27) 湧き出た疑問
(スロウアームズ、ジャベリン、トップアタックモード!)
ドッペルゲンガーに向かってひたすら駆け続けるヒロトは、いよいよその『守るべき娘の魂』がロックオン圏内に入った事で、再びジャベリンをその手にする。
彼女にダメージを入れる事は許されない、さりとて囚われた彼女がドッペルゲンガーの命令で、再び極大範囲魔法を放てば自分の身体はもたない。よって彼女の魔力を封じる事が大前提となってしまうのだが、ここで次なる問題が浮上する。ジャベリンで彼女を狙えば、彼女を傷付けてしまう恐れがあるのだ。
よってヒロトは直撃を狙うダイレクトモードの射程距離に彼女たちを入れてもジャベリンを放たず、なおも前進を続けている。上空から垂直にターゲットを狙うトップアタックモードならば、彼女に危害を与えない方策が必ずあると考えたのだ。
――それはヒロトの読み通りだった。トップアタックモードを選択した視界の中で、照準の中心はターゲット直撃を促してはおらず、数メートルのサークルで表示されており、自分が望んだ任意の場所にロックオン出来る仕様となっていた。つまり、彼女を直接狙わなくても良いのである。
「こっちは槍が有り余ってんだ、徹底的にやってやる!」
ヒロトの手から放たれた無数のジャベリンは急上昇を始め、あっという間に高空へと姿を消す。この地下空洞がそれほどまでに高さがあると言う証拠でもあるのだが、呆気に取られる暇すら与えられず、ドッペルゲンガーと囚われた娘の周囲、彼女たちを囲むようにどんどんと地面に槍が刺さっている。まるでそれは土砂降りに雨のようだ。
「これで……これで次弾は防げるはず。防ぎきれなくても、時間は稼げるはずだ。スロウアームズ、ジャベリン、ダイレクトモード!」
ドッペルゲンガーまで二百メートル、百五十メートル……百メートルを切った段階でヒロトはモードを『直撃』モードに変更。振りかぶったジャベリンを思いっきりドッペルゲンガーに向かって投げつけ、胴体を串刺しにしたのだ。
ぎゃああ!と、ドッペルゲンガーは悲鳴を上げてうずくまる。これで彼女の魔法攻撃自体も封じられれば、後は柱に囚われている娘を解放するだけでクエストは全て完了だ。ドッペルゲンガーに向けていた身体を柱に向けたヒロトは、手錠や鎖を壊すべくジャベリンをスピアに持ち替えた。――だがヒロトは予想外の方向から予想外の攻撃によって後方へ吹っ飛ばされた。ドッペルゲンガーはまだその能力を晒していなかったのだ。
ヒロトの放ったジャベリンが身体の中心に突き刺さり、膝から崩れ落ちたドッペルゲンガーだが、もちろんそれでノックアウトと言う訳ではない。
ドッペルゲンガーは基本的に生身の無いアンデッドである。地上にいる氷の女王や柱に拘束された娘と同じく「霊的存在」である事から急所は無い。ダメージ蓄積によりヒットポイントがゼロになった段階で消滅するので、ジャベリンが一本ヒットしただけで消滅しなかったのは、それだけヒットポイントが高かったと言う理由に結び付く。だがヒロトが求めた結果はそこではない。ジャベリンに付与された『マナジャミング』により、ドッペルゲンガーの魔法攻撃を無効化する事にこそ主たる目的があったのだ。つまり『氷の女王のドッペルゲンガーなのだから、魔法行使さえ防げば行ける』と踏んでの一撃だったのだ。
――だがドッペルゲンガーは、ヒロトの予想を超えて来た。魔法などはなから使わないとばかりに長槍を右手に出現させ、ヒロトの死角から顔面を痛烈な一撃で打ち払ったのだ――
「ぐうっ!」
「それで勝ったと思うなよ小僧!」
いきなり顔面に生じた衝撃に悲鳴を上げるヒロト。死角からの攻撃では『紙一重・連舞』を発動させられない。思い切りノーガードで物理ダメージを食らった結果、視界に『危険!瀕死』の文字が表示され、赤点滅を始めた。つまりクリティカルダメージだ。……これ以上は受けきれないと、ヒロトの脳内でも危険信号が点滅し始めている。
吹っ飛ばされた勢いに身を任せて、ゴロゴロ転がる先で飛び起きるヒロト。ドッペルゲンガーと距離を取って相手の出方を伺うのだが、敵がそれを許してくれない。縦に横に袈裟斬りに突きと、縦横無尽の連続攻撃が次々とヒロトに襲い掛かり、娘が拘束されている柱から逆にどんどんと離されていく。ーー紙一重・連舞を発動させて攻撃を避けるヒロトだが、一歩一歩着実に後方へと退いている。それ程までにドッペルゲンガーの槍術は凄まじく、反攻出来る余地が無いのだ。
吹き荒れる槍の猛攻を何とか凌ぎつつ、再逆転のチャンスを伺うヒロトだが、ここでふと一抹の疑問が脳裏をよぎる。(あれ?ドッペルゲンガーって、本人に瓜二つの存在なんだよな?)と。
地上で待つ「氷の女王」と、目の前に立ちはだかる「ドッペルゲンガー」を見比べながら、彼の奥底で疑問がどんどんと膨らんで行く。ドッペルゲンガーとは自分の分身であり瓜二つの存在である。つまり思考や能力・技術などまで全てが本人と同一でなくてはならない。
――だがこの人物はどうだ?地上にいる女王は水属性の魔法に長けた生粋の魔導士だ。水属性の中でも分子振動を抑えて低温世界を創る氷魔法のスペシャリストだ。更に言えば武器に魔力を付与するエンチャンターのスペシャリストでもある。だから目の前にいる女王のドッペルゲンガーも、ドッペルゲンガーであるならば魔導士でなくてはならないはず。何故に槍を持ってゴリゴリの物理攻撃を仕掛けて来る?これではまるで、瓜二つのドッペルゲンガーではなく、陰と陽、水と油、プラスとマイナスの存在ではないか。
……え、プラスとマイナス?もしかして一人が二人いるんじゃなくて、二人で一人?……




