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4) 平々凡々の日々、その終わり



 フルダイブMMOファンタジー『キングダム・オブ・グローリー』の世界では、辺境に行けば行くほどに「アイちゃん」がいる。アイちゃんとはつまりNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の事で、ゲーム世界の舞台設定上において雰囲気を盛り上げるために運営側が設置した擬似人格である。それらの多くは村人や旅人と言った姿で配置され、プレイヤーがコミュニケーションを図ると一定の情報を提供する役割が与えられている。またそのNPCにもランクが分けられており、AIとアルゴリズムで管理された多種多様なコミュニケーションが可能となるNPCも配置されている。

 つまり、一般のプレイヤーと比較しても遜色の無いNPCを、プレイヤーたちはAI……つまりアイちゃんと呼称していたのである。


  ◆  ◆  ◆


 辺境ナフェス荒野の中央にあるナフェスの街。ーーPKの累積で制限の付いたレッドプレイヤーやPKギルドなど、陽の当たる場所には居辛い『曰く付き』のプレイヤーたちが流れ着いたこのナフェスの街にも、もちろんアイちゃんと呼ばれるNPCが無数に設置されており、基本の設定に沿った社会生活を送っている。そしてナフェスの街の郊外においても、無数に存在する小さな農村集落の住人としてNPCは大陸に設置されていた。

 そんな農村集落の一つ、トウモロコシ栽培が主な経済活動となるさびれた集落の一つに、プレイヤーが一人住んでいる。他のプレイヤーと交流したり交易したりと、MMOシステムを満喫するのではなく、NPCしか設置されていない寒村に一人身を置き、静かな日々を暮らしていたプレイヤーがいたのだ。


「ああ、ヒロトだ!」

「ヒロトおねぼうさん」


 オチャと言う名の農村集落、十件あるかないかの集落の中央に位置する井戸の周りで、子供たちの賑やかな声が響く。


「やあこんにちわ。アデリタにカミロは、お母さんの手伝いかい?」

「うん、水汲みに来たー!」

「水汲みに来たよー!」


 ヒロトに飛びつきながらハグする子供たち、キャラクターの頭頂部にはホロニック文字で「アデリタ」と「カミロ」と表記されているが、名前の後に (AI)と言う文字が付いている。

 ゲーム内時間は昼過ぎ。砂塵に煙る黄色い太陽が、ちょうど頂点から西に傾いた頃。その頃になって自宅から出て来たヒロトが子供たちにから「寝坊」だとかわれるのも致し方無いが、ヒロトのログイン時間が大抵その頃になってしまうためで、決して実生活が怠惰な訳ではないのだ。


「ヒロト、これから仕事?」

「ああ、そうだよ」

「また剣を作るの?」

「それしか能が無いからね」


 井戸から水を汲んで用意して来たバケツへと移す。幼いカミロが作業を見たいと騒ぎ出すも、姉のアデリタが邪魔しちゃダメ!と弟を制す。その辺はAIらしい演出に溢れているのだが、当の本人であるヒロトは騒がしい姉弟をAIだからと侮蔑せず、穏やかな眼差しで見詰めていた。


 幼い姉弟に手を振られながら自宅に戻る。木造平家の大した家ではないが、裏が作業場になっている都合の良い環境である。ヒロトはここで鍛治師のスキルを上げるために、日々焼きを入れた鉄を鍛えていたのだ。


 三度目の村発注のタスクミッション「壊れた農機具の修理」を終わらせた事で、しばらくの間はフリーな時間を確保出来る……。ナフェス荒野特産の鉱物である『ロジコマイト』、鉄より軽くて魔法伝導に優れているこのロジコマイトを鍛えて、武器として扱えるかどうかの実験を重ねて来たヒロトは、いよいよ仕上げの最終段階である刃の砥ぎ作業に入ろうとしていた。


 ――作ったロジコマイトの剣は三本。一本はロジコマイト百パーセント、二本目は鉄の芯金にロジコマイトを混ぜ込んだ物、三本目は鋼とロジコマイトを混合させて鉄の芯金に添えた物――

 刃を砥いで切れ味を確かめる。そして切れ味が満足出来るならば次は耐久性の確認。どれだけ硬い物が切れるか、そして刃こぼれはするのか……


「そうか、魔力伝導性を確かめるには、誰か魔法を使える者に頼まないと!」


 ハッとして独り言を呟くも、その内容があまりにも重大且つ深刻な問題で頭を抱えてしまう。この農村においてプレイヤーはヒロト一人だけで、魔法について協力してくれるプレイヤーなどいないし、ナフェスの街にも極力顔を出していない事から、知り合いなど皆無に等しいのだ。


「弱ったな、街のゴロツキなんかに頼みたくないし……」


 視覚化コンソールを表示させ、メニュー画面からフレンドリストの項目を選択する。開かれたページには数人のアカウント名が表示されているが、アクティブではない灰色表示でログアウトのまま。ほとんどのアカウントの最終ログインが三百◯◯日前と表記されており、それはヒロトの寂寥感を増幅させるには充分な情報でもある。


「そうだな。正式なビジネスとして、クエスト依頼を出すのが筋道の通し方だな」


 その表情に影を落としたまま、それでもやれる事はやろうと、剣の仕上げの段取りに入る。井戸水の入ったバケツを砥ぎ石台の脇に置き、未完成の剣いよいよ取り出した時の事。家の玄関を激しく叩く音に遮られて作業は結局中止となってしまった。


(ヒロト、いるかい!人が訪ねて来てる!君を頼って人が来てるぞ!)


 木造のドアを盛大に叩きながらそう叫ぶのは、この農村のリーダーであるファニート。もちろん彼の名前の末尾には(AI)と表記されている。

 一体何を慌てているのかと、のそりと立ち上がり玄関に向かうヒロト。新たなクエストか何かが発生したのかなと、歩きながら思案を巡らせていたのだが、面倒臭そうに扉をギイイと開けると、ファニートの隣りに立つ人物を前に、腰を抜かすほどに驚いた。


「き、君は……ヒナ?ど、ど、ど、どうしたの?」


 そう。数日前に海岸で出会った少女が、今にも泣き出しそうな表情で目の前に立っていたのだ。


「ヒロト助けて!仲間が、仲間が人質になっちゃったの!」



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