31) 王都エミーレ・アルドワン
キングダム・オブ・グローリーの世界において物語の核となる主要な『王国』は三つある。遊牧民を基盤とする騎馬民族の王国と、亜人たちが結集して成立させた連合王国、そして人間だけで樹立させた王国『アルドワン』だ。
・ファンタジーロールプレイングゲームの王道を行くかのような、騎士剣と西洋甲冑に象徴されるアルドワン王国
・西洋文明の対極を張りそうな、曲刀と軽装鎧の東洋風騎馬民族を基礎とするセルハバート王国
・巨大な森や険しい山々などが形作る天然要塞で、様々な亜人の王国が集まった“約束の地”連合王国
マップ的にもこの三つの巨大な王国が三角形状に隣接しており、プレイヤーの初期スタート地点となっている。アカウントを作成し終えたプレイヤーは、自分の好みに合った王国を選び、チュートリアルからメインストーリーへと進むのだ。
そして今、日本では夏休みに入った学生たちにプラスして、来週から始まる長期連休『お盆休み』を早々満喫し始めた社会人が底上げするように、キングダム・オブ・グローリーのスタート地点が賑わっている。全世界を驚かせた「天空の街構想」もそれに拍車をかけ、前代未聞の新規アカウントさん祭りで大盛況となっていたのだ。
だが不思議な事に、新規アカウントを製作した訳でもないのに、スタート地点で首をひねるプレイヤーが一人いる。場所はアルドワン王国の王都『エミーレ・アルドワン』。そこには何故か、ヒロトが呆然と立ち尽くしていたのだ。
「別の場所に飛ばされるのは覚悟してたが、いくら何でもあんまりじゃないか……」
口からは怨嗟の言葉が滲み出ているものの、割とあっさりめの苦笑を浮かべているヒロト。氷の女王に飛ばされた先がここかよと、まるでベタベタのお笑い芸を見せられているような“罰ゲーム”気分を味わっていた。何故ならば、ヒロトが今立っている場所は王都エミーレ・アルドワンの街を囲む城壁の前。巨大な正門が新規プレイヤーを受け入れるように広々と扉を開いており、ダメ押しのように画面には『ようこそ、キングダム・オブ・グローリーの世界へ!』と歓迎する文字が浮かんでいたのだ。彼が呆けてしまうのも仕方がなかったのだ。
「レジオン勢はナフェスの海岸でスタートして、チュートリアルも受けたんだけどな。これ……もう一回受けなきゃダメなのかよ」
辺りを見渡せば新規登録者ばかり。ほぼほぼいじってない初期設定の顔と、無料で配布される白シャツにズボン姿。仲間同士で登録したのか話に盛り上がっている集団もあれば、フルダイブに慣れずにオロオロしている挙動不審者など多種多様。だが、この場にいる全ての者たちが、この先待っている冒険に想いを馳せ、高揚感を隠す事無く瞳をキラキラと輝かせていた。
「あっ、オレはスルー出来そうだな。チュートリアルの案内にチェックが付いて、どんどんクリアされてく」
周囲の者には見えないが、ヒロトの視点から見ると、画面右上にあるメッセージラインに“職業を選択しよう!”や“ボーナス数値を自分の基本パラメーターに振り分けてみよう!”と、しきりに案内のメッセージが表示されては自動的にチェックが入り消えて行く。当たり前の話になるが、ヒロトはログインしたての新規初心者が済ますべき設定は全て行っている。『三つの願い』をもってナフェス荒野の西海岸から特殊スタートしており、この段階でクリアすべき項目など無いはずなのだ。
だが、一通り第一段階でチュートリアルが終わり、第二段の“さあ、街に出てみよう!”と言うチャプターが始まると、ヒロトは意外なところでつまづいてしまう事となる。“ポイントを利用して自分をカスタマイズしよう!”――ここにチェックが入っていなかったのだ。
「チュートリアルをクリアすると、ゴールドとは別にボーナスポイントが加算される。そのポイントを利用してもう一ランク上のスキンにしろ……か」
王都エミーレ・アルドワンの正門をくぐり、街の中へと入る。“マダム・ブルニルダの店へ行こう!”とメッセージが現れ、ご丁寧に矢印まで表示され始めた。
「まあ、別に……単に課金したくなかっただけで、自分のスキン(容姿・服装)にこだわりがある訳じゃない」
――何故に王都に強制転移させられたのか心あたりが全く無い。つまり改めて流れに沿って行動すれば、見えて来るものもあるかと、ヒロトは誘われるままに、指示されたマダム・ブルニルダの店へと向かう。
「白金修道騎士団、ただいま騎士を目指す戦士募集中だよ!」
「魔術師はいるかい?グリーングラス傭兵団は魔法職を歓迎するぞ!」
「技術職をメインに考えてる新人さんはいるかい?西町鍛治ギルドでステップアップを!」
正門を通過して王の居城”モルゲンバーグ城”に続くメインストリートを歩き始めると、新人勧誘を目的としたプレイヤーがひっきりなしに声をかけて来る。それこそ、石畳を踵を一度鳴らすたびに、一声かかるほどの賑わいだ。だが既に盗賊職でスタートして上級職の暗殺者となったヒロトには無縁の話。ましてやこんな太陽が燦々と輝く天下の往来で「暗殺者募集中!」など声をかけて来る者など皆無。通りはごった返しているものの、ヒロトは物思いに耽る余裕すら持ちながら、目的地に足を進めて行った。
初めて見る王都、プレイヤーが溢れる大都市。荒野でスタートしたヒロトにとっては、見るもの全てが新鮮なのだが、不思議と彼は静かである。街の雰囲気に飲まれず、街の雰囲気を楽しむ事も無く、ゲームの進行に淡々と身を任せている。――それには彼なりの理由があった。前回ログイン時にプレイしていた特殊マップ『北方ディスノミア』を去る際、つまりログアウトと同時に、彼の母親から電話が入ったのだ。
(来週からお盆休みだし、たまには実家に帰って来たら?)
母親からの思いがけない提案に、ヒロトは苦しみながら思案を巡らせていたのである。