40) 自分で解決しなければならない事
フルダイブMMOファンタジーRPG『キングダム・オブ・グローリー』が提供する基本コンセプトの一つに、「苦労の果てに得る成果」と言うものがある。気軽に目的が達成出来るような仕様ではプレイヤーが飽きるのも早くなるため、様々なタスクを用意してプレイヤーの行手を阻んでそれを乗り越えさせる事は、KOGの世界だけでなく様々なRPGでさほど珍しくもないスタイルである。だがKOG世界においてはそれが非常に充実しており、多種多様なタスクがプレイヤーを待っている。その代表格でもあるシステムが、自分の足でマッピングする“真っ白なワールドマップ”であろう。
KOGをプレイする際に、視線でメニューキーを操作すると『マップ』の項目が表示されて自分の現在地と周辺地域がバードビューで示されるのだが、『未踏破地域』は真っ白なまま何も表示されない。自分の足でその地域まで足を進め、視界に入れる事で該当地域のマップがアンロックされる仕組みで、しかもそれは酷く狭いものなのだ――自分の視界に入った世界のみが信用に値するマップとして反映されるのだから
もちろんワープポータルは各都市や遺跡の教会や神殿に存在しているのだが、マッピングが済んだエリアでしか機能せず、真っ白なマップのままでは機能しない。
とにかくこのゲームでは「自分の足で稼ぐ」「自分の目で確かめる」作業を推奨しており、ファンタジー要素より何より優先して、人間本来の未知に対する好奇心と挑戦するマインドを育むべく、旅の醍醐味を提供しているのだ。
――だからこそ、空腹メーターが設定され、定期的な食事を摂らない者は飢餓状態でダウンするのである。
――思い付きでフィールドマップを歩く事が無駄の極みで、経験者やレンジャーの情報を集めたり、つたない地図屋の地図を求めては旅の計画を立てる事が推奨されるのだ。
――モンスターを倒しても『ゴールド』を落とさない事から、プレイヤーは真剣に自分の職業と向き合い、金策を練らなければならないのだ。
◾️例えば、自分のフィールドマップを充実させる事と、それを金策として両立させようと考える。街の図書館にある古文書 (フレーバーテキスト)や住民や商人から「その先に何があるか?」の情報を得て見当を付ける。――魅力ある目的地を見つけられるかがプレイヤーのモチベーション維持に繋がるが、その魅力を『ゴールド』に変えてくれる存在に気付かなくてはならない。それが『王侯貴族』『街の有力者』、つまりスポンサーやパトロンである。
「私の旅の先には、素晴らしい発見がある!」
プレイヤーは必死でパトロンにプレゼンテーションを行い軍資金を引き出す。目的地まで何日掛かるのか?糧食は何日分用意するか?ポーター (荷運び)はいるか?キャラバン (商隊)は帯同させるか?馬は?荷馬車は?だからこれだけの経費がかかると。
その先に何かがある。冒険心や好奇心、探究心に背中を押されたプレイヤーたちは、入念な計画の上で資金を得て、そして大胆な旅を始める。
……欧州サーバーの探検チームが、セルハバート王国の北西三百キロ先にギリシャ風の巨大な遺跡群を発見!
……北米サーバーのプレイヤー、ジグ氏が、“約束の地”連合王国の北部山脈の更に北に、標高七千メートルもある巨大な山を発見。その山に第一発見者であるジグ氏の名前が命名されると公式が発表
……極東サーバーの冒険家、アークどんたく氏が発見した大東海、巨大な湾であった事が判明。海運ギルドの探検家ちゅえる氏が証明、公式ワールドマップの名称変更へ
これこそが、キングダム・オブ・グローリーが定義する『冒険者』や『探検家』又は『トゥームレイダー(墓荒らし・遺跡荒らし)』であり、倒す・殺す以外でプレイヤーをゲームの虜にする要素の一つなのだ。
魔族の少年リュックに案内されたヒロトも今、真っ白な状態だった自分のマップを価値ある世界へと変えている。アルドワン王国の王都より出発し魔族の国に近い南西部を目指しており、具体的な目的地は国境線付近にある寒村、チルシャ村だ。人間種の傭兵らしき集団が村を襲って拉致する……それを阻止するために、ヒロトはリュックの悲痛な願いに応えたのである。
馬を走らせて三日目の朝。野営跡を片付け再びチルシャ村へと向かい始める。世界は地平線まで続く大草原と田畑から打って変わり、深い森と苔むした巨石の並ぶ台地へと変化した。遠く東の大海から吹き込んでいた穏やかで湿気のある風も今は、西の地平線を隠す大きな山脈から吹きおろし人の肌をピリッと撫でる、内陸高地の涼しげな風へと変化した。
西の地平線に見える山脈の向こうには、大陸の中央台地があり、そこには三大国家の一つであるセルハバート王国がある。サイドメニューからマップを表示すると、まるで巣穴に潜るウナギのように、自分の進んだ足跡が具体的な地図となって現れている。馬を進めれば進めるほどに、表示された地図の等高線が波を打つように後方へと流れて行く様は、まるで小舟が作った航跡の波紋のようで心地良く感じている。
「十字に海竜があしらわれた紋章……ヤツらの鎧や盾にあった紋章だ」 馬を並べるリュックが説明を続ける
「傭兵団の数は二十から三十くらい。後から続く商人たちが檻の付いた荷馬車を用意してて、捕まえた村人たちをそこに閉じ込めて……って、おいヒロト、聞いているのか?」
「あ、おお!……ごめんリュック、ついついボーッとして」
「おいおい、頼むぜヒロト」
呆れながらも心配そうに顔を覗き込む。旅の間ずっとヒロトはこんな調子で、ちょっとでも時間があると物思いに耽って上の空で前を向いていない。それでも約束を守ろうとしている事にリュックは感謝しているのだが、果たしてこのまま村に辿り着いたヒロトが、力を発揮出来るのかと心配でたまらない。何故ならば、アルドワン王国直轄領にあるチルシャ村は、その直轄領領主に陳情しても助けてもらえず、最後の望みと王都の警備隊に陳情しても魔族だと門前払いされた経緯がある。絶望に打ちひしがれたリュックにとっては、『選ばれし者』ヒロトは地獄の地に降りて来た蜘蛛の糸なのだ。だからこそ揺れているようなヒロトが心配でたまらない。
「やっぱりおかしいぜヒロト。一体あんたに何があったんだよ?」
「いや、本当にすまん。ちょっと……家族の間で問題があってな」
「家族?家族の問題かあ。それじゃさすがに俺も口出し出来ねえよ」
「そうだ、すまんリュック。気持ちを切り替えるから忘れてくれ。自分で解決しなければならない事だ」
そう清々しいセリフを吐いてはいるものの、そう簡単にスイッチを切り替えられるほどにヒロトも強くはなかった。八月十三日のあの日、帰省した実家で妹の涼子と再会して、激昂する彼女から逃げるようにとんぼ返りで東京に戻ったヒロトのスマートフォンには、母親からジャンジャンと着信が入った。着信が入ったのだが一切通話をタップ出来ず、ヒロトは無視してしまった。
なぜ妹と分かり合えないまま、我慢出来ずに東京へ戻ったのかと、ヒロトを責める電話だったかも知れない。それとも、涼子に兄の帰省を事前に話していなかった事を詫びる電話だったのかも知れない。もしかしたら母はそれすら気付かずに「帰ってこないの?」と言う電話だったかも知れない。今となってはその内容を聞き返して確認する行為すら心苦しいのだ。
“これ以上心がかき乱されるなら”と我が身が瀬戸際に立った事を実感し、自分の故郷なんてものはもはや無く、大都会に埋もれて生きて行くしかないのかも……と、寒々とした前向き思考に変化し始めていたのである。
――過去を完全に切り捨てるべきか、それとも過去の精算に固執するか―― それに思い悩むヒロト。楽しいはずのゲームにまで悪影響が出始めているのが歯痒くてたまらない。
だが、霧のかかったヒロトの脳内も、リュックの大声で無理矢理散らされる事になる。村まであとちょっととなった頃、リュックが丘の稜線を指差しながら驚きの声を上げたのだ。「煙だ!村が……燃えている!」と