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32) 逃げられない記憶


 母親からの着信、ヒロトはそれをすぐタップして通話に出る事は出来なかった。着信をそのままに一度KOGからログアウトし、フルダイブギアを頭から外しながらベッドから起き上がる。そしてそのままベッドに腰掛けて数分の時が流れた後、意を決したのか彼はあらためてスマートフォンを手にした。

 トゥルル!着信履歴にある母親の番号をタップして直ぐの事だった。まるで待ち構えていたかのように回線が繋がり、慌てた調子の声が聞こえて来たのだ。


(も、もしもし浩人(ひろと)!)

「もしもし、オ、オレだけど。出られなくて悪かったね、シャワー浴びてたよ」

(気にしないで、急に電話したのは私なんだから)


 母子の関係でありながら、どこかよそよそしい二人。母親もヒロトも“遠い”とは感じているのだが、それが東京と田舎との純粋な距離感では無い事は、お互い承知の上ではあるのだが、ここまで離れてしまったのかと、互いに過去を噛み締めているようにも見える。


「それで……今日はどうしたの?連絡はちゃんとしてるでしょ」

(確かに、確かに模試の結果は郵送で貰ってるけどね)

「模試の結果は悪くないはずだよ、塾もちゃんと通ってるし」

(そうじゃなくて、そうじゃなくて……。今日はね、たまには実家に帰って来ないかと思って電話してみたの。ほら、来週からお盆休みだし)

「実家に帰る、帰省って事?」

(うん。ほら、あなた去年の春に東京行ってから一度も帰ってないし、お父さんもたまには顔見せろって)

「父さんが?帰って来いって言ってるの?」

(そうよ。模試でも良い成績取ってるし、これなら六大学は堅いからって喜んでる)

「……成績良いから帰っても良いって事は、悪ければオレはどうなってたんだろ」

(違うの浩人、誤解しないで。あの人もほら、あまり口が上手くない人だから。前から気にしてたのよ、連絡来たか?って、ずっと心配してた)

「父さんが……。涼子は大丈夫なの?」

(涼子、涼子は……)


 ヒロトは聞き逃さなかった。妹の現状を訪ねた際に、母親が即答出来なかった事を。まるで犯罪者を見るかのような眼で兄を見詰め、烈火の如く怒りをぶつけていた妹の涼子が、実家を離れて一年半の間距離を取った事で鎮まったのかどうか問うたのだが、母が言葉を詰まらせた事で確信する――なるほど、涼子はまだ怒り狂ってるのか、と


「オレが帰ったら、涼子の神経逆撫でするんじゃないの?」

(でも、でもね……いつまでもこのままじゃいけないと思うの。たった二人の兄妹なんだから、互いに分かり合えるようにならないと)

 ――涼子には私から、ちゃんと話しておくから――


 なし崩しとでも言えば良いのか、結局のところ母親に押し切られる形で、ヒロトは盆休みを利用して帰省する事を約束してしまう。一年半ぶりの故郷、懐かしい実家、母親の手料理など、思い付く言葉がヒロトの脳裏をよぎるのだが、そうなると思い出したくもない記憶が蘇って来る……「シカト」「暴力」「脅迫」「冤罪」。それらは決して懐かしいと思えるような出来事ではない、今この時点ですら当時の記憶が鮮やかに(よみが)える、逃げる事の出来ない忌々(いまいま)しい記憶なのだ。

 ――それでも、涼子と分かり合えるなら、一歩前進なのかな?――


「あっ!ええええっ!やっちまったかオレ!」


 ぼんやりと考え事をしながらログインしていたヒロト。チュートリアルに従いマダム・ブルニルダの店へと赴き、自分を投影するキャラクターのカスタマイズをし終えた際に、情け無い悲鳴を上げる羽目になってしまった。チュートリアルで稼いだボーナスポイントを消費して、無料の上着、無料のズボン、無料のコートなど“ワンランク上”のサービスを受けたその最後の仕上げとして出された提示に、思わずイエスの選択をしてしまったのである。

「フルダイブギアのセンシング技術を利用し、キャラクターを自分に似せよう!」これがその原因となったチュートリアルの内容。頭に装着したフルダイブギアのセンサーを使って、自分の身体を全身スキャンし、自分そっくりなアバターを投影させるのだが、ついつい惰性で進めてしまったようだ。


「いやあ、失敗した。そんなつもりじゃなかったのに」


 店主のマダム・ブルニルダから「お似合いですよ」とお褒めの言葉を貰いつつ、全身鏡に映る自分を見る。見慣れた頭髪に見慣れた瞳、鼻、口、そしてそこそこの身長と痩せた身体。まさかゲームの世界で現実世界の自分を見るとは思わなかったと、呆然としている。


「キャンセルしてやり直そうにも、もうポイントが無いよ……」

 

 受け入れざるを得ない今のアバター、身バレしないよなと視線を飛ばしながら店を出る。チュートリアルもいよいよ最終チャプターに入ったのか、技術的なタスクではなく“街の人々に話しかけてみよう!(イベント起こるかも)”とか、“王国軍警備隊事務所に行こう!”などの、いよいよ本格的なストーリーモードへの基点に誘導する選択肢が表示されている。


「そうか、このゲームは冒険者ギルドって無かったんだな。それじゃ警備隊事務所に行ってみるか」


 システム上、このキングダム・オブ・グローリーの世界には『冒険者ギルド』と言う設定は無い。ギルドと言う名称は、石工や鍛造や通商などの経済活動を行うプレイヤーの互助会に適用され、ロールプレイングゲームの根幹にあるモンスターとの戦闘に関しては、その土地その土地の国家政府や自治体が、民衆からの討伐依頼を取り仕切っている。また、冒険者ギルドが存在しない事から『冒険者ランク』なる概念も存在せず、プレイヤーは政府自治体や民衆から討伐依頼を受けてそれをこなし、【英雄としての評判】が広がる事で、自分の地位を確立するのである。つまり数値で自分やライバルプレイヤーを測る事は出来ず、他のプレイヤーやNPCの評判でのみ、自分の価値を認識出来るのである。


 【王国軍警備隊事務所】

 アルドワン王国の王都エミーレ・アルドワンと周辺集落の治安を守る、王国軍の首都防衛の(かなめ)。この警備隊は、貴族の子弟と騎士叙勲を受けた戦士で編成される王直属の近衛騎士団、そして外征専門の王国騎士団よりも規模の大きい歩兵部隊である。モンスター出現や盗賊や犯罪行為に関して、警備隊はその窓口で民衆の陳情を受け、治安維持活動や警察活動を行う部隊である。プレイヤーはその窓口に赴き、傭兵としてタスクを請負う事で自分の経験値を上げて行くのだ。

 ヒロトは今、その警備隊の事務所にたどり着いた。彼の傭兵としての活動が始まるのである。



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