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35) 北へ!南へ!


 『アルドワン・グラフ』とは、キングダム・オブ・グローリーの世界において、ウェブ雑誌を発行する編集社の社名及び発行物の名称である。KOG世界の絶景や観光・旅行記などを掲載したプレイヤー向けの写真誌を販売し、その視聴回数を報奨金に換金して生計を得るゲーム内企業である。

 もちろん、ゲーム内環境を無断撮影して他の動画投稿媒体にて発表するような性質ではなく、KOG運営の厳しい審査を経てインセンティブ契約を取り交わし、そして運営から認可を受けた『公式マーク付き』の団体なので、制限は大きいもののその影響力は計り知れない。

 運営との取り決めにおける『制限』とは具体的に、ダンジョンやマップやモンスターなどの「攻略法」は発表しない。バグなどの不具合データによる面白現象の発表はしない。もちろんチートなどの不正ツールの紹介も然りである。総じて裏ワザ系はNGであり、まだ行った事の無い世界に、プレイヤーが思いを馳せられるような誌面作りこそが、KOG運営から推奨されていたのである。


 アルドワン王国の王都、エミーレ・アルドワンの商業地区。中世時代の雰囲気を醸し出す、西洋風の石造りの建物が立ち並ぶその一角に、アルドワン・グラフの社屋がある。三階建てのこぢんまりとしたビルディングではあるが、今その中ではキングダム・オブ・グローリーの最新情報を議題に会議が行われている。ちょうどコンビニエンスストアの広さほどの会議室に編集社の主要メンバーが集まり、黒板にデカデカと書かれた『極秘情報』を視界に入れながら、期待と熱気に溢れる打ち合わせが進んでいたのだ。


 円卓の上座、つまり黒板を背にしているのはギルドマスターで編集長のハル、エルフ族の魔法使いだ。その絶対的リーダーのハルを基点として、時計回りにホビット族の神官ポレット、人間族の騎士カリン、更に人間族のレンジャーであるヒナで構成される三人の撮影チーム、通称『ポレット班』が並んでいる。そしてヒナの隣りには更に二人。竜族・ドラゴニュートの戦士ランペールと、エクソシストの人間族ゲンゾウの通称『ゲンゾウ組』が会議に参加していた。


 リーダーのハルの背中にある黒板には荒っぽい文字で彩られた箇条書きが並び、その下にはアップデート内容の詳細と記されている。年内にマップ実装三か所やレベル解放など……先日プラネット社CEOのクリストフ・エグナーが公式に発表した内容が連ねられているのだが、この黒板はそこから下こそが本題だとばかりに白赤黄色と賑やかに文字が書き殴られている。

 先ずはデカデカと「極秘」と書かれた文字。それをグルグルと赤チョークで円を描いて強調し、スクープの文字まである。……どうやらギルドマスターのハルが仕入れて来たとびきり上等な特ダネらしく、それについての作戦会議が今行われているようなのだ。


 『発砲デスの宮!』と誰か勘違いしたのか、それともウケを狙ったのか分からないような文字が大きくバッテンされ、『北方ディスノミア』と改めて書き込まれた先には、ローグライクやストーリー分岐など魅力的な文言が輝いている。ハルはそれらの情報を説明した後に、アルドワン・グラフとしてどう動くのか具体的な活動指示を出し始めていた。


「今回の実装内容はマップの名称からして、北半球の極地に近いのだろうと予測される。大陸北部もだいぶ広いので、ポレット班とゲンゾウ組の合同作戦で行こう」

「ギルマス、マップの実装ポイントって予測付きます?ある程度の地域をカバーしとかんと、いざ予測が外れた時に出遅れる気がするんすよ」

「ゲンゾウ君の危惧は正しい。多分大勢の一般プレイヤーもマップ解放と同時に現地乗り込みを狙うはず。個人的にSNSに画像を上げるのは仕方ないにしても、我々も早く絶景にたどり着いて旅行記を発行したい。だから、今回は合同チームで臨むが、ソロ活動から開始してもらいたい」

「うん?合同なのに……ソロ?」

「ふふふ。カリン、ポカンとしないの。つまりね、大陸北部にも色々国が並んでて、主要都市があるでしょ?メンバーが分散してそれぞれ都市に滞在して、その日が来るのを待つのよ」

「ああ!なるほどね。分かったよギルマス」

「横列隊形ってやつですね。横一例になって射線を広く取れば、誰かに必ず当たりが来る」

「ポレットの言う通り。各自ギルドチャットを利用すれば情報の共有も出来るし、その都市の賑わいや訪れるプレイヤーの数でも判断出来るでしょ?」

「なるほど。そっすね、情報を持ってるのは俺たちだけとは限らない。他のルートから情報を得て、更新を待ってる連中もいるかも知れない」

「そう言う事。横一例に並んでおいて、その日が来たら全員が一斉に現地へ駆け付ける。みんな、よろしくお願いね。特にランペール君、ダンジョンはあなたが主役よ」

「槍……槍ですね。承知しました、任せてください」


 ランペールはドラゴニュートで、既に槍もマスタークラスだからダンジョンとの相性バツグンだよねぇ……と、仲間たちが盛り上がる中、ヒナだけは浮かない表情で押し黙っている。期待に胸膨らむ大規模更新にも関わらず、なぜ彼女はぼんやりとした瞳で仲間の輪から一歩外に出ているのか――。王都中に張り紙を貼っても、ヒロトの情報がまるで入って来ないと言う現状だけでなく、この会議が始まる前に、ギルマスのハルから言われていた事があったのだ。「ヒナ、あなただけは北に行かずに、別の取材をしてもらうから」と。


(……ヒナ……ヒナ……)

「……ヒナ、ヒナ。聞いてる?ヒナ」

「あっ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしちゃって」

「おいおい、また王子様の事考えてたんじゃねえだろうな」


 ニヤニヤしながらヒナからかうカリンとポレット。顔を真っ赤にさせながら否定するも「違うよ、それだけじゃないよ!」と、本人も気付かずにボロを出している。


「遅くなってごめんねヒナ。あなたに今回単独行動をお願いするのは、あなただけ南に向かってもらいたいのよ」


 ハルの言葉に一同騒然とする。大規模アップデート第一弾の目玉は何と言っても『北方ディスノミア』であり、アルドワン・グラフとしては社を上げて北方面に注意を注がなければならないのに、ギルマスはヒナに対して南方面に行けと言っている。ギルマスは公平で義理人情に厚い人物であるのは皆も分かっている。ヒナへの嫌がらせではないと理解しているのだが、だからこそ南に何があるのかと、興味の全てを持って行かれてしまったのだ。


「南って……南はどこで何をすれば良いのですか?」

「アルドワン王国、クレメンテ・ラニエーリ伯爵自治領。つまりラニエーリ辺境伯自治領へ行って、国境の最前線を取材して欲しいの」

「国境の最前線ですか?あの魔族のユエルアリスタル公国との紛争地を?」


 ヒナの知識に微笑みながら満足し、ハルは衝撃的な内容を口にする。そう、北方ディスノミアにも引けを取らないような、最大級の特ダネを披露したのだ。


「大規模アップデートの第二弾は人間族と魔族の大規模戦争。大型モンスター一体に複数のプレイヤーで挑むレイドバトルではなく、大勢のプレイヤー対大勢のプレイヤーが行う戦争。名称はまだ仮で“defense and invasion”……防衛と侵攻、もしくはグラウンド・ウォーと呼ばれてる」

「すごい……そんなシステム可能なの?」

「まだガンガンと紆余曲折してるみたいだけどね。でもね、もしかしたらテストプレイに参加するかも知れないよ?」

「えっ?えっ?テストプレイに参加って……私が?」

「違うわよ。ほら、神がかった強さで悪党を殲滅した荒野の英雄。強制転移でどこに飛ばされたんだろね?」

「ああっ!……つまりそれって!……」


 目をひん剥いて前のめりになるヒナ。ハルの言わんとしていた事が理解出来た瞬間、目を爛々と輝かせて前のめりになる。

 ――この人員配置はまさに、ハルの粋な計らいだ――

 ハルのぎこちないウィンクは、ヒナだけでなくメンバー全員にそう思わせるだけのパワーがあったのだ。



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