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29) 神槍エリス・ディスノミア


「はじめまして……ではないですよね。あなたとは地上で散々顔を合わせている」

「そうですね、ずっとお世話になってました。色々と面倒を見て頂きありがとうございます」


 ドラゴンを倒せ、悪魔を倒せなど、このKOGにもさまざまなクエストが存在するのだが、敵を倒して勝どきを上げ、そして栄光にまみれながら大団円を迎えるような勇壮なエンディングとは違い、ヒロトとエリスの場合は極めて穏やかな気配に包まれ進行している。


「しかし解せません。あなたに託した槍と術は私を滅するためのもの。最後も私にひと突き入れて終わらせれば良かったものを」

「いや、そんな事しませんよ。オレはそう言う結末を望んで無かったし」

「望んで無かった……と?」


 理解出来ずに首をひねるエリス。その少女らしい仕草が可愛かったのか、ヒロトはクスリと笑みを漏らしながら説明する。――負の感情のまま、あなたは滅ぶべきじゃないと


「何百年、何千年も前の話でしょ?ならばあなたの母なんかとっくの昔に死んでます。それを呪い続けたってあなたが悲しいだけじゃないですか。あなたには憤怒の表情よりも微笑む顔が似合う。あなたの笑う顔が見たいと……鎖に繋がれた姿を見た時、そう思ったんです」


 ヒロトのこのセリフの中盤以降、彼の声は上ずっていた。何故ならば感極まったエリスが首元に抱きつき、緊張と息苦しさと「照れ」でパニックを起こしていたからだ。


「エリス様、苦しいです……」

「ふふ、贅沢を言わないの。たらしのクセに緊張して」


 エリスが満足するまで抱擁は続き、やがて別れの時が訪れる。その際に彼女が言った話だが、地下墳墓をこのまま残すのだそうだ。呪いが消えても墓所である事に間違いはなく、盗掘者を防ぐために死霊たちも(とど)まらせる。あくまでも生者のための施設ではなく、死者のための施設であり、エリスは亡き者の魂に祈り続けようと語った。そしてこの最下層は決戦地ではなく神殿に作り替え、今後たどり着いた冒険者たちには祝福を与えると言う。――地下墳墓で盗みを働く者には死を、最深淵で試練を乗り越えた冒険者には褒美を――である。


「さあ、地上に帰りなさい。あなたを待つ者がいます」

「え、あれ?……だって地上の女王様って」

「あなたに褒美を授けるのはあくまでも彼女です。彼女がそうしたいと告げていますので」


 同一人物だろ?と、今度はヒロトが首をひねるのだが、エリスはその様子が可愛いとクスクス笑う。


「やがてこの地も元通りになります。呪いが解ければ冬の嵐も止む。そうしたら遊びに来てくださいな。あなたに再び会う事、楽しみにしています」


 エリスはそう言いながら右手で印を結ぶ。するとそれまで柱がそびえていた場所がキラキラと輝き出し、ゲートが現れたではないか。


「さようならヒロト、あなたは惚れ惚れするほどに良い殿方です。この先あなたに助けを乞う者が列を成すのが目に浮かびます。思いのままに生き、魂燃え尽きるまで生きてください」


 もう一度ヒロトにハグしたエリスはそのまま背後に回り込んで背中を押す。ゲートに足を踏み入れたヒロトは照れ臭い顔をしながらも、必ず来ますと約束して光に包まれたのだ。


 クエスト【永久凍土の地下墳墓】はヒロトによって見事にクリアされた。

 今後このクエストに挑戦する者に対して、どのようなストーリーが提示されるのかは分からない。この地を訪れる冒険者の前に、氷の女王が手を差し伸べるのかどうか、またまたエリス・ディスノミアは討つべき敵なのか、その魂を救うべきなのかなど、あらゆる点で未知数なのだ。ゲームプレイにおいても、ソロ攻略可能なのかそれともパーティー攻略または、レイドパーティー攻略必須なのかも分からない。……そもそも、ひたすら荒野でプレイして来た情報弱者のヒロトには、実装済みかどうかすら分からないのだ……

 ただ、一つ二つ確実な事が言えるとすれば、エリス・ディスノミアの名付け親はヒロトであると言う事。そしてエリス・ディスノミアの絶対的な信頼を得た彼に、特別な報酬が授けられると言う事だ。

 ――だが今まさに、ヒロトはその場にいる。ゲートで地上に戻り、穏やかな空気の中で「その人」と対面している――


「良くやってくれた。心から礼を言わせてくれ」

「べ、別人なんですか?エリスと女王様って」

「ふふふ、同じだよ。ただ、()れと約束したのはこの(わらわ)だ、この方が落ち着くだろ?」


 女王の姿をしたエリスは、ヒロトに提供した槍を目の前にかざせと命じる。言われた通りうやうやしく槍をかざすと、エリスはその槍の柄をすうっと撫でて目を閉じる。


「……(わらわ)の能力をその槍に授けた。【神槍エリス・ディスノミア】はここに完成した!」


 そう、このクエストダンジョンの報酬は槍、彼女の能力が移植された槍だったのだ。


「今までこのスピアはマナジャミングが付与された単なる魔法槍だったが、これからは違う。(わらわ)の能力が込められた言わば(わらわ)の分身。槍術に長けた(わらわ)が授ける、至高の槍ぞ」

「え?あ、いや、有り難いのは有り難いのですが、槍に能力を移したなら、あなた自体が弱体化しちゃうんじゃ……?」

「だから(わらわ)……つまり氷の女王の分身だと言っている。すまぬな、エリス全てはくれてやれん。神槍エリス・ディスノミア・イミテーション (偽)とでも言うべきか」


カラカラと笑い出した女王につられ、ヒロトもクスクス笑い出す。だが大事な自分の一部を分け与えてくれた事に間違いは無く、心から感謝の意を表すように、ヒロトは騎士さながらに膝を折って(こうべ)を垂れて礼をした。


「さあ、眠るが良いヒロト。()れが再び目を開けた時、その時は別の場所で新たな生活が待っている」

「オレ……どこか別の世界に強制転移させられちゃうんですか?」

「うむ、あまり言いたくはないが、()れには大いなる神が付いていてな、(わらわ)であっても引き留める事は叶わん」


 大いなる神と言っても、それはあくまでもゲームプレイ上の事。エリス=女王は神と表現しているが、もしかしたらKOG運営の事を意味しているのかなと、ちょっと冷めた視点で考察するヒロト。

 女王とも再会を約束して横になり目を瞑る、、、つまり一旦ログアウトするのだが、その視界が暗転する直前に、ヒロトは心底驚愕する事態に陥った。

 【着信:母】

 ゲームアカウントと連携させていた携帯電話が着信を知らせ、その相手が自分の母親だったのだ。



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