なので、リュックたちの会話に割って入る事の出来ないヒロトだが、会話に耳を傾けていた彼が何かに気付く。そのロッド爺さんの話の内容に何か気付き、その“気付き”がヒロトの過去の記憶をなぞるように(まと)わり付いて来たのだ。――老人が語ったキーワードと、自分の過去体験が重なってしまったのである。


(今さら気付いたが十字に海竜の紋章、そしてオレンジ色のベレー帽。それに中佐……だと?)


 バキバキ!と、鉄をも噛み砕くかのような激しい歯ぎしりの音。驚いたリュックが振り返ると、治癒魔法の詠唱を終わらせたヒロトが鬼の形相で宙を睨んでいるではないか。


「旅行く船を狙う略奪者シーサーペント。五感の刺激の中でも“体感”を与える事を意味するオレンジ色、その色のベレー帽。そして中佐……パウル・ランデスコープ中佐、通称“死体撃ちのパウル”。あいつら、この世界にいたのか……!」

「どうした?急に何を言い出したんだヒロト」

「ローカルバトル・アウトカムズ(局地戦で結果を出す者達)社。……リュック、オレの勘が正しければ、奴らは相当ヤバい連中かも知れない」

「ヤバいってどう言う事だよ?」

「奴らは殺しを娯楽にしてる連中だ、殺しても殺しても満足せずに殺戮し続けるような。行くぞリュック!ご老人の治癒は効いたから馬で移動出来る。村を離れて生存者たちに合流しよう!」


 ――先ずは生き残った人たちの安全を優先する。そしてオレは約束通り拉致された人々を救い出して、奴らに復讐する!―― ヒロトが今後の取るべき道筋を説明しながらも、二人でロッド爺さんを抱え上げ、そして馬の元へと運んで行った。


 思わぬ局面で繋がってしまったヒロトの過去と現在。果たしてチルシャ村を襲った傭兵団がヒロトの過去に接点のあったその「ローカルバトル・アウトカムズ社」なのかは、この後のヒロトの動きで見えて来る事になる。ただ、もちろんヒロトに非がある訳ではないのだが、この騒動がきっかけとなり王国と魔族の全面戦争に発展するとは、今現在のヒロトどころか誰にも想像だに出来なかったのだ。



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