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33) NPCの怒り 前編


  王国軍警備隊事務所

 堅い城塞で囲まれた王都エミーレ・アルドワンの正門、巨大な凱旋門を入って直ぐに、王都を守る歩兵部隊の駐屯地がある。その駐屯地と外部を繋ぐ大きな建物が警備隊事務所。戦闘クエストやタスクをこなす、プレイヤーのための窓口。チュートリアルのラストを飾るべく、ヒロトは今この警備隊の扉を開けたのだ。


「へえ……なるほどな。既存のファンタジーゲームの概念にケンカ売るだけの雰囲気はあるな」


 重厚な石造りの事務所の中は、王都や周辺集落の住民とプレイヤーでごった返しており、カウンターの奥で対応する兵士がズラリと並んでいる。どうやら住民たちがここで陳情を行い、その内容を警備隊が吟味した上でプレイヤーに調査やモンスター討伐を依頼する流れになっているようだ。また事務所の壁には掲示板が設けられており、警備隊を通さずに住民側とプレイヤーが直接交渉が出来るコーナーとなっているようだ。


  【急募・魔瘴気感染のイノシシ討伐】

 王都エミーレ・アルドワンより北街道を一日半、モッサの集落に隣接する森でイノシシの集団が暴れている。イノシシの群れは魔瘴気に感染しており、土壌汚染が深刻化している。魔の森に変わる前に殲滅をお願いしたい。剣などの物理攻撃と神聖魔法による浄化が必須。イノシシ一体につき銀貨二枚ーーモッサ村長より

  【倉庫荒らしに制裁を】

 深夜何者かに小麦倉庫が荒らされ、莫大な量の小麦を廃棄処分にせざるを得なくなる。怨恨か愉快犯かは分からないが、犯人を見つけて欲しい。報酬は要相談ーー王都西地区の小麦加工組合より


 臨場感溢れる依頼の数々。さながらそれは、フレーバーテキストのように濃厚な情景をプレイヤーに想像させている。警備隊が受けた依頼をこなすか、それとも掲示板の依頼をダイレクトに受けるかはプレイヤーの意思次第なのだが、なるほどそこに人間模様があるのだなとヒロトは実感するーー警備隊案件ならば警備隊から上乗せ報酬はあるが、それなりにデンジャラスなのは間違いない。逆に掲示板での直接交渉は、警備隊に顔バレする事が無くビジネスが出来るのだ……価格は運だとしても。

 ※フレーバーテキストとは、ファンタジーゲームなどにとどまらず、様々なゲームにおいて、本筋や核となるストーリーには関係ないが、それら全てを『盛り上げる』ために、細かな設定やサイドストーリーを記した雰囲気作りの「余談」の事を言う。


 警備隊受付窓口の喧騒を眺めて楽しみ、掲示板の賑やかさから人々の交流の深さに喜びながらも、一歩退いて傍観者に徹するヒロト。何故ならば窓口も掲示板にも「推奨レベル、ソロ二十、パーティー十五」などのレベル上限、制限が課されており、とてもではないが暫定レベルキャップ八十に達すかしないかのヒロトには参加出来ないのだ。


「これで一通りチュートリアルが終わるなら……そうだな、そろそろ旅にでも出るか」


 そう呟いて身を翻すヒロト。足を出入り口に向け始めた時に、扉横にデカデカと貼ってあるチラシに目を奪われしばし首をひねるのだが、そのチラシの意味が分かったのか、素っ頓狂な叫び声を上げてしまい、無駄に周囲の注目を浴びてしまう。


「た、た、訪ね人?これオレだろ?オレだろ?何でだよ」


 不審な者を見る目を背中に感じてしまったのか、赤面しながら肩をすぼめ、声のトーンを落とす。【訪ね人!この少年を見かけた方は……】と始まるこのチラシ、ナフェス荒野のヒロトと名前が書いてあり、自分の姿が画像として添付してあれば、いくらヒロトでも気付かない訳が無い。


(オレを探してるのはヒナなのかな?確か王都のウェブ雑誌社でバイトしてると言ってたから)


 ナフェス荒野での自分を知る者で、王都にゆかりのある人物と言えば、あのヒナしかいない。こんな訪ね人のチラシなんか貼って、オレを一体どうする積もりなんだろう?と、思案に暮れながらもそそくさと警備隊事務所から退出する。奇声を発して注目されたのはしょうがないとしても、自分のキャラの頭上にある名前表示の隣にレベル表記があり、何で高レベルプレイヤーがここにいるんだ?と周囲が更にザワつき始めたからだ。


「でもオレ、スキン変わっちゃったし……。今さらオレだって言っても、気付いてくれないんじゃ?」


 アカウント登録時に無料で配布される『アジア人、少年、Aタイプ』ではなく、無料で配布される白シャツ、ズボン、革靴も装備していない。クセのある黒髪に精悍な顔付きと細身の身体、もはや丸みを帯びた「一般的な少年」の姿ではない。本人が望むと望まないと、現実世界の姿をまるまる投影させてしまっているのだ。さらにチュートリアルのポイントで衣服も無料交換し、自分のクラスである暗殺者を彷彿とさせるような黒シャツに黒い細身のズボンに黒いコートで身を固めてしまった。以前のヒロトを知る者が今のヒロトを見ても、とてもじゃないが同一人物だと分かる訳が無いのだ。

 どうやらヒナが自分を探しているらしい。彼女の前に、この姿で出て行くべきなのかどうか……。


 逃げるように出て来たので、チラシに書いてあった連絡先もまともにチェックしておらず、もう一度事務所に行こうかどうかと、挙動不審で入り口前でウロウロしていたのだが、ヒロトは突然背中にドンと衝撃を受けて吹っ飛び、「むぎゅう!」と声を絞り出しながらベタリと石畳に顔面ダイブしてしまう。「痛たた……何だよ」と顔を横に向けると、自分と同じく若者が一人地面に横たわっている。

 どうやら背中を誰かに押されたのではなく、この若者がぶつかって来たのがきっかけらしい。事務所の扉がバタンと開いて、自分ごと中から吹き飛ばされたようなのだ。


「何度言わせるんだ、来るなと言っただろ!」

「お前みたいなのが来たって、誰が相談するか。この魔族が!」


 事務所の入り口に出て来た警備隊の兵士たちが激昂しながら叫んでいる。もちろん兵士たちはヒロトに向かって吠えているのではないのだが、ハッとしてうずくまる若者に目を凝らすと、彼の側頭部に何と、二本の角が生えていたのである。



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