38) 出発!紛争地帯へ
『どうだい?データは残ってたかい?』
『あった、ありましたよ。これならすぐ動けます』
『悪いね。ならばさっそく王都エミーレ・アルドワンに強制リスポーンさせるから、彼を見つけて欲しいんだ』
『了解です。それで、ある程度の場所は絞れてます?』
『ああ。王都の西区画の下町に月光亭と言う宿屋がある。彼はそこでNPCと落ち合うようになってるようだ』
『ふふ、久々にヒロちんに会うのは……ちょっと楽しみ』
『活動資金は今アカウントに送っておいた。重ねて注意しとくけど、主役はあくまでもヒロトだからね、羽目を外しちゃダメだよ』
『フーアー・マスターチーフ!』
昨年に実装されたマップ、ナフェス荒野。赤茶けた砂岩の地に空を舞う赤い砂塵、その荒涼とした大地に一粒の小さな光が輝き……そして消えた。
◆ ◆ ◆
アルドワン王国の王都、エミーレ・アルドワンをグルリと囲む巨大な城壁。都の中心にある王宮を基点として、まるでコンパスでも引いたかのようなその見事な円形の城壁には、四つの巨大な門が東西南北に据えられており、その四つの巨大な門こそが東西南北に延びる大街道のスタート地点となっている。ようは国道1号線における日本橋のようなものだ。
――肥沃な穀倉地帯に向かう街道の基点が東門
――深い森と険しい山岳地帯、亜人の国に向かう基点が北門
――荒涼とした大地と高所の草原地帯に向かう基点が西門
――魔族の棲む混沌とした熱帯地域に向かう基点が南門
その門、つまり街道がどこに向かうかで流通の内容も変化するので、城下町の質も東西南北で変わって来る事となる。例えば、東門や北門付近の城下町は穀物売買や材木・鉱石売買の商売が賑やかで、経済的に富んだ商家などに支えられており、南門付近の城下町は武器や糧食などの軍事物資流通で潤っている。城下町において一番経済的に低いのは西門付近の城下町、つまり西区画である。西側世界との貿易が盛んでは無い事から、いつの間にか西区画は王都の経済生活において、底辺階級が集う場所へと変わってしまったのだ。
その王都西区画の下町に今、ヒロトはログインした。日付は八月十四日、日本全国がお盆休みの中日を満喫していた時の事、ヒロトは再びキングダム・オブ・グローリーの世界へと帰って来たのだ。
「あれえ!ヒロト、帰って来るのが早かったじゃないか!」
KOGに帰って来たヒロトを驚きながら出迎えたのは、チルシャと言う名の村からやって来た少年リュック。チルシャ村は魔族の村であり、彼も頭に二本の角を持つ魔族である。
「用事が終わるのが三日と踏んでいたけど、思いの外早く終わったんだよ。行くぞリュック、旅支度を整えろ」
このリュックと言う魔族の少年がなぜ田舎の寒村からこの王都へ来たかと言えば、彼の村が人間の傭兵団らしき集団に頻繁に襲われて、村人たちが拉致されているのだと言う。それでこの王都に助けを求めてやって来たのだが、魔族だと言う理由で相手にされず門前払いされているところ、ヒロトと巡り会ったのだ。ヒロトはリュックの願いを快諾し、問題を解決する事を約束した。――ただし、お盆休みの三日間だけ所用で猶予をくれと頼み、リュックをこの宿屋に泊めていたのである。
(さっき王立図書館にあったフレーバーテキストを一通り読んで来た。結構に根が深い問題のようだな)
リュックの求めに即答で了承したは良いが、土地柄や地域の歴史に疎いまま行動を起こすのは失礼であり、現実的な作戦も立てられないと、ヒロトはアルドワン王国の南方地域についての知識を貪り得た。それによれば、魔族と人間との関係性は即ち水と油。衝突の歴史を繰り返し積み上げて来た戦乱の歴史だったのだ。
この大陸で人間種が統べる最大の国家、それがアルドワン王国であり、王国の北方にある周辺隣国とは至って平和的且つ友好的な関係を築いて来た。しかし王国南方の国境線に接する隣国とは、片っ端から緊張関係が続いているのだ。その中でも、アルドワン王国に対して露骨な敵意を向けて来た魔族の大国が二つある。一つは王国領土の南西方面に隣接する魔族の国『イングヴァル魔法国』で、もう一つは王国領土の南方面に隣接する『ユエルアリスタル公国』である。
人間側から見れば、魔族はひとくくりに魔族である。人類の進化の過程で魔力の影響を多分に受けて魔族となったのか、それとも魔族こそが創世時代の人類の始祖なのかは分からないが、どんな姿形をしていようとも、人間は魔族を一括りに『魔族』と定義して来た。だが魔族にも様々な種族や氏族があり、それを根源として生存権を広げて今に至る。例えばこの『イングヴァル魔法国』の場合は、土地から溢れる魔力の影響で、デーモン種などの魔法発現に秀でた種族が国家の核となっている。逆に『ユエルアリスタル公国』は魔力を戦闘技法に利用するオーガ種、つまり鬼族が国家の礎となっているのだ。
――だからこそ魔族もまた離合集散を繰り返して国家形成を成している。人間が軽く魔族と一括りにしてしまうような世界ではないのだ――
アルドワン王国とイングヴァル魔法国、アルドワン王国とユエルアリスタル公国、そしてイングヴァル魔法国とユエルアリスタル公国の三角関係。つまりは三つ巴の睨み合いと三すくみによる、決して気を許せない緊張状態の国境線に、ヒロトは足を踏み入れようとしていた。
リュックとの約束通り、宿代から食事代をヒロトが精算し、馬を盗まれたリュックと自分用に馬を二頭用意し、いざチルシャ村へ!と西門に立つ。
「……大丈夫かヒロト?顔色が悪そうだが、何か心配事でもあったのか?」
「気にするな。大した事じゃ無いよ」
「そうなのか?それなら良いけど……」
「それよりもリュック、何度も言うようだが、オレに出来る事には限りがある。だから結果を急かすなよ」
「分かってるよヒロト。あんたには感謝してるんだ、思う通りに進めてくれ」
「先ずはその傭兵団と商人らしき連中の正体を突き止める。次に連れ去られた村の人々を見付けて救出し、そして奴らを片っ端から潰す。それで良いな?」
「ああ、ああ。頼むヒロト!村の皆んなを……」
「心配するな、お前の兄貴も必ず救い出すよ」
「ありがとう、“選ばれし者”ヒロト。お前はまさに救世主だ」
二人は馬の腹に軽く踵を当てる。すると馬は心得たとばかりにカッポカッポと蹄を鳴らし、石畳の街道へと身を進め始めたのであった。
一方、王都西区画の下町にある宿屋『月光亭』はザワついていた。ヒロトたちがチルシャ村へ発った後の事なのだが、月光亭の一階にある食堂、そこにいる客の全てが、一人の人物に視線が釘付けになっていたのである。
「天使族、初めて見た……」
「……綺麗……」
「神々しい、それにめちゃくちゃ美人だ」
「こんな下町に、何で天使族が?」
「まるで女神様みたいだ」
安宿の食堂が提供するささやかなご馳走を求めて集っていた町の老若男女は、店に入って来たたった一人の天使族の女性に、全員眼を奪われてしまっていたのである。
皮のブレストアーマーや皮のパンツ・ブーツ姿から、その天使族の女性が決して平和の使者ではく、何か荒事を生業にしているのではと推察出来るのだが、そんな血生臭さを忘れさせる程に“美しい”のだ。
草色も混ざった細い金髪、透き通るような白い肌とコバルトブルーの瞳、そして大胆にカットされた背中に見える見事な白い翼。この人物が一体何者なのかは、やがてヒロトとこの女性が邂逅する事で明らかになる。
……ヒロちんとはすれ違いか。まあ慌ててもしょうがないし、ゆっくり追いかけよう……




