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3) 望郷の碑


 ハア、ハア、ハア、ハア! と、荒い吐息が静寂を破るのは、海岸線に沿ってゴロゴロと並ぶ丘の中腹。その丘の一つを海に向かって駆け上がっているようで、可愛らしい音色のその吐息は少女のものと推察される。

 辺りには人工物のカケラも存在しない、百パーセントの大自然。丘は砂丘ではなく岩や土で盛られた荒れ地の様相を呈しているが、その少女は海を見たいと思っているのか、その駆け足に迷いはなく、一直線に海へと向かっている。


「……もうすぐ日没、西の空も焼け始めてる。間に合うかな……!」


 草色のマントを羽織り、皮のブーツに皮の胸当てを装備したその少女は、腰に短めの片手剣をぶら下げている。純粋な戦士ではなく旅人とも思えるのだが、あまりにも軽装過ぎるので彼女が何者なのかは見た目からは班別出来ない。


「あっ、あっ、今チラっと水平線がチラっと見えた!後ちょっと……後ちょっとで!」


 何かしらの理由があって、切羽詰まったようにも見えるのだが、その少女が海が見たいと言う気持ちと、その感情に突き動かされて全力疾走を続けているのは本物であるようだ。

 ――後もうちょっとで海、海岸線。そんな期待溢れる直前で、彼女は足を止める事となってしまう。いや、無理矢理彼女は足止めされたのだ。


 ザシュ!っと言う鈍い音と共に、視界に飛び込んで来たのは細長い両手剣。誰が放ったのか分からないが、ものすごい勢いで剣は土に刺さり、彼女の前に立ち塞がったのだ。


「お、おおおっ!」


 ゆっくり驚いている暇など無い。少女は剣を避けようと身をよじったのだが、足がもつれて時既に遅し。地面に向かって盛大なヘッドスライディングをかましてしまったのだ。


「ぶはあっ!ペッ、ペッ!……何、何が起こったのよ!」


 痛たたたと弱り声を上げながら上半身を起こす。地面にペタリと尻を落として周囲を伺うも、目の前には地面に刺さる両手剣があるだけで人の気配は無い。放心状態のままでいる訳にもいかず、眉間にシワを寄せながらのそりと立ち上がると、遠くから声が聞こえて来るではないか。


 おーい、おーい!

 少女が横に振り向き目を凝らすと、隣の丘にそびえる巨石の上に座りながら手を振る影。間違いなく自分の事を呼んでいるのであろうが、この目の前に刺さった両手剣の事もある。……少女は腰の剣に手を添えつつ警戒心を剥き出しに近寄ってみる。


「あのお!私の事呼んでますよねえ!」

「呼んでるよ」

「あのお!地面に刺さってる剣もあなたが?」

「そうだよ、オレだよ」

「危ないじゃないですか!あの剣が私に当たったら……!」


 少女を呼んだ人影は、どうやら大声で会話するのが面倒臭くなって来たようだ。ぴょんと巨石から飛び降りて少女の前に足を進め、いよいよ互いの容姿が一目で分かる距離まで近付いたのだ。


「あのままだったらあんたが危なかった。あの先は砂浜まで地雷原でね、あのままだったら見事にあんたは爆散してたよ」

「へ?じ、地雷原?」

「そう、地雷原。土属性の魔装対人地雷ってやつで、地雷を踏むと大きなムカデが飛び出して身体に巻き付き、ドカンと爆発するやつさ」


 ひいいい……と、砂浜に目を向けながら腰が引ける少女。夕焼けがいよいよ始まり、全てが濃厚なオレンジ色に映える見事な光景を目の当たりにしているのに、まさかそんな場所に危険なギミックが隠されていたとは……。


「仲間がね……」

「うん?」

「パーティーの仲間がみんなモンスターにやられちゃって、私一人になっちゃったのよ」

「あんたはナフェスの街の人じゃないのか?」

「うん、皇都から来た。ナフェスの街はPKがあって危険だから、その前にある砂漠のオアシスにリスポーン地点を設定しようって……」


 キングダム・オブ・グローリーが大型アップデート第七弾!『望郷の蜃気楼』を発表して実装してから一年。新マップとして辺境ナフェス荒野も実装されたのだが、もちろん場所や行き方については全てが秘密のまま「探索した者」「たどり着いた者」のみが、新たなマップでプレイを楽しめる状況となっている。

 今、この少女と少年のいる場所は、その辺境ナフェス荒野の最西端。『望郷の蜃気楼』と言うタイトルが付いたその理由の根源にいるのだ。


「私ね、皇都にあるウェブ雑誌社でバイトしてて、この望郷の蜃気楼を取材するために来たんだけど……」


 盛り上がる丘に視線を遮られて海が見えない、もちろん望郷の蜃気楼も見えない。目の前には少年が警告した地雷原が広がるのみ。


「正直なところ、地雷のポイントが全て掴めている訳じゃないから、悪いけどオレは責任持てない。あんたを案内なんて出来ないよ」

「そもそも……何で地雷なんて置くの?」

「反社ギルドだよ、反社ギルドが地雷を置いたんだ」


 なんじゃそりゃ?と、鼻息荒く目をまん丸にして驚く少女。そんな彼女に少年は淡々と説明する――辺境ナフェスはどの国にも属していない事から、ナフェスの街に騎士団や衛兵などおらず、あちらこちらから逃げて来た悪徳ギルドが街を仕切っていると。この地雷原も、探検家たちが街を経由しないまま直接海岸線へ出向く事を防ぐための措置。つまり望郷の蜃気楼が見たいならば街でギルドに金を払えと言う図式。


「ナフェスの街には反社ギルドは二つある。先にギルドに挨拶に行って多少なりとも金を払えば、ちゃんと海岸線まで案内出してくれると思うよ」

「そっか……納得出来ない部分もあるけど、そう言う経済サイクルが出来上がってるなら、致し方無しって感じね」

「ここ最近だけで、三パーティーほど地雷を踏んで派手に爆散してたよ。オレの忠告聞けば良かったのに」

「うん、分かった!一旦オアシスに戻って仲間と相談してみる」


 身を翻して帰路につこうとする少女。だが大事な事を忘れていたと慌てて振り返り、少年に笑顔を向ける。


「君、ありがとう!私の名前はヒナ、また会えれば良いね」

「オレの名はヒロト。また会えればって、再びあんたがここに来るなら、必然的に顔を合わせるとは思うぜ」

「あはは、そうね!でも楽しみ!買収した過去のゲーム世界が、蜃気楼になって現れるなんて」


 ヒナと名乗った少女は、手をブンブン振り回しながら軽快に帰って行く。帰路でモンスターと接敵してやられてしまうだろうが、早めにリスポーン地点のオアシスで仲間と合流出来ると言う計算が働いているだろうし、新たな出会いもあった。だからこそ上機嫌なのだが、そんな彼女はなぜここにヒロトがいるのかすら不思議にも思っていない。そこまで余裕が無かったのかも知れないが、とりあえずは上機嫌で賑やかなまま姿はやがて景色へと溶け込んだ。


「望郷の蜃気楼、楽しみ……か」


 その場に佇むヒロトが見送りながらそうポツリと漏らし、瞳に寂寥感をたたえる。そして先ほどまで自分がいた巨石へと視線を移した。その巨石には手彫りで小さな文字が刻まれており、その文言はこう書かれていたのである――『歴戦の勲功者たち、夢破れてここに眠る』――と



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